ACT37.5 それくらい魅了されてるんですかね?
「おぃーっす、おなつっ。今帰りかっ?」
放課後、まだまだ日が明るい午後五時過ぎ。
桐子は、校庭を一人で歩く奈津の後ろ姿を見かけたので、すぐに声をかけた。
「あれ、桐やんさん、今日はお早いのですね。部活だったのではないのですか?」
「もうすぐ期末テストだろっ? 部活自体が明日から休みで、今日は夏に向けてのスケジュールミーティングだけだったから、この時間になったっ」
「はぇ~。昼もミーティングに駆り出されてましたよね。最近の桐やんさん、やけにお忙しくありません?」
「んー、でも大方纏まったから。明日からは、テスト勉強の方に集中していいってっ」
「……どちらにしても、お忙しいことに変わりはないのですね、ははは」
苦笑する奈津。
確かに、奈津の言うとおりかもしれない。
でも、桐子としては、やることがいっぱいあるのは逆にいいことだと思っている。自分の力が存分に発揮できて、なおかつその成果も出てくる環境となれば尚更だ。
「そういうおなつも、今日はもう漫画の原稿の方はいいのかっ?」
「はい。今日で一段落しまして、拝島先輩からの評価も上々でした。しばらく、期末の方に専念しろと」
「ふーん。じゃあ、今日からしばらくの間は、一緒に帰れるなっ」
「え……あ、は、はい、そうですね」
思ったままのことを言ってみると、奈津もその事実に今気付いたのか、少々顔を赤くしながらも頷いてくれた。
桐子はそれが嬉しくて、ちょっと胸が熱くなる。
「へへっ」
「やけにテンション高いですね、桐やんさん」
「うんっ。しばらくバスケが出来ないから物足りなくなるかもと思ってたけど、その代わり、おなつと過ごす時間がちょっと長くなるなら、それもそれでいいなって」
「な……なっ!?」
「おなつも、そう思わないかっ?」
「うっ……は、はい、自分も……桐やんさんと帰り道をご一緒できて、嬉しいです」
「そっか! 両想いだな、ボク達っ!」
「!!!!! き、き、桐やんさん、それは使い方、間違ってますっ! ……い、いえ、ある意味間違って欲しくないのですが、とりあえず間違ってますっ!」
「?」
奈津、真っ赤になって、しかも両手をぶんぶん振って、よくわからないことを言っていた。おさげの髪がピョコピョコと縦に激しく揺れ、度の厚い眼鏡の奥の緑の瞳もぐるぐる回っているように見える。
やたら動揺しているあたり、自分は何か、間違ったことを言っただろうか? と思ったのだが、なんだか全体の仕草が面白かったので、気にしないでおいた。
「じゃ、一緒に帰ろっか、おなつ。前のように、駅まで送るぞっ」
「もう……本当に、桐やんさんって、マイペースですよね……」
ともあれ、校門を出て、奈津と肩を並べて歩く。
先日は雨が降っていたのだが、今日は梅雨も明けたのもあってか、快晴である。駅まで徒歩十分くらいだろう。
その十分が、桐子としては結構大事な気がするので、会話が途切れないようにと、すぐに話題を検索したのだが。
――今日は、話題に困らないものが、一つあった。
「それにしても、シロっちが、最近なんだかすごいよなっ。今日なんか特にっ」
「真白さんですか。……確かに、そうですねぇ」
乃木真白。
ここ二ヶ月で、桐子と、奈津とも友達になったクラスメートの少女。
本日、真白にとっては一番の友達とも言える仁科朱実が欠席ということもあって、朝こそは少し不安定な部分もあったのだが。
それ以外でいえば、桐子は非常に……彼女には、いろいろと心を動かされた。
「シロっち、日を追うごとに、どんどん綺麗になってるんだよな……」
「はい。本人は意識されてないようなのですが、とても惹きつけられますよねぇ。時折、すごく大胆なイケメンパワーを演出するかと思えば、それでいて構いたくなる妹系オーラを出してきたり」
「綺麗も可愛いも持ち合わせてるって、すごいなシロっち」
「いい意味でズルいと言いますかなんといいますか。今後、ウチのクラスや別のクラスで男女問わずのファンクラブとかが出来ているかもしれません」
どうやら、真白のことについては、奈津とて桐子と同意見であるらしい。
最初は本当に普通の子だったのに、今はとなると、どうしても意識せざるを得ない。そしていつの間にか、魅了されている。
今日は特にそれを、味わった気がする。
「――初めてだったよ。ああいう気持ちになったのは」
気が付けば、それが、桐子の口から出ていた。
「……桐やんさん?」
「実はさ。休み時間、シロっちがボクのことを魅力的な子だって言ってくれたあの時、一瞬、ボクはシロっちのこと、好きになっちゃってた」
「え……そ、それって、もしかして」
「ん。恋と言うなら、正にああいうことなのかもしれない」
「――――」
その言葉を受けて、奈津はとても驚いて――同時に、すごく動揺したようだった。
血の気が引いたように、顔色も悪い。
……いかん、これは、ドン引きさせたかっ。
桐子は、慌てて手を振って、
「ああっ、変なこと言ってごめんごめんっ。好きって言っても、本当に一瞬だけだからっ」
「い、一瞬?」
「そうそう、一瞬っ! 一瞬、とっても好きになったけど……そういう関係になるのはすぐに諦めたっていうか、友達のままでいいやってっ!」
「そ……それは、何故?」
「ほら。シロっち、自分で言ってないけど、アカっちが大好きじゃんっ」
そう。
乃木真白の視線の先には、いつも仁科朱実がいる。彼女の心の中にある、朱実の存在は非常に大きい。
普段の仲睦まじさもそうだし、今日の放課後だってそうだ。
全ての授業が終わって放課後になるや、真白は、すぐに教室を飛び出して、朱実の元へと急いでいった。
それは言わば決定的で、どうやっても覆せない差であった。
「叶わないなぁと思ったけど、ボクにとってはアカっちもとっても仲良しな友達だし、あの二人にはいつまでも仲良くいて欲しくて、その仲を邪魔したくないって気持ちの方がずっと強いと思うと……諦めも早かったよ」
「そう、なんですね。それを言えば……自分も、桐やんさんのようになりかけたかも知れません」
「おおっ、おなつも、そう思ったことあるのかっ?」
「ええ。昼休み、真白さんに、もっと仲良くして欲しいと言われましたし、あの……アレは……流石に胸が高鳴りましたし」
「そっかー。やっぱり、そうなるよなぁ。ボク達、とことん両想いだなっ!」
「だ、だから、それは使い方を間違ってますって……!」
わたわたと手を振る奈津。
先ほど、血の気の引いていた顔は元通り……を通り越して、またも赤くなっていたが、調子はどうにか戻ったようだ。
変なことを言って気まずくなりかけてしまったけど、元に戻れてよかった。
会話を楽しむ傍らで、桐子、胸中ではホッと一息、安心した心地である。
ただ。
この気持ちについては、胸の奥に仕舞っておくつもりだったのに、どうして、奈津にこんなことを話してしまったのだろう?
何故、奈津にこの話を聞いてほしいと、思ったのだろう?
「――――」
そう、考えただけで。
あの、相性を占った時のように、桐子の全身に熱が灯ったような気がした。
これは、もしかすると。
真白に対して抱いた気持ちとは、似ていて、異なるけど。
自分で、知らず知らずのうちに、有り、と言ってしまったのは。
――そうだから、なのかも知れない。
「おなつ――」
「桐やんさん、送ってくださって、ありがとうございました」
と、奈津に言われて、桐子はハッとなる。
気が付くと、いつの間にか、桐子達は駅前に到着していた。
もう十分が経ったのか……っ!?
あまりにも時間が短すぎて、桐子、少し驚いたのだが、それを表に出さずに、
「うんっ。ど、どういたしましてっ」
「? そういえば桐やんさん、今、自分の名前を呼んだようですけど……何かを、言いかけてませんでした?」
「ん? 明日も一緒に帰ろうって言おうとしてたぞっ」
「ええ? それ、最初に帰るときも、言ったことじゃないですか」
「それもそうだなっ。すっかり忘れてたっ」
「ははは。もう、しょうがない桐やんさんですねー。じゃあ、また明日ですね」
「おうっ、また明日なっ」
手を振って改札をくぐっていく奈津の背中を、桐子は見送る。
「…………カッコ悪いなぁ、ボク」
彼女の姿が見えなくなったところで、桐子は呟いて、天を仰いだ。
――言おうと思えば言えたというのに、躊躇してしまった。
真白に抱いた淡い気持ちと諦めを吐露した後だからだとか、奈津に変に思われたくないだとか、言い訳は幾つもある。
その言い訳を振り切れなくて、躊躇してしまった自分が、悔しくて、情けなく感じた。
――真白は、こういう局面となったならば、躊躇なく言っただろう。
それもまた、決定的な差のように思える。
「保留、か……」
今は……というより、しばらく、桐子はそうするしかできない。
それは、いつまで続くのだろう?
この前の気持ちに対する答えは出たけど、また一つ出したい答えが出来た。
とても、果てしない難題だったけど。
逃げずに向き合っていきたいと、桐子は思った。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
いやー、衝撃の事実を聞いてしまったような気がします……。
でも、納得できてしまうんですよねぇ。
桐やんさんにそう言わせてしまうくらい、真白さんはすごい方だと、自分も心から思ってますから。
それだけに。
流石に、自分も、腹を括らないといけないのでしょうかね。
自分も、真白さんのような大胆さがあればと思うのですが……。
こればかりは、自分でなんとかしないといけないようです。
……いえ。
なんとか、しようと、思います。
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