ACT19 動物で例えてみるならば?


「んーむ」


 六月の梅雨の時期を迎えて、窓の外で響いているささやかな雨音をBGMにしながら。

 昼休みの教室にて、真白は、スマホの画面を見つめつつ、一つ息を漏らした。

 

「何を見てるの、シロちゃん?」

「ん、これよ」


 トイレから教室に戻ってきた朱実が訊ねてきたので、真白はひょいとスマホの画面を彼女に見せる。

 その内容はというと、


「可愛い動物特集?」

「うん、なんとなく見入っちゃって。犬と猫なんかは特に」

「へー。オーソドックスだけど、その分、写真の数も多いね」

「動画もあるわよ。これとか、これとか、これとか、イイと思わない? ね?」

「なんだか、テンション高いねシロちゃん。……うん、確かに可愛いかも。特に、この犬の動画なんかは」


 真白が特に気に入った動画を見せていくと、朱実も朱実でどんどん見入っていくようである。

 自分の好きなものを他者に、しかも身近な友達に奨めて共有できる、というのはやはり良いことだ。


「おお、顔とかお腹とかをマッサージすると、犬ってすんごい落ち着くんだね。ふにゃふにゃしてる」

「ものすごく、ほのぼのするわ。あたしも実際やってみたいかも」

「……シロちゃんの場合、どっちかっていうと、される側かも知れないね」

「え、どういうこと」

「ほら、シロちゃんって、なんだか犬っぽいし。時々わたしに甘えてくる瞬間とか、藍沙先輩と会ってる時とか」

「そ、そうだったの?」


 まさか、そんな風に見られていたとは。

 真白、驚きの自分発見である。

 でも……自覚がないとも、言い難い。確かに、今、この動画内の飼い主に寄りかかって甘えるわんこのようになっていた記憶も、あるような……?


「んー」


 と、真白が少し悶々としていたところ、朱実も朱実で、唇に指を当てて、何かを考えたようだった。

 その仕草が、さっきスマホで見た、顔を洗う子猫の画像みたいに愛嬌があふれてて、真白は思わず和みかけたのだが、


「えい」

「……!」


 いきなり、朱実は両手を真白の頬に当ててきた。

 彼女のその行動の意図が分からず、真白は一瞬、驚いたのだが、


「よーしよしよしよし」

「むぅ? な、なに、あきゃみ?」


 もにもに。

 あのわんこ動画の要領で、飼い主がペットの顔をマッサージするかのように、朱実はこちらの頬をこね回してきた。強くではなく、絶妙に優しい力加減で。

 一瞬、真白は吹き出しそうになったのだが、


「む……ぅ……」


 もにもにもにもに。

 朱実の小さな手によって、ソフトにこねられる……この、得体の知れない感触に、


「んっ……う……ぅ……」


 もにもにもにもにもにもにもに。

 徐々に力が抜けていく。何故か。


「おお……これ、なんか、イイかも」


 もにもにもにもにもにもにもにもにもにもに。

 朱実も朱実で、妙にハマっているようだ。


「っ……ぅ……はぁ」


 もにもにもにもにもにもにもにもにもにもにもにもに。。

 力加減を変えることなく、だが、技術は一コネ毎に進化させて、真白の顔をこねていく。

 これが、また、果てしなく。


「……気持ち、いい」

「え? シロちゃん?」


 思わず漏れた呟きに、朱実はちょっと驚いたようで、パッと手を離してしまう。

 それが、豪華な食事を途中で取り上げられたような言いようのない切なさを得て。

 真白は、ついつい。

 目を閉じて。

 朱実に向けて。

 熱っぽく吐息しながら。

 自分の顔をつきだして、



「朱実……もっと、して……」

「――――っ!!!!!」



 何故か、目前の朱実から妙に張りつめた空気を感じたのだが。

 それにも構わず、真白は目を閉じたままその時を待ちつつ、


「ねえ、早く……朱実……あたし、もう、待ちきれない……」

「し、し、シロちゃん! だ、ダメ! これ以上はいけないっ!」

「え、なんで……?」

「そんな潤んだわんこのような目を向けられても、だ、ダメなものは、ダメ!?」


 催促してみても、朱実は、断固拒否の姿勢だった。

 何故かは解らないが、ダメというのであれば、ダメなのだろう。

 真白、しょんぼりである。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 シロちゃん、なんというか。

 その、なんだ。

 直球で言うならば。


 ……エロかった。


 あともう少しで、わたしの身が持たなくなるとこだったよ。

 あの顔は、もはや兵器だね、兵器。

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