第4話「便箋とモッチー」
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その夜のうちから、俺は動き出した。
調べられる限りのことを調べて、聞けるところに聞いて。
朝が白み始める頃には、A4用紙50枚にも及ぶ『今後の方針』の束が出来上がっていた。
「お、お兄ちゃん……大丈夫ですかな? ホントに学校行けますかな? 辛くなったら必ず連絡するですよ?」
校門をくぐると、登校中の生徒たちが一斉にザワついた。
俺が一歩進むごとに、モーゼの奇跡のエピソードよろしく両脇へとどけて行く。
──おいおい、会長のあの顔見ろよ。目の下の隈っ。ただでさえ怖い顔がもっと恐ろしいことになってるぜ?
──将来は絶対ヤクザだ、間違いねえ。しかも頭脳派のインテリヤクザ。
──おいやめろよ。そんなの聞かれたらごまちゃんみたいに埋められるぞ?
──え、ごまちゃんって……え、マジで? あの人会長に殺されちゃったの?
「……」
様々なご意見があるようだが、要約するならば俺の顔がひどいということらしい。
下駄箱奥の大鏡に映して見ると、なるほど顔つきがいつもより厳しく、目の周りにはくっきりと濃い陰影がある。
指名手配写真として飾られていても違和感が無いレベルだ。
「……これでは
「ううわあああぁぁぁー……これはひどいいぃぃぃー……。こんなの会長に見せられないよー……」
「……ん?」
「……え?」
聞き慣れた声がするなと思って隣を見ると、そこになんと
俺と同じように大鏡に向かっていたらしく、顔の肉を揉むような体勢のまま硬直している。
「おはよう恋」
「うわわわわっ!? おはようございます会長さん……ってなんでそんなに普通なんですかあーっ!?」
恋は素っ頓狂な声を上げた。
「……動揺する必然性があったか?」
「いやいやいや、あるでしょう! ありますよねえ!? だって昨日の今日ですよ!?」
さも心外というように恋は声を荒げるが、俺にはさっぱりわからない。
レンがいたらあるいは教えてくれるのかもしれないが……残念、ここにいるのはそっちじゃない。
「教室であんな……あんなことやそんなことを言って……その……わたしなんか気絶しちゃって……ってそれはただわたしが悪いだけなんですけど……でも! こんなばったり出くわしたりしたら、驚いたりとか言葉を失ったりとかするもんなんじゃないですか!?」
「いや、特には……」
「冷静すぎません!?」
非難じみた声を上げる恋にどう返答すればいいか困っていると……。
──うおお、朝からさっそくやってるよ。
──偶然? それとも待ち合わせたの?
──とにかく見てようぜ。あの会長が女子に好意を持つとか、皆既日食ぐらいの見ものだわ。
「あー……とりあえず場所、変えるか」
「や、それもいいんですけど……。なんといってもすぐに授業なんで……」
恋は学生鞄をゴソゴソ探ると、四つ折りにしたピンク色の紙片を取り出して俺に持たせた。
「出来れば放課後でお願いしますっ」
ペコリ頭を下げると、そそくさとその場を立ち去った。
「放課後……ねえ?」
紙片を開いてみると、それは一枚の
待ち合わせの場所が丸文字で、地図がポップな色調のイラストで描かれている。
「お、モッチーじゃないか」
人に何かを説明する時、レンはとにかくイラストを多用した。
その際によく登場していたのが、もちもち真っ白な大福みたいな形状の生き物だった。
小さな突起状の手が二本生えている他は、目がふたつと口がひとつだけというシンプルデザイン。
通称モッチー。
「この頃からすでにいたんだなあ、こいつは……」
目的地に向かって
「……会長さん」
去ったとばかり思っていた恋が、柱の陰からこちらを見つめていた。
「その目の下の隈って……やっぱりそうですね? 会長さん、昨日徹夜したんですよね? わたしのことが気になって気になって、眠れなかったんですよね?」
「まあそうだが……」
もう二度と、おまえにあんな悲しい思いはさせたくないからな。
これからも、かけるべきところに時間と精神をかけていくつもりだ。
「やっぱりっ。ふふっ……うふふふふっ」
すると恋は薄ら頬を染め、おかしそうに笑い出した。
「なあ、それがいったい……」
「──あのですね、会長さん。実はそれ、わたしもなんですよ」
ほう、おまえも眠れなかったのか。
たしかに昨日よりじゃっかんやつれているような気はするが……。
「わたしも会長さんのことが気になって気になって、眠れなかったんですよ。ね、わたしたちって似てますねっ。ふふふふふっ」
謎めいた笑いをその場に残すと、恋はパタパタ音を立てて駆けて行った。
「………………」
その後もしばらく、俺はその場にとどまっていた。
「……そうか。恋は俺の顔を怖がらない、珍しい奴だったんだ」
わけのわからない感慨が胸に響いて、動けなくなっていた。
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