#06「再び、店主」
結局、宿泊客達の中に矛盾した証言をした者はいなかった。水晶に反応した者もいない。
客の中に犯人がいるのは間違いないはずだが、ドメニコスの部屋に「
もちろん、店主や店員については、事前にシロであることを確認済みだ。
「何か、重要なことを見落としているのではないかね?」
成果のなさに、ロドリゴが苛立たしげにつぶやく。
「その『何か』が分かれば苦労しないんですが?」と呆れつつも、上司を立ててファンは頷きだけを返した。
見落とし。確かに、何か見落としている気はするのだ。そう――。
「――隊長。どうしてドメニコス導師は、こんな安宿でお忍びの一泊なんかしたんでしょうね?」
「うむ。そう言えば、その点についてはまだ何も知らんな。店主の奴なら何か知っている……か?」
顔を見合わせた二人は、もう一度話を聞くべく店主を呼び出した。
* * *
「単刀直入に聞く。ドメニコス導師は、何故この宿に泊まっていたのだね? 君は導師の素性を知っていたようだが、顔なじみだったのかね? 何故、強盗がいるかもしれないのに、一人で導師の部屋の様子を見に行ったのかね? 何か、隠したいことがあったのかね!?」
姿を現した店主に、ロドリゴが畳み掛けるように質問を投げかける。
店主の方は青い顔をしながら「いや、それは……ちょっと」等と、何やら言葉を濁している。
「店主さん。このまま犯人が特定できなければ、申し訳ないが、あなたやお客さん達の身柄を警備隊の方で一事預かることになります。捜査はきっと、長期化するでしょう。――だから、知っていることがあったらなんでも教えて欲しい。あなたの力が必要なんですよ」
ロドリゴが畳み掛けたところで、今度はファンが少し優しい口調で店主に協力を求める。「アメとムチ」の要領で、少しでも店主の信頼を得ようという小細工だ。
その小細工が功を奏したのか、店主は一度チラッとドメニコスの遺体を見てから、決意を固めた表情で口を開き始めた。
「……導師様は、この宿の常連でやした。時折ふらりと訪れては、あの部屋で一晩をお過ごしに……もう十年近くの付き合いになりやす。そのことは店主のあっししか知りやせん。一人で様子を見に行ったのも、店員たちや他のお客さん方に、導師のことを知られたくなかったからでございやす。
実は、あの部屋は実質的に導師様専用でやして。毎度、一年分相当のお代を頂いておりました」
「下町での定宿だった、と。しかし、ただ泊まるだけだったのかね? 何か他に目的があったのでは?」
ロドリゴの指摘に、店主は一瞬だけビクッと体を震わせたが、すぐに佇まいを直し――
「へぇ。実は……導師様はあの部屋で、その、お楽しみだったんでございやす」
とんでもないことを口走った。
「お、お楽しみぃ!? 店主さん。そ、それは……まさか」
「――女、か?」
「へ、へぇ。そうでやす。導師様は、どこからか娼婦を呼びつけて、あの部屋でお楽しみになってたんでございやす……」
あまりの事実にファンが絶句する。
ドメニコスはかなりの高齢だったはずだ。それが娼婦を買って、安宿で一晩「お楽しみ」をしていたとは、にわかに信じがたい。
――だが、驚くファンをよそに、ロドリゴは何やら納得がいったのか、しきりにウンウンと頷いていた。
「ファンは知らんかもしれんが……ドメニコス導師の女好きは一部では有名なのだよ。それも、位の高い女や頭の良い女よりも、場末の下品――失礼、下町の
で、店主よ。今日、その娼婦が来た形跡はあったのかね?」
「いいえ。いつもは日暮れに紛れるようにやって来るんでやすが、今に至ってもまだ姿さえ現しておりやせん。あっしも変だなぁ、とは思ってたんでやすが……」
――来るはずだった娼婦が、未だもって姿を現していない。
その事実に、ファンの脳裏に稲妻のようにある可能性が閃いた。その可能性は、芋づる式に様々な仮説を連想させ……ある一つの答えを導き出した。それは――。
「――ちょっと失礼」
その答えを立証すべく、ファンはある痕跡を探してドメニコスの遺体が転がる辺りの床を、丹念に調べ始めた。
突然のファンの行動に驚くロドリゴと店主。だが、そんな彼らをよそに、ファンは魔法のランプの明かりを頼りに床とにらめっこを続け――。
「……あった。ありましたよ、隊長!」
「なんだね? 何があったというのだね?」
訳が分からないままのロドリゴに対し、ファンはしきりに床の一点を指さしていた。どうやらそこに何かあるらしい。
ロドリゴが目を凝らすと、年季が入って黒ずんでいる木の床の一点に、真新しい傷が見えた。ひっかき傷か、何か硬い物が落ちた跡か。
「――あっ」
それでようやく、ロドリゴも合点がいった。
この傷は、ミゲル達の言っていた「何か硬い物が落ちた」痕跡に違いない。
だが――。
「なるほど、ここに何か硬い物が落ちた訳だな。しかし、何が落ちたというのだね? この部屋には該当しそうな品物は見当たらないが……」
「何を言ってるんです、隊長。僕らの目の前にあるじゃないですか」
「はぁ?」
首を傾げるロドリゴを放って置いて、ファンは次にドメニコスの遺体へ向き直った。
そして、懐から例の水晶を取り出すと、それをドメニコスの遺体にそっと近付ける。
すると――。
「……あ、あああ!?」
眼の前の光景に、ロドリゴは思わず驚きの声を上げていた。
水晶が光っていた。扉にかけられた「施錠魔術」の術者の魔力波長を記録した水晶が、まばゆい光を放っていた。ドメニコスの遺体に残されている体内魔力の痕跡に、反応したに違いなかった。
とすると、この部屋の扉に「施錠魔術」をかけたのは……。
「だ、だがファンよ!? この部屋を閉ざしたのが導師本人だとすると……犯人は一体誰なんだね?」
「それはもう目星がついています。今までの証言と現場の状況を照らし合わせると……導師を刺せた人間は一人しかいません。まだ動機なんかはさっぱり分からないですが、まず間違いない。確保しちゃいましょう」
ファンの態度はあくまでも淡々としていた――。
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