第16話「ただの恋に見えますか?」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 夕暮れ時のことだった。

 久鷹くだか駅の隣の日高ひだか駅の東口は、夏祭りに向かう人でごった返していた。


「いやあー、まさかのまさかですなあーっ。お兄ちゃんに彼女が出来るとはーっ」


 朝顔柄の浴衣を着た七海ななみが、灰色の甚平じんべいを着た俺の尻をバシバシ楽しそうに叩いて来る。


七海氏ななみし、ひな祭りと誕生日とクリスマスとハロウィンが一気に来たような、ひっじょーに喜ばしい気分ですぞーっ」


「それ全部、おまえが何か貰える日じゃないか……」


「それほど嬉しい気分だということなのですっ」


 げんなりする俺に、七海がにぱーっと笑いかけてきた。


「しかしほんとーに、七海氏が一緒でもよかったのですかな? ほんとーは、彼女さんとふたりきりのほうがいいのじゃないですかな?」


「いや、いいんだ。もともと祭りへ行くってのはおまえのほうが先約だったし」


「そうゆー問題ではないような……でもまあ、よいですかな」


 にへへと、七海は口元を緩めた。


「七海氏もお兄ちゃんの彼女さんを見てみたいですし」


「……そういうもんかね」


 なぜだかこそばゆいような気持になりながら、俺たちはレンの到着を待っていた。

 すると……。




「わあああーっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ。着替えに手間取って遅れちゃいましたーっ」


 雑踏の中を、恋がこちらに向かってやって来た。


 紺地に芍薬しゃくやく柄の浴衣を着て、ピンクの帯を締めている。

 アップにした髪は櫛でまとめている。

 片手に持った巾着袋は黄色とピンクの小花がたくさんあしらわれたもの。

 全体のテーマとしては大人ガーリッシュといったところだろう。膨らみかけのつぼみを最大限に輝かすような配慮が随所に見られ、正直ちょっと、ドキリとした。

 ドキリとした、のだが……。


 片手に漆塗りの下駄を持ち、必死でケンケン・ ・ ・ ・している様を見て、その気持ちは綺麗さっぱり消え失せた。


「出るぎりぎりまでお姉ちゃんがメイクメイクってうるさくてっ、ここまで来るのも人がすごくて大変でっ。あっ、ちなみにこれは途中で段差につまずいて脱げちゃったからでっ、だったら履けばいいんだけどっ、これ以上プロデューサーさんを待たせちゃダメだと思ったからでっ。ね? ほら、1秒か2秒は縮まったでしょ……っていうかそうじゃないっ、遅れてほんっとーにすみませんでしたあーっ!」


 慌てて下駄を履くと、恋はズバッと物凄い勢いで頭を下げた。


「ほわー……」

 

 圧倒されているのだろう、七海はポカーンと口を開けている。


「……お、おう。まあいいから、頭を上げな」


「はい! わっかりましたあっ!」


 下げた時と同じぐらいの勢いで頭を上げると、恋は傍らの七海にパチリとウインクして見せた。


「あなたが七海ちゃんねっ? わたし恋っ、よろしくねっ?」


「あ、はあ……まあ、はい……たしかにそのような者ですが……」


 へどもどと中年サラリーマンみたいなおかしな返事を返している七海の手を握ると、恋はそれをぶんぶか上下に振った。


「今夜はよろしくねっ? 祭りを思いっきり楽しんじゃおうっ」


「はあ、はあ……あの、よろしくどうぞ……」




 最初こそ空回りがちだった恋と七海の関係は、時間の経過とともに良好なものになっていった。


「ほら七海ちゃん。次あれやろ? スーパーボールすくいっ」


「おおーっ、良いですなあーっ。あの麗しき球体に目を付けるとは、恋氏レンしはセンスがよろしくておられるっ」


「ほら七海ちゃん、焼きそば食べよ? 大丈夫、紅ショウガは付けないよう頼んであげるからっ」


「おおーっ、わかってますなあーっ。そうなのですっ、七海氏はどうもあのツンとくる物体が苦手でして……」


 自分の好き嫌いを知り尽くしたようなチョイスに、七海はいかにもご満悦だ。

 そしてさらに……。


「七海ちゃんもガルエタ好きなの? わたし、アンナちゃんのファンで……」


「おおーっ、恋氏もっ? 実は七海氏はアンナちゃんのファンクラブに入っておりまして……」


 好きなアイドルまで被っていたらしく、完全に意気投合。

 最終的には姉妹みたいな関係になっていた。




「恋氏、待っていてくだされっ。七海氏が今、見事にゾウの型を抜いてご覧にいれますからなっ」


 特賞の三百円を狙って型抜きに挑む七海をほっこりした目で眺めながら、恋が俺に囁きかけてきた。


「良かったですね。七海ちゃん楽しそうで」


「ああ、すべて恋のおかげだよ」


 いかにも恋らしい細かな気配りのおかげで、今夜の七海は実に楽しそうだ。

 

「ありがとう、恋。……ああでも、いいのか? 七海にかかりきりで、おまえ自身はあんまり楽しめてないんじゃ……」

「楽しんでますよ。わたしは」


 俺の言葉を遮るように恋。


「わたしはですね、プロデューサーさんとこうして一緒にいられるだけでも……その……かなり盛り上がるといいますか……」


 言葉尻をごにょごにょ濁すと、恋は照れくさそうに顔をうつむけた。


「ああ……うん」


 これがデートなのだと認識した途端に、俺は恥ずかしくなった。

 さきほど消え去ったはずのドキリ・ ・ ・が戻って来て、息が苦しくなった。


「そういうものか……」


 変だ、と思った。

 こんな気持ちになるのは変だと。

 

 だって、隣にいるのは恋なのに。

 まだ13歳の、中学一年の女の子なのに。


 姿形はどうあれ、三上聡みかみさとしの中身は24歳の男なのに。


「あの……プロデューサーさんっ」


 何かを決意したかのように、恋は俺を見つめてきた。


「今日のわたし……どう見えます? いつもと同じに見えますか? いつも通りの、ただの恋に見えますか?」


 それだけ言うと、恋は腰の後ろで両手を組み、判決を待つかのように唇を噛んだ。


「いや……」


 いつも通りには見えない。

 お姉さんの手によるメイクと浴衣や帯によるドレスアップが施された恋は、可愛らしくも大人っぽい、素敵な女の子に見える。


「今日のおまえは……」


 いつもの俺なら、思ったことをそのまま口にしていただろう。


 だが出来なかった。

 今日に限っては、なぜかそれが出来なかった。


「……いいと思う」

  

 ざっくりとした褒め言葉をかけるのが精いっぱい。


 ──ホント、プロデューサーさんはダメですねえー。仕事は完璧なのに、肝心の女心にうといんだから。


 きっとそんな風に怒られるだろうと思っていたら……。


「………………ありがとう、ございます」


 意外や、恋は消え入りそうな声でつぶやいた。

 浴衣の袖をもじもじと擦り合わせながら、自分の足元を見つめていた。


 


「……あれ?」


 言葉の接ぎ穂を探して辺りを見回した俺は、いつの間にか七海の姿が見えなくなっていることに気がついた。


「……七海?」


「え……? あ──」


 少し遅れて恋も気づいた。

 ハッとしたような声を出すと、俺の甚平の袖を強く引いた。


「まさか、七海ちゃん迷子に……」


「──探すぞ、恋」


 俺は恋に指示すると、ただちに七海の捜索を開始した。

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