第5話 天下無双の用心棒、キリシマ・エンカ

「げぇー……。なんであいつがここにいるのよ……」


 黒髪の長髪を結った、ハーディと同じくらいの背格好は、がっちりとしているものの、ワフクで着やせして見えた。その硬派に見える見た目に反し、手当たり次第に女の尻を追いかけ回すこの男の事がリップは昔から苦手である。

 命を助けられたキャリーも、いよいよその男に気付いた。


「あ! あの人! 私を助けてくれた人ですよ!」

「キャリー、あまりあいつのことは――」

「あのー! なにしてるんですかー!?」


 リップの話も聞かずに、すでにキャリーはマーリーの前に佇む男に話しかけていた。

 キャリーの声に気付き、男は振り向く。


「ん?」

「あの! 昨日私を助けてくれましたよね!?」

「ああ昨日のお嬢ちゃんか。そのバニー姿、マーリーで働いてるのかい?」

「昨日ポールさんと知り合って、一晩泊めて頂いたんです。あの! 私昨日お礼を言いそびれちゃってて……。あの、ありがとうございました!」

「いや、たまたま用事があって通りかかっただけさ」

「自己紹介もまだでした。私キャリー・ポップって言います!」

「……やっぱりこの娘か……」

「え? なんですか?」

「いや、なんでもない。俺の名は『キリシマ・エンカ』だ。よろしくなキャリーちゃん」

「キリシマ! あんた店になんか用なの!? そんなとこに突っ立ってられちゃあ営業妨害なんだけど?」


 リップが喧嘩腰に声をかけると、キリシマは目を見開く。獲物を捕らえたサムライの目は、眼光を反射し、由緒ある洞察力を隠せない。


「おお、おっぱいちゃん! 相変わらずでけえおっぱいしてんなあ!」

「うるっさい! あんたのそうゆうとこほんっと嫌いだわ!」


 笑顔で手を振ってくるキリシマにリップは怒鳴り散らす。

 再三言うが、リップはキリシマが苦手である。決してハーディの様な破天荒さも、刑殺官のような冷酷さも持たぬこの男が、である。


「あの、リップさんとキリシマさんはお知り合いなんですか?」


 仲がよさそうに話す二人にキャリーは質問する。


「ああ、実は恋仲だ」

「ちっがうわよ!!」


 リップはキリシマの顔面に拳をめり込ませた。容赦なく、無慈悲に、鼻の骨が折れんばかりに。遠慮なく決めた会心の一撃から察するに、今思えば、ポールに対しての敵意には、多少の優しさが含まれていたのかもしれない。


「こいつはあたし達の客ってだけ!」

「あ……、ああ……。なんへ、ほほにふればほの辺の情報は大体手に入るはらな……」

「はぁ。まあいいわ。あんた、とりあえず中入りなさいよ」


 キリシマは自分の鼻を左右に動かして骨が折れてないことを確認する。

 ポールの店は見た目に反し、仕事はちゃんとしていたので顧客は多かった。キリシマもその一人であり、以前よりリップと面識があったのである。


   〇


――カランカラン


「ヒュー、今日は大物が来店する日だなぁ。いらっしゃい、キリシマの旦那ぁ」


 キリシマが扉を開けるとポールが歓迎する。少なくとも、ハーディが着た時よりは歓迎の色が強い様だった。


「よ! 久しぶりだなぁポール。あれ? ドンもいるじゃねえか!」

「なんじゃ、あいつの次は貴様か……。ほれ、貸してみろ」


 ドンはキリシマに向けて手を差し出す。キリシマ愛用の刀のメンテナンスに訪れたのだと思ったからだ。


「いや、今日の用事は刀じゃねぇんだ。あれから大して使ってねえから錆一つない」

「じゃあ、俺っちのほうかい? 何が知りてえんだぁ?」

「ついさっきまでその予定だった。ちょっと探し人をしててな……」

「あの、ついさっきまでって?」

「じゃあもうこの店に用はねえだろぅ? 悪いが冷やかしなら帰ってくんなぁ」

「そう言うなポール。……俺の探し人はその娘だ」


 キリシマはやっと見つけたと言わんばかりに指をさす。

 その先にいたキャリーは反射的に目を丸くさせた。


「え!? 私ですか!?」

「キリシマ……。あんたキャリーを嫁にする気!? このロリコン野郎!」


 リップはドスドスと、マーリーの床が抜けそうな程に音をたててはキリシマに近づいてくる。バニーガールと言うよりは、ライノガールと呼んだ方がしっくりくる。


「おっと、それは違う。俺のストライクゾーンはおっぱいちゃんみてえな三十からの色っぽい女だ。二十そこそこの若い女に興奮するのは通じゃねえよなあ? なあドン?」

「わしはおなごは自分より年下なら何歳でもよいわい」

「そういやぁ、ドンって今いくつなんだ?」

「今年で七十二じゃ」

「「ストライクゾーン広っ!!」」


 ドンの女性に対する守備範囲の広さにリップ以外の全員が声を出してしまった。

 リップは肩を震わせ、ふたたびキリシマの顔面をぶん殴った。


「あたしはまだ29じゃゴラアアアア!!」


 それはもう、限りなく三十路に近い数字だと思う。しかし、世の男性は決して一緒にしてはならない。男にはわからない『二十代』という響きの価値観を、女性は時に、なにより大事にするものだ。特にリップのような婚姻前の婦女子にとって、その違いは天地のごとくであった。


「わはっはおっはいひゃん、今のは俺は悪はっは」

「だからあんたはまずそのおっぱいちゃんって言うのヤメロ!!」


 キリシマに追撃を決めるリップをよそ目にキャリーは質問する。


「それで、あの、私を探してたっていうのはどうゆうことなんでしょう?」

「俺ははる人はらお前を護衛しろと依頼されは。俺は用心棒だはらな」

「でもキリシマの旦那ぁ、あんたぁ昨日キャリーに会ったんだろう?」


 ポールに言われ、どこから説明しようか考えたキリシマは少し悩んで、結局全部話すことにした。それが一番早いと思った。


「俺が依頼されたのはキャリーちゃんと別れた後だ。今から三日前の事だった――」


   〇


 今から三日前、俺は東の戦闘禁止区域『コンツェルト』にいた。あそこは美人のねーちゃんが多いからな。俺はその晩一緒に寝る女を探していたら……、ワオ! 絶世の美女を見つけた。そしてなんと、その女に俺が話しかけるより先に女の方から俺に話しかけてきた!


「お探ししておりました。キリシマ様」

「お嬢ちゃんみたいな美人、一度会ったら忘れないんだけどなあ」

「わたくしも、あなたのようないい男は初めて見ましたわ」

「お世辞はいい。仕事の依頼か。俺は高いぜ?」

「殿方に一度も触られていないわたくしを、一晩お好きにしてかまいません」


 早速俺は女を連れて近くの宿に入った。


「さいってー。あんたってほんとさいてー」

「あの、キリシマさん……」


 まぁ待て待て、まだ手は出してねぇよ。ホテルに入ると女は服を脱ぎ始めたので、俺は紳士らしくそれを止めた。


「先に話を聞かせろよ。お嬢ちゃん、俺に何か頼みごとがあるんだろう?」

「キリシマ様。わたくしはあるお方から伝言を頼まれたにすぎません」

「ほおう。どんな要件だ?」

「『レクイエム入口』で待つ、と伝えてくれと――」

「そいつはそこまで俺を行かせるために、あんたの体を差し出したんだな?」

「左様でございます。キリシマ様」


 再び服を脱ぎ始めたので、俺は紳士らしく再度止めた。


「やはり、キリシマ様程の御仁になると、わたくしの体では不服でございましょうか?」

「いや、あんたは魅力的だ。襲っちまいたいくらいさ。だが無理すんな。気丈にふるまっちゃいるがさっきからあんた、震えてるぜ? 俺を安く見るなと言ったはずだ」


 女は無理に遊女を演じていたが、内心は恐怖と悲しみで押しつぶされそうだったんだろう。俺は見抜いていた。

 すでに演じる必要の無くなった女は盛大に泣き出しちまった。


「ここからレクイエム入口に行くなんて俺にはなんて事はねぇ。それに、俺のストライクゾーンは三十からだ。安心しな、嬢ちゃん。あんたの伝言はきっちり守ってやるよ」

「うぇえええ、グズッ。あたぃ……初めてはあげだいひとがいてっ……」

 泣き止まねえから俺は頭を撫でてやった。

「おーよしよし。しかしひでー奴だな。あんたみたいな生娘にこんな仕事させやがって――」

「ひっぐ。いえ、私がその人の役に立ちたくて、うぐっ、言い出したんです……」

「まさかお嬢ちゃんが抱かれたい相手ってのは――」

「はぃ……、今頃レクイエム入口で待っているはずです……」

「そうゆうことは本人に言ってやったほうがいいぜ? 直接言わなきゃ伝わらねえ事もある」

「薄々気付いてると思います。でも、私じゃダメなんです、身分が全然違うから。どうせ振られます」

(女を泣かせやがって……、気に入らねぇな。一発ぶん殴ってやる)


こうして俺はレクイエム入口に向かうことにした。


「さいってー。あんたってほんとさいてー」

「あの、キリシマさん……」


 なんでだよ! それなりにかっこいい事言ってただろ!

 それから俺は二日かけてレクイエム入口まで歩いてきた。が、入口の扉に近づくと遠くから狙撃者達に狙われるだけで、そこには誰もいやしねえ。俺はライフルで狙われないように近くのビル群に隠れそこで待機した。しばらく待つと入口からルーキーが入所した。

 それがキャリーちゃんだ。キャリーちゃんは、のこのこ扉から出てきて周りをキョロキョロ見渡してたなぁ。


――ダーーーン!


 ライフルで狙われたキャリーちゃんを颯爽と助けるのはそうこの俺。そのままキャリーちゃんを抱えて俺は走り、目についた廃ビルに隠れこんだ。

 走ってる途中でキャリーちゃんは気絶しちまってた。だからキャリーちゃんを一旦そこに寝かせたんだ。やましい事はしていないぜ?

 ホントは起きるまで待ってようとしたんだけどなあ。

 だが、しばらくすると入口の方からまた銃声が聞こえた。次のルーキーがレクイエムに到着した報せさ。

 こんとき俺ぁ、なんか腹がたってな。せこいやり方で刑期を稼ぐ入口の待ち伏せ組を斬ることにした。銃声が響いてくる方向に走ってよ。一人づつ斬ってって二十人くらいだったか。なんせ距離が距離なもんだから、流石に逃げられちまった奴もいたが、あらかた斬り終えた俺は殺されたルーキーの顔を見に行くことにした。

 だが、不思議なことにルーキーの死体はなかった。その代わりに入口には美人の女が立っていた。長い黒髪に美しい目。見とれていた俺は話しかけられた。


「凄まじいわね。その……、侍というのは……。銃を相手に刀一本でどうやったら勝てるわけ?」

「なんだぁ? あんたが今入ってきたルーキーか?」

「さっき入ってきた男なら、物凄い速さで駆けていったわ。あの様子なら多分生きのびる側の人間でしょう」

「あんた、今まで隠れてみていたのか?」

「私がここに来たのは丁度そのルーキーが走り去っていく時よ。その……、銃声がやけに響くと思ったらあなたが大暴れしてたってわけ」


 不気味な女だった。美人にはとげがあるもんだ。だがあいつはそんなんじゃねえ。とげというより、毒があると俺は本能的に感じていた。


「ここからじゃ俺が戦ってるとこなんかロクに見てないだろう? どうしてあらかた斬り終えたとわかる?」

「見なくてもわかるのよ。その……、いつもならここに立つだけでライフルで狙われるというのに今はそれがない。さらに言うとあなたのその刀から生臭い血の匂いがするわ」

「ふん。なるほどな。それで? あんたが俺をここに呼んだのか?」

「その通りよ。あなたに一つ依頼をしたくてね」

「わかった。その前に一つ聞きたい事がある。コンツェルトに女を寄越したやつはどこのどいつだ?」

「その彼女に伝言を頼んだのは私よ。キリシマにここまで来てくれってね」

(あのお嬢ちゃん、問題は身分が違うっていうか、性別が同じ事じゃねーか!)


 予想外だった。完全に男だと思っていたからな。俺にはよくわからない世界だ。


「その、あなた彼女に変なことしてないでしょうね?」

「変なことって、あんたが抱かれるように仕向けたんじゃないのか?」

「そんな事するわけないでしょう!? あなたその、彼女を抱いてきたの!?」

(あの嬢ちゃん。自分からこいつの為にあんな事したってのかよ。俺を絶対来させるために……、どれだけこの女を慕ってるんだよ)

「いーやなんでもねぇ。抱いちゃいねーよ」

「その、なんなのあなた? わけのわからない事を言わないでちょうだい」

「ああ、悪かった。悪かったな。俺の勘違いだ。あんたの番だぜ? 要件を話せよ」

「そう、護衛を頼みたいのよ。あなたはその、レクイエム一の用心棒なんでしょう?」

「俺は世界一だ。言っとくが安くねえぞ」

「構わないわ。一体どれくらいの刑期ならその、あなたは動いてくれるのかしら?」

「俺は刑期じゃ動かねえ。依頼を受けるよりもそこらのやつを斬ったほうが稼げるからな。むしろここから出ないよう、無駄遣いをして数字が零になるのを防いでるくらいだ」

「出所したくないなんて変わった人ね。その、では私は何を払ったらいいのかしら?」

「コンツェルトで俺に伝言を伝えた女があんたに話があるそうだ。あんたはそれを聞けばいい」

「あの子が私に? 別に構わないけど……。その、それだけでいいの?」

「ああ、それで十分だ。それじゃ行こうか。一体あんたをどこまで護衛すればいい?」

「待ちなさい。護衛して欲しいのは私じゃないわ。その、これから数日中にそこから出てくるルーキーを護衛してもらいたいのよ」

「なるほどな。だからここで待ち伏せてていたのか。それで? どんな奴なんだ?」

「わからないわ。あの子が小さい時にその、離れてしまったから……。ただ一つ言えるのは、レクイエムに似つかわしくない年齢の女の子よ。珍しいからすぐわかるでしょう?」

「おいおい待てよ。もしかしてその娘、あんたみたいに黒い髪の女の子か!?」

「その、あなた、何で知ってるのよ!?」

「ついさっきだ。扉から出てきた。俺は抱きかかえてビル群へと送ったんだ!」

「そんな……、まさか、早すぎるわ! その、あの子は無事なの!?」


 ずっと高飛車に構えていた女だったが、それが予定外の事態だったのか、かなり焦っていた。

 俺たちはキャリーちゃんを寝かせた廃ビルに戻ったが、そこにはもう誰もいなかった。


「そんな……、さっきまでここで寝てたんだ!」

「あなた、あの娘の顔を見たんだったら探せるわよね。その、必ず見つけ出して彼女の刑期が満了するまで護衛してちょうだい」

「なっ! 刑期満了って……」

「何年護衛するかなんて聞かれなかったし、それにあなた依頼は受けたわよね。最も、私も彼女の刑期が何年あるかまでは私は知らないんだけど」

「チッ! まあいい……、武士は一度交わした誓いは破らねえ……。きっちり探し出して護衛してやるよ」

「良かったわ。どうやら噂通りの男みたいね。……それじゃあ私はもう行くわ。その、どちらにせよ私には彼女に合わす顔なんか……無いものね」


 あいつは俺に背を向けてその場を去ろうとした。だが俺にはどうしても聞いておきたいことがあったから呼び止めた。


「待て。最後に聞かせろよ。あんたとあの子はどうゆう関係なんだ?」

「私の名ははシシー。その、彼女の生みの親よ」

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