第6話「恋愛の神様、もしくはゴッド」
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「はあー……どうしてこんなことになっちゃったんだろうー……」
自室のベッドに寝転がりながら、わたしは今日何度目になるかわからないため息をついていた。
「ねえ
スマホの画面を覗きこむと、忍ちゃんとのLIME(ライム)通話はすでに遮断されていた。
もう少しで日が変わろうかという時間までつき合ってくれただけでもありがたくはあるんだけど……。
「はああー……もうー……。明日どんな顔で登校したらいいんだろおー……」
ひとり天井を見上げていると、つい先ほどまで忍ちゃんと交わしていた話の内容がズシンとのし掛かってきた。
──会長さんがしていたのはわたしへの告白ではなく、純粋にアイドル活動への勧誘だったのだ。
──それがあまりにも熱烈すぎたから、わたし視点では告白に映っていただけだったのだ。
──つまり会長さんはわたしとつき合う気なんかさらさらないということで……にも関わらずわたしは……。
「あんなに空回っちゃって……っ。わたしたち同じ気持ちなんですねとか言って勝手に盛り上がっちゃって……っ。もう恥ずかしい……死にたいっ」
わたしは堪らず顔を手で覆った。足をジタバタさせて
そんな時──
(ねえ……)
どこからか声が聞こえてきた。
(ねえ……
女性の声だ。
声の若さからしてお母さんのものじゃない。
となると高校生のお姉ちゃんのものということになるんだけど、今日はたしか友達の家に泊まって来る予定のはずで……。
「えーっと……お姉ちゃん? 帰って来たのー?」
身を起こしてドアの方に声をかけたけど……。
(そっちじゃないよー)
「え……? そっちじゃないって……」
たしかに言われてみると、声はすぐ近くからする。
部屋の外ではなく中、しかも相当な近距離だ。
でも、そんなことあるわけが……。
「やだ、お姉ちゃんどこかに隠れてるの?」
わたしは立ち上がり、室内を探して回った。
ベッドの下にクローゼットの中、勉強机の下……。
子供用としては広い10畳間だけど、人間ひとりが隠れられる場所なんて限られているはずで……。
(ねえ、鏡を見てみてよ)
「……えー、なんなの? もう」
わたしの部屋で単に鏡といえば、化粧台のものだ。
あるいはその近辺に仕掛けでもしてあるのかなと、わたしは化粧台の周りを見た。
ダメッくまのぬいぐるみ、化粧水にブラシ。
お姉ちゃんから貰ったはいいものの、試しに使ったらオバケみたいな顔になったので、以後封印してある化粧道具……。
(鏡、鏡だってば)
「だからあー……」
意味不明な指示に戸惑っていると──不意に、鏡の中の自分と目が合った。
「ん? んんー……?」
それ自体はおかしなことではないはずなのに、なぜだろう違和感がある。
自分が自分でありながら自分ではないような……ううむ?
「あれ……ちょっと……なんだろう変な感じ……?」
ぺたぺた顔を触って確認していると……。
(はい、こんばんわ)
パチリ、鏡の中の自分がウインクしてきた。
「え、なんで今、わたし……っ?」
(ふっふっふ……そうでしょうそうでしょう。聞いて驚き見てびっくり。なんとわたしはあなたの、恋ちゃんの中にいるのです)
「ああー……もうっ、怒られちゃったじゃない。あなたのせいよ?」
深夜に大声出すんじゃありませんとお母さんに怒られたわたしは、ベッドに腰掛けしょんぼりとため息をついた。
(わたしのせいじゃないよー。大きな声出したのは恋ちゃんじゃない)
「だってしかたないじゃないっ。いきなり呼びかけられてウインクさせられて、しかも『恋ちゃんの中にいるのです』なんて言われた日にはこれもんじゃないっ」
頬をぶにゅっとしてムンクの叫びのポーズをとると……。
(あっはっはっ、まあわかるけどねー)
声の主はけらけらと笑った。
いかにも気楽で、他人事な感じ。
「ねえ、そんなことよりあなたは誰なの?」
むっとしながらムンクのポーズを解除すると、わたしは目線をキツくして鏡を見た。
「どうしてわたしの中にいるの? オバケか何かなの?」
(むむむ、オバケとは失敬な。そんな怖いものじゃありませんよ。わたしはレン……じゃなくて。れ、れ、れ……そう、恋愛の神様なのっ)
「……今、変な間があったけど」
(うう……っ?)
痛いところを突かれた、というように声の主──恋愛の神様(?)は呻いた。
(い、今のはその……不意打ちだったから……。あらかじめ気持ちの用意が出来ていればもっとこう、スパーっと答えられたんだけど……)
「自分の名前いうのに気持ちの用意って必要かな? まあいいけど……」
わたしはハアとため息をついた。
「じゃあさ、何か証拠を見せてよ」
(……証拠?)
「恋愛の神様なんでしょ? だったら何か神様的なことが出来るんじゃないの? それともやっぱり、ただのオバケなの?」
(お、オバケなんかじゃないってばっ)
神様は
(わたしはホントに恋愛の神様なんだもんっ。ラブゴッド的な存在なんだもんっ)
「……すごく、うさんくさい」
思わずジト目になるわたし。
(ホントなんだってばーっ。もうっ、わかったから待ってなさいっ。今すぐに証拠を見せてあげるからっ)
すると神様は、ムキになって言葉を重ねてきた。
(何せ恋愛の神様だからねっ、普通の人にはわからないような情報を教えてあげるっ。誰が誰を好きかとか一発だからっ)
「誰が誰を好きか……ねえ……?」
(ちなみに恋ちゃんが好きなのはプ……じゃなくてっ、会長さんでしょ?
「………………!?」
突然核心を突かれ、わたしは言葉に詰まった。
「な、な、な……っ?」
(ほーら、当たったでしょー? しかもけっこう前からなんだよねー? 小学校の高学年の時に道で転んで泣いてるところに声をかけてもらってー。傷の手当てをしてくれて家までおぶって帰ってもらってー。名前は名乗ってくれなかったけどあの鋭い目つきだけは覚えててー。んで中学校の入学式で再会してー、在校生代表として登壇した颯爽たる姿を見て、完全に心を射抜かれてしまったという)
「ちょちょちょちょっとおおお!?」
(ノートの端っこにちょいちょいイラスト書いてるのも知ってるよー? パリッと制服を着こなして会長業務をこなしてるところとかー、疲れて目を揉んでるところとかー。気を抜いた拍子にあくびしちゃって、それをみんなに見られていないか辺りを見回してるところとかー)
「なんでそこまで知ってるのおおお!? 本気でいったい、どこまで見たのよおおお!?」
(あーまあ……わりと全部……?)
「いやああああああああーっ!?」
「ちょっと恋! うるさいわよ! 夜中に迷惑でしょ!?」
「お母さんごめんなさあああああーい! もう寝るからああああーっ!」
階下から怒鳴ってきた母に向かって思い切り謝罪すると、わたしは部屋の明かりを消して布団にもぐり込んだ。
「ううぅ……っ。なんなの? どうしてみんな、わたしの知らないところでわたしを見てるのよおおおー……?」
涙目になってえぐえぐ言っていると、神様が心配そうに語りかけてきた。
(あー……ごめんね? 調子に乗っちゃって、けっこうデリケートな部分まで踏み込んじゃったみたいで)
「ホントだよおー……もおー……」
(あははは……ねえ、ごめんついでってことで、ひとつお詫びさせてくれないかな?)
「お詫びって……?」
ぐずりと鼻を鳴らすわたしに、神様は提案してきた。
(わたし、恋愛の神様だって言ったでしょ? だから他にも色々知ってるの。会長さんのプライベート事情とか)
「会長さんのぷらいべいとじじょう……?」
ぴくり、我知らず頬が動いた。
(家庭環境とか、どんなものを食べてどんな風な生活してるのかとか……)
「そ、それはなんだかちょっとストーカーみたいな……。りんりかんの壁がずどーんと高いというか……」
知りたいけど恐れ多い、そんな絶妙な気持ちでいるところへ、神様はさらに畳みかけてきた。
(
「………………っ!?」
ゴクリ、わたしは生唾を飲みこんだ。
「そ……それらを総合すると、どんな結果になるんですかねえ? 師匠……じゃなくて神様っ?」
(あ、ようやく神様って認めてくれたのね。でもそうよ、いいところに気づいたわね)
ふふん、と得意げに神様。
(それらを総合すると、こういう結果が導けるはずよ。ねえ恋ちゃん。あなたは会長さんの望み通りに振る舞うことが出来るの。決して嫌がる行動をとらず、時に会長さん自身ですら気づけないような部分をフォローしてあげられる理想の女子になれるの。つまりは……)
「つ、つまりは……?」
(会長さんの恋人の座は、貰ったも同然)
「ふぁあああー…………」
わたしは陶然とため息を漏らしたが、すぐに表情を曇らせた。
「あ、でも……わたし今日やらかしちゃったばかりで……」
「置いてきぼりにして、会長さん怒ってるかも……。というかそれ以前に、勝手に盛り上がって勝手に爆発する痛い女だって思われてるかも……」
(大丈夫よ。会長さんはそんなこと思ってないから)
「ど、どうしてそんなことが断言出来るの……?」
(神様だからよ)
神様は力強く断言した。
(会長さんはこういう時、他人に責を求めないの。どこまでも自分の責だと思い込んで、内側で解決しようとするの。だから今頃は、こんなことを思ってるはずよ。『ううむ……恋を誤解させて傷つけてしまったようだ。俺はいったいどこで間違えてしまったんだ? 声のかけ方、立ち方、説明の仕方? 悪いところはいくらでもあるんだろうが……。とりあえずは明日、もう一度会って謝るか。それで俺の悪い部分を指摘してもらおう。……まあもちろん、会ってもらえるならば、の話だが……』)
「そ、そんなに思い悩むタイプなのっ?」
(そうよー。ちょっとしたことでもヘコんでねー。ぱーっと騒いでストレス発散出来るタイプでもないから、一度やらかしちゃうともう大変。明るく声をかけて上げて、肩を叩いて上げて、コーヒーを濃い目に淹れてあげて……それでもなかなかしゃっきりしてくれないの。ホントにめんどくさいんだからー)
「おおおーっ、さすがは神様ですっ」
わたしは手放しで称賛した。
「なんというか……まるで古女房みたいな言い方でしたっ」
(ふる…………っ!?)
するとなぜだろう、神様は喉を詰まらせたような声を出した。
「あ、いや、悪い意味じゃないですよ? そこまで人の気持ちがわかるなんてすごいなと思ったんですっ。いやホントに、神様がアドバイスしてくれれば、わたしにも上手くやれるんじゃないかって気がしてきましたっ」
(そ、そう。良かったわね……)
「明日もう一度お話してみます。失礼を謝って、今度はこっちから恋人……はまだハードルが高いから、友達になってくださいってお願いしてみますっ」
(そうね、その意気よ……)
微妙にヘコんだような雰囲気の神様はさて置き、わたしはぐぐうっと拳を握った。
「わたし、頑張りますっ。絶対負けないっ」
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