第3話 オラトリオ一の情報屋、マーリー
時は少し遡る。
オラトリオの路地をポールに案内され、キャリーは黒人が描かれている、大きな看板が目立つ店に到着していた。ネオンで照らされた看板は街の景観とまるで合っていない。かなり悪目立ちをしている。悪趣味と言ってもいい。
「さあキャリー。ここが俺っちの店、情報屋『マーリー』さぁ! いかすだろぉ?」
「あの、えっと、ポールさんも受刑者なんですよねぇ?」
「あーん? 受刑者が店を開いちゃダメだってのかい?」
「いえ、そうじゃないんですけど。あの看板……」
困惑するキャリーは看板を指さすが、ポールは構いなく嬉しそうだ。
「あれは俺っちがモデルさぁ! まぁ、ついて来いよ!」
ポールは自慢の店の中へと入り、不安感はあるものの、行き場のないキャリーもその後を追って店に入っていった。
――カランカラン
広い部屋に並べられたいくつかの机と椅子。奥にはカウンターも見える。
中央には金髪の巻き髪を揺らす、グラマラスなバニーガールが立っていた。二人が店に入ってきたことに気付き、木製の床にカツカツとヒールを当てて彼女が近づいてきた。
「もうどこ行ってたのよポール。なんなのその子? 新人?」
「ちょっと散歩さぁリップ。こいつはキャリー、宿を探してるらしいぜぇ?」
「あの、ポールさんのお仕事を手伝えば宿を紹介してくれるって……」
バニーガールはキャリーに近づき、ふうん、と全身を眺めた。そして、挨拶代わりにとキャリーの胸をいきなり鷲掴みにした。
「ひゃっ!!」
「あたしほどじゃないけど……、思ったより胸はあるみたいね。どうやら顔だちも悪くないみたいだし……」
「あのあのああのあのあのあのあの……」
キャリーは真っ赤になり、目をぐるぐる泳がせている。人から胸部を触られたことの無かった彼女は気が動転していた。
そんな事に構わず、キャリーの胸から手を放したバニーガールは自分勝手に自己紹介を始める。
「あたしは『リップ・ヒップホップ』。ポールの助手よ。歓迎するわ。キャリー」
リップはキャリーに手を差し伸べて軽く握手をした。その右手には腕途計が見える。それは彼女が犯罪者ではなく、管理者である事の証明だった。
「あの、よろしくお願いします……」
深々と頭を下げるキャリーにリップは微笑む。
「とりあえず今日はもう遅ぇから、空いてる部屋に案内してやんなぁ」
「こっちよキャリー、ついてきなさい」
リップは振り向き、店の奥に向かい、キャリーも後に続く。
ヒールをカツカツと鳴らし、くびれを左右に振りながら、金髪の巻き髪を揺らす。大きく育った胸部を揺らしながら歩く姿は、未だキャリーでは醸し出せない大人の色気を感じさせる。
「ここがお風呂。着替えくらいは用意してあげるわ」
「あの、一泊いくらするんですか?」
貯金が少ない事に不安なキャリーは尋ねた。せっかく丁寧に案内してくれたところで、持ち合わせが足りない事を危惧したからだ。
「うん? ここは宿屋じゃないのよ? ポールの家なんだからタダに決まってるでしょ」
「でもあの。私、いいんでしょうか……?」
困惑するキャリーにリップは笑いながら答える。
「あぁ、言い方が悪かったわね。宿賃のかわりに、ポールとあたしの仕事を手伝ってもらえれば、それでいいのよ。人手も足りなかったら丁度いいわ」
「そうですか……、それであの、一つ聞きたいんですけど?」
「どうしたのよ? 遠慮せずに言いなさい」
「あの、リップさんは右手に腕途計をしてますけど、管理者の方なんですか?」
リップは小さくため息をつく。きっと、その質問を多くの人にされてきたに違いない。そう思わせるため息だった。
「そうよ。あたしはあなた達と違って受刑者じゃないわ。仕事は仲介人よ」
「で、でも、あの。ポールさんは左手に腕途計をしていましたよね?」
「そう、彼は受刑者。確か世間を騒がせた連続爆破事件の犯人よ。それがどうしたの?」
さも当然の様に答えたリップにキャリーは疑問しか感じなかった。
「あの、でもそれっておかしくないですか? 服役中の受刑者と、刑務所の管理者が一緒に仕事してるって……」
「あなた何にも知らないのね。ここレクイエムでは管理者なくして受刑者は生活できないし、その逆もまた然りなのよ? 仲良くしてれば、自分の死を覚悟してまで私たちに襲いかかるやつなんていないしね」
「あの、私……」
「大丈夫よ。あたしはあなたが受刑者だろうと気にしないわ。そ・れ・よ・り! ここがあなたの部屋よ」
リップが一つの部屋の戸を開ける。
キャリーはその部屋を覗き込んだ。ハーディが借りた部屋よりは狭かったが、ベットが置いてあり窓が付いている。個室な事がわかると、彼女の不安感は少し和らいだ。
「あなた自分では気づいてないかもしれないけど、かなり疲れてるみたいよ。今日はもうゆっくり寝なさい。明日仕事の時間になったら起こしてあげるから」
「あの……、ありがとうございます! それと……、すいません……」
キャリーが部屋に入ると、リップはにっこり微笑み戸を閉めた。
レクイエムに来てから不安で胸一杯だったが、やっと安心できる空間に辿り着いたキャリーは、少しカビくさいベットにぼふっと仰向けになった。すると、ポケットに違和感を感じ、それを取りだす。いつの間にこんなモノを拾ったのかと思いながらも、天井を眺めながら呟く。
「一日でいろんなことがあったな……情報収集の仕事って言ってたけど……」
キャリーは目を閉じた。
「私記者だもん、大丈夫だよね。お母さん」
母親の顔を頭に思い浮かべ、ベットの柔らかさに安心したのか、そのまますぐに眠りについてしまった。
〇
――ドンドンドン
「キャリー、仕事よー。起きなさぁーい」
リップが戸を叩く音でキャリーは目を覚ます。
窓からは陽の光と、屋外を出歩く囚人の声が差し込んでいた。レクイエムで迎える初めての朝。
ベットから身を起こし戸を開けた。
「あの、おはようございます、リップさん」
「わお、すごい寝癖ね。まずお風呂に入りなさい。あなた昨日入ってないでしょう?」
自分の体をクンクンと嗅いだキャリーに向けて「そんなつもりで言ったんじゃないわよ」と笑うリップ。
二人は階段を降り風呂場へと向かう。
「タオルと歯ブラシなんかはこれ使いなさい」
それらを手渡され、リップが風呂場から出ていくのを見届けると、キャリーは服を脱いだ。
風呂場に入り、熱いお湯を出す。久しぶりのシャワーが気持ちいい。歩いたときにかいた汗とともに、疲れと不安も洗い流れるようだった。一時ではあるが、ここが刑務所であることを忘れさせた。
「キャリー! あんたの服ー! 洗濯しとくからー! ここに替え置いてあるから着なさぁーい!」
「はーい! ありがとうございまーす!!」
ひとしきり汗を流して、用意してもらった厚手のタオルで体を拭く。
脱衣所に戻ったキャリーは見た。リップの用意した服を。
「えっ!?」
一瞬固まり顔が引きつったが、全裸で外に出るわけにはいかない。しぶしぶバニーガールに変身し、風呂場を出たところでキャリーはポールに出くわした。
「おおー! キャリー! 似合ってんじゃねーか!!」
「あの、あんまり見ないでください……恥ずかしいです……」
お尻には拳大のふわふわした尻尾。食い込みそうな際どいライン。左右の胸の境目を強調するような黒の締め付け。太ももをぴっちりと覆った網タイツ。およそ服と呼ぶには未完成すぎるその衣装に、キャリーは顔を赤くしてもじもじする。
「俺は知ってたぜぇ~? キャリーにバニーちゃんの適正があることを!」
ポールは手をわしわししながらキャリーの胸を触ろうとした。
すかさず横から飛び出したリップがポールに飛び蹴りを入れる。
「やめんかこのスケベ野郎! いきなり婦女子の胸を揉もうとするな!!」
(あの、私は昨日あなたにいきなり揉みしだかれたんですけど……)
そんなキャリーの心の声が聞こえるはずもない。
「ご飯にしましょキャリー。もうできてるわ」
「お前昨日キャリーの胸もみし――ブッ!!」
ポールが何かを言おうとしていたような気もするが、リップの拳骨がポールの顔面にめり込んだ事で、その事象は無かったことにされる。
キャリーはレクイエムに来て、初めて心から笑ってしまった。
〇
三人は店のテーブルにつき朝食を食べ始める。
机にはサンドイッチ、サラダ、そしてホットコーヒーが三食分用意されていた。ごく普通の、ありふれた朝食風景である。
「いただきます」そう言ってキャリーはサンドイッチに手を付ける。
「んっ!? おいしい……。あの、リップさんってお料理上手ですね!」
丁寧に耳を切り落としたパンに挟まれていたのは、まだ温かさの残るエッグペーストである。丁度良い塩加減がパンの甘みを強調させ、しっとりとした舌触りが喉を乾かせない。熟練の腕が為せる妙技だとキャリーの舌を唸らせたのである。
「そいつぁ違うぜキャリー。こいつぁ俺っちのお手製だぁ」
「こいつ顔のわりに料理上手くてね~。あたしはさっぱりなんだけど」
見た目も味も店が開けるレベルの料理だった。
三人はサンドイッチを片手に語る。
「それで、私は一体なにをしたらいいんですか?」
「昨日も軽く言ったけど、ポールは情報屋なの。レクイエムにいる犯罪者から情報を買い、それを高値で売りさばいて生活してるわ。でも、受刑者間での刑期の譲渡には仲介人が必要ってわけ」
「そこで俺っちはリップを専属で雇って、刑期の受け渡しをしてもらってる。くっそ高い仲介料でなぁ!!」
リップはポールを睨み付けたが、それを察したのかポールはキャリーへと目をそらした。
「簡単に言うと、キャリーには、その仕事の雑用とかをやってもらいたいのよ」
「別に気に入らなきゃあ好きな時に店を出てっていい。結局オラトリオにいたらいつまでも刑期が減らねぇからなぁ。だが俺っちの店で働くうちは、住み込みで面倒見てやるぜぇ?」
「あの、気に入らないなんて、そんなことないです!」
行く当ての無かったキャリーにとっては願ってもない話だった。二つ返事でここで働くことにし、二人もそれを快く受け入れる。ポールは刑期が減らないとは言ったものの、そもそも刑期を減らそうにも、一人で外に出るのはあまりにも危険すぎる。
「それにしてもあんたみたいな娘が受刑者とはねぇ。一体外でなにしたのよ?」
「おい! リップ!」
「あ! ごめんなさい。言いたくなきゃ言わなくてもいいのよ……」
レクイエムでは入所した経緯を聞くのはマナー違反とされ、受刑者達は暗黙のルールを定めていた。なぜならば、そこからおおよその刑期が露呈してしまうのと、好き好んで話したがる奴はいない為、トラブルが起きやすい事を皆知っていたからだ。
「いえ、いいんです。あの。実は……、私は法に触れることはしていません。冤罪でレクイエムに落とされたんです」
「なるほどなぁ。冤罪でレクイエムに送られる人間は珍しくねぇ。そいつぁ気の毒だったな」
「でもこんな若い子がレクイエムに来る事なんて、まずないわ」
リップは不思議そうにキャリーの顔を見る。
キャリーはバツが悪そうな顔をしていた。
「若い女だと、殺人だの強盗だのの疑いがかかりにくいからなぁ。確かに、言われてみればそうかもしれねぇ」
「冤罪と言うかあの。確証は在りませんが……、恐らく嵌められて……」
「キャリー! あなた! 嵌められてって言うのは政府にって事!?」
「私は仕事でレクイエムについて調べていました。えっとあの、多分、それで……」
リップの質問にキャリーの目は泳ぐばかり。
「やっちまったなキャリー。このレクイエムは政府にとって、触れられたくないことがいくらでも出てくるブラックボックスだぜぇ? そういえば、十年位前にもそれで落とされた女がいたなぁ……」
キャリーはハッとして立ち上がった。
座っていた椅子がバタンと倒れ、突然の出来事に二人は動揺を隠せなかった。
「ちょっと! いきなりどうしたのよ!?」
「あの! ポールさん、その人のこと教えてください!」
「え? ま、まぁほとんど知らねーがなぁ。けどあいつに会ったのは俺が入所したてだったからよく覚えてるぜぇ? 当時女はほとんどいなかったからなぁ。年は三十くらいで……、名前は知らねえなぁ。俺っちはこのオラトリオでそいつを見かけて――」
「ナンパしたのね」
リップの推測にポールは正解っと言わんばかりに親指をたてた。
「結局ふられちまったが少し話してよぉ、確かレクイエムに近づきすぎたって言ってたぜぇ?」
「あの、その人は今もこの街にいるんですか!?」
「どうだかなぁ。その女に会ったのはその一回きりだし、俺っちも情報屋とはいえ全てを知ってるわけじゃねぇ」
「あの。そうですか……」
キャリーは残念そうに倒れていた椅子を起こし再度座った。
「キャリー、あなたその女と知り合いなの?」
「えっと……。……多分私の母です。あの、確証はありませんが、母も私と同じようにレクイエムに十年ほど前に入れられてますから……」
「悪いなキャリー。俺っちはそれ以上のことは知らねぇ。その情報が入ったらお前に格安で――」
リップはキッとポールを睨み付ける。
するとポールは言い直した。
「お前に無料で譲るとして――」
ポールは飲みかけのコーヒーをグイッと飲みきり、腕途刑をポンポン叩く。
「そろそろ開店時間だぜぇ?」
「そうね。今その話をしてても進展しそうにないわ。キャリー、食器を下げてちょうだい」
続くようにリップも残りのコーヒーを一気にすすって席を立った。
ポールは店の入り口から見て正面にある、カウンターの奥の席に腰かけ、置いてあった新聞を読み始めた。
キャリーは食器を洗い場で洗い、それから店内に戻ってきては椅子に腰かけるリップに話しかける。
「とーりあえず。客がくるまでやることないわね」
「おいおいリップ。それまでに店の決まりを叩きこんでくれないと困るぜぇ? うちだって接客業なんだからよぉ」
ポールは新聞を読みながらリップにそう言った。不真面目な態度で力はいつも抜けているが、それでも彼は経営者なのである。
「わかったわよ。キャリー。まずはお客さんが入ったら元気に明るく挨拶よ。ちょっとやってみなさい」
リップに促され、キャリーはだれもいない店の入り口に向けて発声した。
「いらっしゃいませー!」
「弱い」
「弱いわね」
さっそくポールとリップからダメ出しが入る。
「あの、えっと……。今のダメでした?」
「俺っちの店はオラトリオ一の情報屋だぜぇ? インパクトが足りねぇよ」
「もっと笑顔でやってみなさいな。作り笑いでいいから」
キャリーはありったけの笑顔を作り、だれもいない店の入り口に発声した。
「いらっしゃいませー!!」
「弱い」
「弱いわね」
「あの、何がダメなんでしょう?」
指示通りにしても入るダメ出しに、キャリーは早くもどうしたらいいかわからない。接客業の洗礼を痛感するばかりである。
「せっかくバニーガールの衣装を着ているのだから、もっと胸を強調すべきよ。あなた、あたしほどではないにしても胸が無いわけではないんだし」
「もう少し客との距離を詰めてみたらいいんじゃねぇかぁ? なんだか固っ苦しいんだよぉ」
キャリーはありったけの笑顔を作り、胸の谷間を強調するポーズで、親近感を出しながら、だれもいない店の入り口に向けて発声した。
「いらっしゃーい!!」
「弱い」
「弱いわね」
キャリーは泣きそうな顔をし、震える声で教えをこうた。
「今度は……、なにがダメでしたか……?」
「明るく、元気にとは言ったけど、キャリーの場合は天真爛漫な可愛らしさを押した方が受けるわ」
「年下の子に旦那様と呼ばせたい中年男性のツボを攻めてみろよぉ。その方がきっと受けるぜぇ?」
店のドアがカランカランと開いた。
「今日一人目のお客さんだぜぇ!」
「今までのつらい練習の成果を出す時が来たのよキャリー!」
キャリーはありったけの笑顔を作り、胸の谷間を強調するポーズで、親近感を出し、顔が赤面するくらいはずかしい声色を使って、上目遣いで、理想の妹像を演じつつ店に入ってきた男に向かって発声した。
「旦那様ー!! いらっしゃーい!!」
キャリーも、その男も、世界ですらも、一瞬固まってしまった。
時を溶かしたのは入ってきた客である。
「てめぇ。なにしてやがる……?」
〇
マーリーに入ってきたハーディの姿を見ると、リップの顔は引きつり、ポールはと言うと、いきなり立ち上がって揉み手をしだした。なるほど長年接客業をしてきただけはある。しかしその笑顔は、新米のキャリーから見ても不自然に見えた。作り笑いこそしているが、冷や汗を隠せない。
ハーディが入った瞬間、明らかに店の空気が変わったのだ。
「これはこれはハーディの旦那ぁ。今日はどんなご用件で?」
リップはハーディの左腕を見る。袖で隠してはいるが間違いない、あれは腕途刑だった。
「あんた! まさか……!」
ハーディはリップに目もくれず、カウンターまで歩み寄った。カウンターにバン! と手をつき、舐めあげるようにポールに質問する。
「安心しなポール。今日は情報を買いに来ただけだ。『ドン・ドドンパ』は今どこにいる?」
「ド、ドンの居場所ねぇ……、ちょっ、と俺っちにはわかりかねますなぁ」
その答えに明らかに不快感を示したハーディは胸倉を掴み怒鳴った。
「嘘つくんじゃねぇ! そこの女がこの辺りでキリシマを見つけてる! あいつがこの辺りをうろつくのはエモノの手入れの時だけだ」
「へぇー……。あのキリシマがこの辺に! まいったなぁ。こりゃあしばらくは外は出れねーなぁ!」
「なあポール。ドンがこの街にいるとしたらてめぇが知らないわけがねぇだろう?」
「……だって、ハーディの旦那ぁ。あんた、相棒取り戻したら絶対この街で暴れるじゃねぇっすかぁ。もう勘弁してくだせぇよぉ……」
ハーディはため息をつき、ポールの胸元から手を離した。すると袖をめくり、自身の左腕を出し腕途刑を見せる。
「どうだ。これなら少しは安心か?」
「旦那っ! これは……!? ……なぁんだ! そう……、そうゆうことなら早く言ってくださいよぉ!!」
ポールは何かに納得したのか、あるいは脅威が去った事に安堵したのか、まるで人が変わったかのように、具体的に言えば厄介事が親身な友人に変わったかのようにハーディへの態度を改めて見せた。
「俺っちがドンを見かけたのは今から三日前でさぁ。あのじいさんの足だ。多分まだこのオラトリオの中にいますぜぇ?」
「そうか。そいつぁ丁度よかったぜ。ポール、いくらだ?」
ハーディはポールに向けて左腕を差し出した。
「いえいえ、旦那からは刑期は取りませんよぉ。俺っちもまだ店を潰したくないもんで……」
「ハーディ、あなた! その腕途刑――」
――ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!――
リップがハーディに話しかけた刹那、突然店の外から大音量の電子音が聞こえてくる。いつかハーディの腕途刑からも聞いたことがある音色であった。
「うっわ、やべえ! おいお前ら! 店の奥に隠れろぉ!」
ポールとリップはその電子音を聞くと、マーリーの奥へと走っていく。
「チッ! あのじじいか! 少しは後先考えやがれ!」
ハーディには音の出所に心当たりがあったようだ。すぐに店の外に向かって走り去っていってしまった。
けたたましく鳴り響く電子音のせいか。止めるリップの声も耳に入らなかったキャリーは、ついハーディの後を追って店を出てしまった。
〇
店の前の広場では、昨日のランバダ兄弟と、背の曲がった一人の老人が怒鳴りあっていた。その近くには、老人が持っていたと推測される細い杖と、黒いカバンが落ちており、ゲルノの頭からは血が滴っていた。
「おめぇなにしやがる、くそじじい!」
「いきなり杖でなぐりやがって! このくそじじい!」
「だまれ小童ども! わしのような老人にぶつかっておいて謝罪の一つもないとは何たる狼藉か!!」
話を聞くと、どうやら老人がランバダ兄弟に不満を抱き唐突に殴り掛かったらしい。
「おめぇの腕途刑から警告音が鳴ったってことは……、おめぇの刑期の方が長かったってことだよなぁ!?」
「すぐ刑殺官がきて、てめえは殺されるんだよォォォォ!!」
「そんなの関係ないわ! 小童の性根を叩き直してやろうとしてるわしが、人に恥じることなどなにもない!!」
老人の腕途刑から流れるこの警告音は、まもなく刑殺官が訪れ処罰をするという合図である。戦闘禁止区域での自分より短い刑期の者への暴力行為。言わばこの警告音は、禁忌を犯した受刑者へ向けて最後の、死刑へのカウントダウンである。
突如、言い争いを起こしていた三人の目の前。一軒の屋根から目にも止まらぬ速さで、獲物を捕獲する鷹のように、黒い影が老人に向かって飛び降りてきた。刹那の光景はまるで天から降り降ろされるギロチンを連想させる。一瞬の出来事だった。黒い影から細剣が突き出て、頭上から老人を目掛け捉えた。
――ガキィイイン!
耳をつんざくような金属音がオラトリオに響く。
周囲の住民も、傍で見ていたキャリーも、店の奥に隠れたポールとリップでさえも、思わず耳を塞いだ。
影の突き出した細剣は老人を貫いたかのように見えた。しかしそれは叶わなかった。
その寸前に、老人を覆う様に、ハーディが落ちていた黒い鞄で細剣を止めていたからだ。
影の正体は女だった。やがて重力に沿う様に、軽装の西洋甲冑に身を包んだ女が地に降り立つと、後を追うように白銀の美しすぎる直髪がふわりと舞い、地と垂直になる。手に持った細剣を、今だハーディの持つ鞄に突き刺したまま、女刑殺官は不意を突かれたようにニヤリと笑った。
「あれぇ? はーでぃはんやないの。おひさしぶりですなぁ?」
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