第26話「K/W:恋の問いかけ」
~~~神様~~~
急に泣き出した
どこか怪我をしたのではないか。
あるいはプロデューサーさんや
そのどれでもないと首を横に振ると、恋ちゃんは逃げるようにその場を立ち去った。
誰にも捕まらないように、走って、走って──
やがて辿り着いたのは奥庭。
最近の練習では主に体育館を使用しているので、ちょっとご無沙汰感のある場所だ。
(どう? 落ち着いた? 恋ちゃん)
ベンチに座って少ししてから、わたしは語り掛けた。
(あんまり無理しないで、ゆっくり深呼吸してね?)
ホントはもっと、言いたいことが山ほどあった。
あれほど激しい運動をした後に整理体操をしなくて大丈夫か。
汗で体が冷える前にシャワーを浴びて、着替えたほうがいいのではないか。
水分だってたくさん失ったはずだから、何か飲んだほうがいいのではないか。
だけど全部、呑み込んだ。
だって、とてもそんな状況じゃなかったから。
(ねえ、恋ちゃん?)
「……神様」
今まで聞いたことのない低いトーンで、恋ちゃんが言った。
「わたしの質問に、答えてくれる?」
(……)
来たか、と思った。
いつか来ると思っていた、絶対逃げられない質問が。
(……うん、いいよ)
覚悟を決めながら、わたしは答えた。
(恋ちゃんの聞きたいこと、聞いていいよ)
「うん……ごめんね。ホントはこんな……問い詰めるような聞き方したくなかったんだけど」
顔をうつむけ、膝小僧に語りかけるように恋ちゃんは切り出した。
「もともと、変だとは思ってたんだよね。神様が突然語りかけてきて、しかも自分の恋愛の手助けをしてくれて。そんな都合のいいことあるわけないじゃんって。でも神様自身がそう言ってたし、そこにいるのはたしかだから、まあいいかって思ってた」
(……うん)
「普通に暮らしてる分にはさ、楽しいんだよね。お姉ちゃんともまた違う、もっと身近な家族が出来たみたいで。しかも色々物知りでさ、祭りの時とかも助けてもらって。
(……うん)
「だからさ……さっきもついつい、甘えちゃったんだ。神様ならあんな状態でもなんとか出来るんじゃないかって思ったから。何か不思議なパワーで音響機器を復活させてさ。そうでなくても、わたしの知らない知識でとにかく上手いこと解決してくれちゃったりしてさ。予想とは違ったけど、当たってたね。神様はわたしの体を使って、わたしの代わりに踊ってくれた、歌ってくれた。会場のみんなを盛り上げて、最高のタイミングでわたしにバトンタッチしてくれた」
(……うん)
「わがままなのはわかってるんだ。そんなの、子供じみたわがままだって……」
拳を握りると、恋ちゃんは血の出るような声で言った。
「でもね? わたしは……わたしを見て欲しかったんだよ」
………………ああ。
心の奥底で、自然とため息が漏れた。
わたしはやりすぎたんだ。
久しぶりの肉体の感覚と、ステージに立てたことを喜ぶあまり、一番大事な恋ちゃんの気持ちを見失っていた。
「わたしの踊りを見て欲しかったの、わたしの歌を聞いて欲しかったの。他の誰でもない、わたしを褒めて欲しかったんだよ」
(……恋ちゃん)
「神様じゃないの。わたしだったんだよ。だけど実際にみんなが見てたのは神様で……褒めてたのも神様で……。プロデューサーさんだって……わたしじゃない、神様を見てた」
ポタリ、熱い涙が膝に落ちた。
ポタリポタリとそれは続き、止まらなかった。
「ごめんね? 自分から頼んでおいて何言ってんだって思うよね? でも止まらないんだよ、そんな風に思えて、辛くてさ。わたしっていったいなんなんだろうって。わたしがやってきたことってなんなんだろうって」
(……恋ちゃん)
「考えてみればさ、最初の時もそうだったんだよ。プロデューサーさんが初めて教室を訪ねて来た時、わたしに向かって言ったんだ。『10年も時を遡って、いきなりわかれってのも酷な話かもしれないけど』って。『俺だよ。プロデューサーだ。おまえの言ってた夢が現実になったんだよ。もう一度、トップアイドルを目指せるんだよ』って。わたしはね、なんだろうおかしなことを言ってるなって思ってた。緊張で、頭がぐるぐるしちゃってるのかなって。こんなに頭のいい人でもそんなことあるのかなって。でも、今考えてみると違う風に聞こえるんだ。だってまた、プロデューサーさんは言ったもの。『おまえやっぱり、レンなんだろ? 昔のじゃなく、未来の。俺と同じ時代から来た』って。ねえ、神様──」
これ以上ないまっすぐさで、恋ちゃんは聞いてきた。
「プロデューサーさんは、どこから来たの? 神様って、ホントは何者なの?」
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