第121話 フルマラソン

「全然中身違うな」


「だね」


 以前入った時とは完全に中身が違っていた。人が多ければドロップが良くなるという話は聞いていたが、この分だとドロップの種類すらも大幅に増えていることだろう。


 そのくらい探索場所も増えていたし生えている鉱石の種類も増えていた。前回はミスリルだけだったがこの階層にはミスリルのほかに鉄鉱石やら亜鉛を含む合金やらなにやらが結構あった。


 俺のいた世界の常識は全く通用しない感じの鉱石たちだな。鉄がその辺に生えてるってどういうことだよ。亜鉛混ざってる合金とかもあるし、アルミとかもんじゃないかなこれは。


 とうか合金で出てくると加工し辛そうだから鍛冶屋的にはマイナスだろこれ。そのまま伸ばして加工出来るとかそういう感じなら話は変わってくるけどどうなんだろ。スキルで無理やり加工できるのかな。


 ミスリルの量に比べればかなり微量ではあるが、それでも以前は無かったものだ。そう考えるとこれから下がっていけばかなり良いものが手に入るんじゃないかと否応なしに期待が高まる。


 採取したい欲をぐっとこらえて奥に進んで行く。俺はゲームとかで探索場所は見つけたら必ず採取したい人種だったので、この命の危険が無い状態だとその時の気持ちを思い出す。


 しかし新しい鉱石が出てはいたが、二十階層まで下りても特に変化は見られなかった。


「変わらないな……そろそろ休むか」


「そうだね、流石にめちゃくちゃ疲れたよ」


 俺はゴールが見えているから全力で走ればいいだけだが、あかねはどのくらいの距離で次の階層に行くかは見えていない。そう考えると結構なストレスがかかることだろう。


 というか十時間近く走れる体頑丈すぎる。フルマラソンとか余裕だろこれ。いや魔法のある世界でフルマラソンとか距離が何倍にも伸びてやばそうなことになるとは思うけど。


 もしくはこの体が特別せいか。不屈もあるし女神様から加護ももらっているから特別性かな。


「キミヒト君体力あるね……何か体力回復するもの無い? いきなり連れてこられたから私持ち込み全然ないよ」


「ポーションとかの類ならあるけど……もしくは別の物もあるけど」


「別の物?」


 ポーションは確かに怪我を回復するが体力を回復するには休むしかない。MPを回復するためのポーションも同じくで、すぐさま回復するというよりはじわじわ回復するタイプだ。


 クロエもイリスもMP無尽蔵だし俺も使うことは無いしフラフィーも魔法使えないしでずっと収納にしまわれたままだ。MP回復ポーションは体力を回復はしないが。


 別のものは、あれだね。


「これだけど……おすすめはしないかな」


「なんで? めちゃくちゃ綺麗だし美味しそう」


「そうなんだよな……」


 メロンソーダとか琥珀糖のソーダとかピンクグレープジュースとか、そういうカラフル系の飲み物って美味しそうに見えるよな。この効力のやばそうな精力剤も同じくすんごいカラフルで美味しそう。


 虹色のドリンクとかも売ってたりしたけど入れ物がビンって言うのもなんだかすごく幻想的で飲みたくなる。これもしかして飲むための工夫すら頑張ったんじゃないのあの魔女子さん。


 普通にジュースだよって出されたら美味しそうだから飲んじゃうでしょうよ。媚薬とかは飲ませるのが難しいってよくわかってんな。そらロンドの連中も欲しがるわ。


「あかね、これ精力剤なんだよ」


「えぇ……そういえば作ってたねキミヒト君。でもどう考えてもこれ飲めば体力回復するよね」


「そりゃそうだが……」


 精力剤ということは体力を高める薬だ。正確には一部を元気にするための薬だと思うが、どんな状態でもそういうことが出来るようになるなら体力も大幅に回復するだろう。


 ってことはこれを飲めばもっと奥まで行けるのでは? 下ネタでもなんでもなく奥まで進めるなら俺は使うことも辞さない。俺なら効力打ち消せるしありだな。


「じゃあ俺だけ飲むわ」


「いやおかしいでしょ。キミヒト君だけ飲んでも私がいないと帰れないから連れてきたんでしょ。私のも頂戴」


「いやそれもだめだろ」


 俺が飲もうとするとあかねも飲もうとする。一体なぜなのか。あかねが飲んだ場合はどうなるか分かったもんじゃないからやめてほしいんだが。


「でもキミヒト君急いでるんでしょ。それにほら、えと、手をつないでれば私にもスキル効くんでしょ?」


「ああそういえばそうか」


 進行速度は遅くなるかもしれないが不屈を使っていれば休む必要はない。それにここはもう二十階層だ。ここまで来たら階層はどんどん短くなるから数時間で三十階層までいけるだろう。


 あかねのために休もうと思ったが、あかねにも効力を出せるならその必要はない。手をつなぐのでも良いが、場合によってはおんぶや抱っこしてどこかに触れてもらっていればいいのだからそこまで遅くなるというわけでもない。


 体力を失い続けると判断力が鈍くなるし感性が落ちる。なにかあった時にも対処が遅れるのはやばいので二人とも回復出来るこの機会は確かに欲しい。


 俺とあかねの体力を回復して無理やりに走り続けるならここで精力剤チャレンジしておくのもありかもしれない。


 もし何かあったとしても人もいないしいけるか……? でもあかねがぶっ壊れるところみたくねえな。素でそういうことするならいいけど薬に頼ってって言うのはな。


「私は大丈夫だよ、キミヒト君なら」


「おいおい俺はロリコンだぞ。いつフラグ立ってたんだよ」


 なんか知らないがあかねが俺の手を握って上目づかいをしてくる。幼馴染属性を俺が持っていたら即死コースだったのは間違いないが残念ながら持っていない。


 ここまで来たらあかねが好意を持っているのに気づくことは出来るがいつフラグたてたっけ。全然記憶ないんだけど。


「キミヒト君、いつもみんなのために頑張ってるの知ってるよ。フラフィーちゃんの時なんてあんなに必死になってさ、かっこいいって思っちゃったんだよね」


「フラフィーも俺の仲間だからな。そりゃ本気で助けるよ」


 そういやあの時はひたすらに全力でフラフィー助ける事しか頭になかったな。かといってそれで惚れるっていうのはあかねは惚れっぽいのかもしれない。人のために頑張る姿って結構そそるものあるからな。


「……それに私のことだって」


 ……そういえばあかねを助けるときは結構ガチで話してたな。クロエとイリス侍らせながらだったけど。あかねの彼氏探しの条件にもぎりぎり触れているといえば触れているし。


「そういや彼氏探しはもういいのか?」


「それはもういいの。ロンドの人たちと一緒にいてわかったけどまともな人なんて全然いなかったし。それならキミヒト君が良いって思って」


「消去法はなんだか微妙な気持ちになるな」


「違うの! そうじゃなくて! キミヒト君私の呪い解くとき凄く丁寧にしてくれたでしょ? 本当ならいきなり呪い解いても行けたはずなのに私に負担かからないように気を使ってくれたことも嬉しくて……考えれば考えるほどキミヒト君が優しい人だってわかってさ」


 うーむ、確かにあかねに壊れてもらっては困るからかなり丁寧に呪いを解くことにしたけどそんなに真面目に受け止められるとは思わなかった。


 でも確かにこの世界に来て初めて親切にしたのが俺だったら気になるのもしょうがないとは思う。それに正直にこうやって打ち明けてくれるのも嬉しいし好意を持たれて嫌な気はしない。


 女の子にここまで言わせて俺がしり込みするのはちょっと可愛そうだ。最悪の事態になっても俺が自我をしっかり保てばいいだけだからな。


「しゃあない。わかった」


「さっすが! 本当美味しそうだよね! 私こういう飲み物好きなんだー、メロンソーダ大好き!」


 ただ飲みたかっただけじゃないのかこいつは。


 そして俺たちは同時に精力剤を口にした。

 

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