第40話 蓮
蓮は人が死ぬところを初めて見た。
あまりにも呆気なく阿澄は死んだ。血の匂いが鼻腔をつく。
蒼一が「葵・・・・・・」と呟いているのを聞いて、蓮は理解した。
この人はまだ葵先輩を追いかけてるんだと。
蒼一が壁に何かを刻んだあとで、蓮はその場に出て行った。
蒼一は静かに蓮を見て、ナイフを向けた。
冷たいまでの殺意に蓮の体は凍り付いた。
蒼一は抑揚もなく呟く。
「・・・・・・なんだ、白沢か。大きくなったな」
殺す気だ。
蓮はすぐに理解した。
そして蓮は蒼一の目を見て憐れに思った。
(この人はあたしと違って葵先輩の亡霊から逃げられなかったんだ・・・・・・。葵先輩以外誰もいなかったんだ……)
蓮は小白の顔を思い出し、自分は幸運だと思い知らされた。
(きっと、あたしも小白と会えなかったらこうなってた……)
気付くと蓮は阿澄の元へ駆け寄っていた。
脈を測って死んだことを確認すると、財布を探して中に入っていた現金を盗み出す。
「こうすれば強盗だと思うかもしれない。先輩、他に警察の手掛かりになるようなもの思い当たりませんか?」
そう言った蓮の首筋に蒼一はナイフを当てた。
「・・・・・・どういうつもりだ。白沢」
「そんなの分かんないですよ!」
蓮は叫んだ。
「・・・・・・でも、ここで穂村先輩が捕まったら、葵先輩が悲しむと思うから・・・・・・」
蒼一は窓の外を見上げた。
「・・・・・・葵なら、もう悲しんでるだろう」
蒼一が蓮からナイフをどけると、刃をハンカチで拭った。
二人はしばらく沈黙した。
「・・・・・・なら、どうしてこんなことするんですか?」
「・・・・・・そうだな」
蒼一はナイフをズボンのポケットに直した。
「あえて言うなら、これしか思いつかなかった。例え馬鹿げてると分かっていても、何もしないよりはマシだと思ったんだ。悪いが、もう俺は正常な判断ができない。他人はどうでもいいんだ」
蒼一は阿澄翔子の死体に手を伸ばした。
そして剛炎寺のお守りがついたスマートフォンを翔子のポケットから取り出した。
更に反対側のポケットを探り、渡した手紙を回収した。
「・・・・・・なんですか、それ?」
「この町の龍穴を塞いでたんだが、社君に解かれてね。だからまた封じる為の御札を渡したんだ。人目の付かない場所に貼って貰うためにね。この子の家は父母山からまっすぐと伸びた撞背順結に位置するから」
龍穴は龍脈、つまり大地のエネルギーが吹き出す清い場所である。
撞背順結は風水における龍脈の流れを意味する。
蓮は蒼一の言う意味が分からなかった。
分かったのは、蒼一はその龍穴の為に翔子に近づいたことだけだ。
「それと、阿澄を殺すことにどんな関係が?」
「直接の関係はない。だけど」
蒼一は壁の落書きを見た。
「もう時間がないんだ。予定を変えないといけなくなった。だから、その子を殺したんだ。あと三人・・・・・・。血の印が必要なんだよ」
「・・・・・・先輩はなにをする気なんですか?」
続けざまの質問にも蒼一は無気力に答えた。
「殺すんだ」
蓮は蒼一の冷たい瞳に慄然とした。
「葵を殺したものを、殺す。それだけだ。その為には贄がいる。あれをあの子の体から引きずりださないといけない」
蒼一の口調は頑なに信じていた。
蓮はその言葉の一つに妙な胸騒ぎを覚えた。
「・・・・・・・・・・・・あの子って、誰ですか?」
「えっと、なんて名前だったかな? ・・・・・・真一郎の妹」
それを聞いて蓮の目が見開かれた。
蒼一は思い出して告げた。
「・・・・・・そうだ。小白。緋神小白だ」
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