第192話 完敗

 レクスはそのまま追撃を見せてくる。


「おらおら威勢の良さは口だけか!」


 ボクサーのように細かく動き、速度の乗ったジャブやローキックを織り交ぜながらひたすらに肉薄してくる。ガチのインファイターといった戦い方だが結構以外に感じた。


 獣人と言えばパワーでごり押してくるイメージがあったけど、このレクスの戦い方はこっちに反撃させず、体力を削り本気の攻撃を当てるための戦い方だ。戦術をしっかり練っているところからも獣人らしさが感じられない。


 総合格闘技のように肉体で出来るほぼ全ての技を戦いの中に織り交ぜている。つまりこれは対人間、それも近接戦闘に特化したやり方だ。


 俺はそれを防御しながら考える。このままじりじりとやっていたら負けはしないが勝つことも難しいだろう。さっきみたいな大ぶりの攻撃ならまだしも、こんな小手先の攻撃では俺の防御を貫けない。


 レクスもそれがわかっているからか挑発しながら攻撃の隙をうかがっている。


 完膚なきまでにぼこしてやろうと思っていたけどちょっと無理そうだなこれ。仕方ない、普通に勝たせてもらおうかな。


「……このままじゃ勝負がつかないな。お前の本気と俺の本気、どっちが強いか真っ向勝負をさせてもらおうじゃないか」


「むっ!」


 俺が本気になったのがわかったのかレクスはまた一度距離をとる。俺が何かしようとしたのを感じ取ったのか凄まじい反応速度だ。これはやっぱり油断出来るような相手じゃないな。


「最大最高の一撃でこい。今度はすり抜けたりしない、真っ向から受け止めてやる」


「……いいだろう。人間にしておくには惜しいほどの闘争本能だ」


 レクスはクラウチングスタートの体勢を取り、非常に低く構える。本来であれば攻撃に向かないその構えは、獣人のバネと身体強化をもってすれば大きく変わる。


 ビキビキと筋肉の収縮する音がかすかに聞こえてくるほどのタメ、全力全開で突進するために溜めこまれた爆発的な魔力が足に収束していく。空気が歪んでいるかと錯覚するほどの緊張感。


 体を支えているのではなく地面を支えているかのようにめり込む手足、全ての筋肉のパワーをその一瞬に集約させ攻撃力に変換していく。


 俺はそれを見ながら不屈と防御を全開で発動させ受ける姿勢をとる。あの突進をまともに食らったらまず間違いなく俺の身体は吹き飛ばされるだろう。だが受けて立とうじゃないか。


 馬鹿にした女神様の力、存分にみせてやる。


 二人の緊張が村全体に広がり物音一つ聞こえなくなる。


 そしてレクスの筋肉が爆発した。


 爆発的に溜めこまれた力により地面は砕けレクスの背後では大きな土煙が上がっている。レクスは身体強化と狂獣化だけでなく土魔法も使い前に進む力に変換させたようだ。それはさながら地面から放たれる弾丸。


 だが見える。


 レクスが俺の身体に触れる瞬間、俺は受け止めるべく体を少し横にそらす。タックルに対する有効なカウンターは受け流し、フラフィーの最も得意とする行動で父親を倒し負けを認めさせてやりたい。


 しかし俺と衝突する瞬間、レクスの身体が消える。そして背後からの衝撃。


「ぐっ……!?」


 正面からの攻撃はフェイント。全力でタックルを食らわせると見せかけ、獣人のしなやかを生かし後ろに回り確実な一撃を入れる。野郎、やりやがる。


「うぐああああああ」


 だが壊れたのは俺の体ではなくレクスのこぶし。もしパンチではなく後ろからもタックルの選択肢を取っていたら肩から全身まで全て壊れていただろう。そのくらいの衝撃を受けた。


 指先から肩口までの骨が砕けたレクスはその場にしゃがみ込み戦闘不能になる。片腕だけで済んだとはいえその衝撃は全身に伝わったはずだ。骨がいかれていなくても筋肉はずたずたになっているはず。


「凄い……」


 何が起きたのかわからないフラフィーはただ茫然とつぶやくだけだった。前回の世界で俺は戦いに関しては何も出来なかったし、フラフィーはそこしか見ていない。


「流石私の信者一号。素敵です」


 めぐもお祈りのポーズで俺の勝利を祝ってくれる。あかねは真顔で拍手してて心底驚いてるのがわかる。俺もここまですんなり出来ると思ってなかったからちょっとびっくりしたけども。


「ぐぅ……人間、何をした」


「凄いな、立てるのか」


 レクスは破壊された体をむりやり起こし立ち上がって俺に質問を投げかけてくる。


「簡単だ、カウンターを決めただけだ」


「俺の、行動を読んでいたのか」


「いいや違う。正直背後に回られるとは思っていなかった」


 本来であれば正面から受け止めて受け流し、それで勝負を決めるつもりだった。ステータス差があろうとも多少のダメージ覚悟でカウンターを決めれば倒せると思っていたからだ。


 でも実際は背後に回られることでその作戦は失敗した。なので俺の取った行動はまた別のカウンター。咄嗟の機転、本能からの行動。


「お兄ちゃんは守護の光を使ったんだよ。さっき猫娘が使ったやつだね」


「そう、か……」


 俺は正面からレクスが消えた時、不屈と防御で耐えきれないかもしれないと思い何かないかと考えた。そして自分を強化する方法、フラフィーが守護の光を使っていたことを思い出し俺も出来ると思った。


 神聖と善性がある獣人だから、という説明があったが俺には出来る確信があった。だって女神様の加護だぜ? 俺と女神様は気持ちが通じ合っているもの。使えないはずがない。


 そして守護の光も纏い不屈と防御も合わせればどんな攻撃も耐えられる驚異的な防御力が発揮できる。そこへ攻撃をしようものならそのダメージは跳ね返り攻撃した本人を襲う形になる。


 近接攻撃、それも肉体を使った攻撃のみに作用する天然のカウンターだ。硬いものを殴れば自分の手が痛むように、レクスはその衝撃を全身に受けてしまったということだ。


「完敗だ……」


「いや、あんたが正面からきてくれたから出来ただけだ。もし本気で俺を殺す気で武器を持っていたら俺は負けていたさ。いい勝負だった」


 体がずたずたになっているレクスに笑いかける。握手するには流石にダメージが大きすぎるだろう。


「約束だ、うちの娘をよろしく頼む」


 レクスは頭を下げてくるがそうじゃない。俺が何のために戦ったのかわかってなかったのかこの人は。フラフィーも嬉しそうに俺に走り寄ってくるがそれを止めて俺はレクスに言う。


「俺が戦ったのは女神様を侮辱したからだ。フラフィーの事はついでですすいませんお父さん」


「貴様あああ!」


 レクスは動かない体で必死に叫び声をあげていた。


「キミヒトさん!? 私の事は力づくでもらって行くって言ってたじゃないですか!?」


「幻聴だろ。それでお父さん、女神様の力はいかがでしたか? 完膚なきまでにやられているように見えますが反省していただけました?」


 ここぞとばかりに煽っていく。悔しそうなレクスの顔を見るとちょっとすっきりした。勝ったのは俺の力じゃない、女神様の力だ!

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