第28話 大和民族






「北からトロールキングが率いるおよそ2000匹の軍団が現れたぞ! トロール30体の護衛付きだ! オーガとオークはキング無し! 数が多いだけだ蹴散らせ! 」


《 に、にせん…… 》


《 な、なんだあの巨体は……あれがトロール…… 》


《 無理だ……トロールはBランクというじゃないか……それが30体も…… 》


《 オーガキング一匹にだって総力戦なのに……それが30体…… 》


《 俺たちなんか轢き殺されて終わりだろ…… 》




『主様、他国軍が撤退していきます』


『……ダーリンこっちもよ』


『……光希、こちらもボスの軍団が見えた途端に退きました』


『こっちの米欧英軍も動きを止めたわ』


『お屋形様。中露は距離を置いて静観するようです』


『こちらのインドとアラブ勢らしき集団も撤退しています』


『そうか、皆は一旦戻ってきてくれ。こっちでリムたちと負傷者の回収と援護を頼む』


『『『はい! 』』』


『『はっ! 』』


凛と夏海の様子がおかしかったな。敵軍は数が多いからな。手加減なんてする余裕は無かったんだろう。今夜は慰めてやらないとな。

しかし他国軍はチキンだな。それともトンビに油揚げでも狙ってんのか? だとしたら甘く見られたもんだな。

それよりも連隊の隊員たちだ。もうボス軍団は目前だってのに、陣形は乱れてるわ腰が引けてるわでまだまだ覚悟が足らないようだ。いったいこの世界の日本人はいつまで羊の皮を被ってるつもりだ?


「中隊長どうした! 陣形が乱れてるぞ! トロールなんてデカいオークみたいなもんだ! 先制して足を狙えば大した相手じゃない」


「……うっ……は、ハッ! し、しかし数が……どうすれば……このままでは隊員が全滅……」


《 全滅…… 》


《 ど、どうすれば…… 》


おいおい、指揮官がなに絶望してんだよ。あ〜あ、指揮官の怯えが伝播しちゃったよ。コイツは黒鉄の武器没収だな。あ〜めんどくせ〜


『シルフィ、声を皆に届けてくれ。蘭は連隊へ結界を張り続けてくれ』


『はい! 紋章『天使の護り』 』


『何か考えがあるのね? わかったわ。シルフお願い! 』


俺は飛翔の魔法で怯える連隊員たちの上空に飛び声を掛けた。


「おいおい、お前らいつまで羊の皮を被ってんだ? 」



「俺たち日本人は過去何千年も同族同士で殺し合いをしてきた戦闘民族だってのを忘れたのか? 親兄弟とですら殺し合い、猫の額ほどの狭い土地を奪い合ってきた民族。それが俺たち大和民族だ。何千年も戦い続け、栄えては滅ぶを繰り返してきたんだ。先祖代々農民でしたなんてやつがいるわけがない。お前らの血には武士の血が流れてんだよ。戦うことが大好きな大和国の武士の血がな」



「第二次大戦に負け米国に占領され憲法まで押し付けられ、俺たち大和民族は徹底的に牙を抜かれた。そして20年前の第三次大戦では米国の同盟国だからと朝鮮半島の戦争に巻き込まれた。そこに日本人の戦うだの戦わないだのという意志は関係無かった。さらに当時の自衛隊は憲法にがんじがらめでまともに戦えず、ひたすら米国の後方支援だ。そんな時でも戦争なんて対岸の火事だと牙を抜かれた国民は偽りの平和を享受していた。その結果なにが起こった? 九州を核で焼かれ神を怒らせ世界が崩壊したんだ。さらに方舟攻略でも米国の下につきいいように使われ、同じ命を懸けて戦ったにも関わらず攻略したフィールドで得られる食糧や資源の配当を削られる始末だ。お前ら悔しくないのか? いつから誇りある大和民族は外国の奴隷になったんだ? 」



「もう一度言おう。思い出せ!お前らの身体に流れているその血は、何千年も戦い続けてきた戦闘民族の血だということを! その胸に刻め! 与えられた戦い、与えられた平和などになんの意味もないことを! 剣を構えろ! 大和の国の未来は大和武士が切り開け! 未来に繋がる敵は目の前だ! 倒して新たな土地を手に入れろ! 戦え! そして」



『 覚醒せよ! 』



「「「「「 う……うおおおおおおおお!!! 」」」」」



《 やってやる! もう他国のいいなりになるのは嫌だ! 》


《 俺もだ! この国の未来は大和民族の手で切り開く! 》


《 爺さんに教えられた大和魂を忘れてたよ。俺たち大和民族は強い! たかが二千匹の魔物如きに負けるはずがない! 》


《 そうだ! もう大国の陰に隠れて戦うなんて嫌だ! 俺たちの国は俺たちで守る! 》


《 熱いわ……私の中にも武士の熱い血が流れてるのを感じるわ! 奴らを殺せとこの血が叫んでるわ! 》


《 ぐっ……や、やめろ! 封印していた血が……抑えきれない……こ、これが覚醒の条件だったのか…… 》


《 なんだこの胸の奥から湧き上がる熱い血は……そうか、これは俺の眠っていた力が目覚めているのか 》


な、なんという単純さ……一部見ていて俺の胸が苦しくなるようなことを言うやつがいるが、さっきまでの怯えは取れたみたいだ。最悪イカリ茸の粉を上空から撒いて興奮状態にしようかと思ったが、どうやら必要無いみたいだな。しかしコイツらサキュバスのいいカモになりそうなほど単純だな。心配になってきたよ。


おっと、それどころじゃ無かった。トロールキング率いるボス軍団は蘭が結界を何度も張り直しているが、もう残り100mくらいのところまで近付いてきている。少し間引くか……


「各中隊長! 俺が先制攻撃を行う! 後に続け! 」


「「「了解! 」」」


「聞け! 俺が半分間引いてやる! 俺が攻撃をしたら経験値を受け取りに戦線を押し上げろ! 」


「「「了解! 」」」


「教官! 俺たちの獲物残しておいてくださいよ!」


「ボスは残しておいてください! 俺の獲物ですので!」


「残念でした〜私の炎槍で串刺しにするからあんたの出番はないわ 」


「なに言ってんのよ! 私の弓で脳を貫通させてみせるわ!」


「なんだお前ら、さっきまで怯えていたくせに急に元気になりやがって。調子のいい奴らだ……いいかよく見てろ! これが大和民族の力だ! 『大津波』『轟雷』 『氷結世界』 」


俺は粋がる隊員たちに呆れつつも、魔物の群れの前列から中列を狙い立て続けに魔法を放った。

俺が放った大津波はオークとオーガの群れの側面からその大部分を押し流し、続けて轟音と共に轟雷が降り注ぎそのことごとくを焼き尽くし塵とした。そして更に後方にいたトロールキングとトロールに向けて氷結世界を放ちその膝までを凍らせた。


トロールたちは急に足を凍らされ身動きが取れず、必死に手に持つ棍棒で足元の氷を砕こうとするが自分の足までを砕いてしまいバランスを崩し周囲のオーガを巻き込み倒れ伏した。トロールキングだけはオークウィザードの火魔法で凍った足を溶かしていた。



「道は開いた! 行けっ! 大和の武士たちよ! 」


「「「お、おおおおおお! 」」」


「第一中隊! 戦線を押し上げる! 全軍前進せよ! 経験値をもらうぞ! 」


「第二中隊も続け! 」


「第三中隊は側面に展開し警戒しつつ前進! 」


「魔法中隊は第二中隊に続け! 」


「「「了解! 」」」


連隊は俺の魔法によってぽっかりと空いた敵中央へ向け早足で前進して行き、そこで前衛を倒れているトロールへと突っ込ませた。トロールの周囲にいるオーガへは魔法隊と弓隊の斉射が襲い掛かり、剣士と槍部隊は次々とトロールの首を斬り突き刺していった。トロールキングは未だ動けず、トロールが消滅していくのを怒りに震えた顔でただ眺めていた。

しかしそのタイミングでボスの両翼に展開していたおよそ800のオークとオーガが、トロールを仕留めるために飛び出した形になっている剣士と槍部隊に襲い掛かった。魔法隊と弓隊により200ほどのオークとオーガが速度を落としたり倒れたりしたが、剣士と槍部隊は600の魔物に挟まれることになってしまった。


「ったく、欲張り過ぎだ! 周りをもっとよく見ろ! 中隊長! 指示が遅いぞ! 剣士たちを下がらせろ!」


「ハッ! 申し訳ありません! 剣士隊と槍隊は下がれ! 」


「援護する! 『プレッシャー』 」


俺はプレッシャーを放ち剣士たちを挟撃しようとするオークとオーガを押さえつけた。しかしその時、探知に動きがあった。

チッ……他国軍が一斉に反転してきやがった。ボスを倒せると見込んだか、現金なもんだな。

もうちょっと戦わせたかったが時間切れだな。


『蘭!凛! 夏海! シルフィ! セルシア! それに以蔵とリムたち! 他国軍が反転して向かってきている!

ボスを残して殲滅しろ! 』


『『『はい! 』』』


『ハッ! 光魔王軍突撃せよ! 』


『はっ! 光魔忍軍突撃! リム殿に遅れをとるな! 』


「連隊はボスだけを狙え! 援護する! 『ヘイスト』 『スロー』 お膳立てはしてやったぞ! 討ち取ってみろ! 」


「こ、これは……ハッ! これより第一中隊が吶喊する! 第一中隊突撃! 」


「第二中隊も続け! オイシイところを一中に取られるな! 」


「第三中隊は一中と二中の側面に展開! 他の魔物に邪魔をさせるな! 」


「魔法隊及び弓隊は援護を! ボスの頭を狙え! 」


俺は前衛全員にヘイストを掛け、トロールキングにスローを掛けた。金棒を振り回し牽制していたトロールキングの動きはみるからに遅くなり、そこに魔法隊と弓隊の攻撃がトロールキングの顔面に次々と被弾した。トロールキングは堪らず金棒を顔の前に上げ断続的に降り注ぐ魔法と矢を防いだ。

トロールキングが防御態勢になったところで、ヘイストが掛かり動きが素早くなった前衛部隊が全方向から殺到しトロールキングの足を徹底的に斬りつけ突き刺していった。


『グォォォォォ! 』


体高が8mはあるトロールキングだが、アキレス腱やふくらはぎを斬られ立っていられなくなり、片膝をつき金棒を地面に突き刺し倒れないように身体を支えていた。

そのトロールキングの周辺は凛と蘭の魔法で派手に燃え上がっていた。

ちょっと撃ち過ぎじゃね? 火の海みたいになってるぞ? リムたちが空から突撃できなくてオロオロしてるぞ? おいおい、以蔵に静音に紫音と桜はなんであの火の中を走り回れてるんだ? 新しい忍術かなにかか? あ、消えた。なるほどね、火の影を利用して影に入ったり出たりして移動してんのか。あぶねーなー。


「おっ!やっぱり二中の飛田大尉が行くのか。アイツは生粋のアタッカーだよな」


俺が以蔵一家の動きにヒヤヒヤしていると、膝をついたトロールキングの膝に飛び乗った者が目に入った。

それは第二中隊長の飛田大尉だった。彼は白狼を単独で仕留めたりもしていたが、どうも突っ込み癖がある。きっと前衛にすると危なっかしいから中隊長やらされてんだろうな。でも強力な敵を相手にする時はそういう奴も必要だ。


『グァァァァァ! 』


飛田大尉はトロールキングの膝から飛び上がり見事その首を深く切り裂くことに成功した。が、黒鉄の剣に魔力を相当込めたんだろう。斬った後に魔力切れを起こして着地に失敗してしまい、足があさっての方向を向いていた。そこに怒り狂ったトロールキングの金棒が襲い掛かった。


「アイツも魔力操作の練習させないとダメだな。全部使う馬鹿がどこにいるんだよ。ったく! 『プレッシャー』 」


俺は金棒を振り上げるトロールキングに強めのプレッシャーを放ちその動きを止め、さらに魔力を込めてトロールキングを地面に縫い付けた。


「トドメを刺せ! 」


「「「うおおおおおお! 」」」


「討ち取ったぞーーー! 」


「俺の槍が致命傷になったな! 」


「俺の剣だろ! 」


「おいっ! 消えるぞ! 鍵を確保しろ! 」


ふう……やっと倒したか。まだまだだな。今回の経験を生かしてもっと強くなってもらわなきゃな。


『蘭! 以蔵!静音! グリフォンに乗ってトロールキングがいた場所に行け! 』


『はい! 』


『『 はっ! 』』


さて、まともに動けそうなやつは……


「三中隊浜中大尉! 鍵を持って以蔵が操るグリフォンに乗れ! 神殿で管理者登録をしてこい! 門は東京ドームにある門に繋げろ! 条件は日本人の遺伝子を持つ者と異世界人だ! 他国軍が来るぞ! 急げ! 」


「じ、自分がですか!? あ、ハッ! 鍵を持ち神殿へ向かいます! 」


《 おおー! 日本から中世界フィールドの管理者が誕生するぞ! 》


《 浜中大尉……頼んだ……痛てててて 》


《 飛田大尉! 動かないでください! まずは足を真っ直ぐにしないと! 》


「他国軍はグリフォンを追うと思うが念のため防衛態勢を取れ! 向かってくる奴らは敵だ! 米軍でもインド軍でも容赦するな! 」


「「「りょ、了解! 」」」


この辺はハンターとは違ってさすが軍人だな。多少抵抗はあるだろうが何を優先すべきかわかっている。


俺は鍵を持ち以蔵の乗るグーリーに乗り込み飛び立つ浜中大尉を見送り、こちらに向かって来ていた他国軍を注視した。するとトラックらしきものを囲んでこちらへ向かってきていた他国軍は、全力で北へ向かったグリフォンを追いかけていっていた。

まあ馬鹿でかいボスが消えたあとにグリフォンが神殿が現れる場所に向かったら、そりゃ鍵を持っていると思うよな。しかしマッハで飛ぶグリフォンに追いつけると思うのかね? 神殿が現れる場所の前に布陣している部隊が足止めできると思っているんだろうか?

まあ精々頑張ってくれ。しかしボスを倒さずその成果を奪い取ろうなんてロクでもねえ奴らだよな。




そしてそれから1時間後。神殿の前に布陣していた部隊の反応が全て消えた後に、二つ目の中世界草原フィールドは開放された。

開放されたと同時に防御陣形を取っていた俺たち全員が、資源フィールドにある攻略フィールドに繋がる門の前にいた。


「おお〜神殿の外にいる者はこういう風に追い出されるのか〜。ん? 蘭に以蔵は神殿の中に入らなかったのか? 」


「はい、蘭は外で逃げる黒人の人を追い掛けてました」


「はっ! 私たちも残党狩りをしておりました」


「ボスを倒さず鍵を持つ者を襲おうなどと盗賊と同じですから」


「一人残らず仕留めました」


「……ああいうのは好きじゃない」


「そうだな。二度と待ち伏せなんかしようと思わないように徹底的にやるべきだな」


ボスを倒した者から奪えると思ったのかね?確かに1000くらいはいたけど普通グリフォンを見たら逃げると思うんだけどな。相当追い詰められてんのかね。

しかし浜中大尉だけ神殿にいるのか。戻ったら迎えに行ってやるか。


「よしっ!これで訓練は終わりだ! Aランクになれた者はいなかったがそれに近いランクにはなっているな。Cランクだった者は全員Bランクになってる。よく頑張ったな! 」


「「「 ご指導ありがとうございました教官殿! 」」」


《 お、俺がBランク……途中で確認した時は体力だけBランクだったのにその他も上がったのか…… 》


《 今回の訓練で魔力がすごく上がった実感があるわ……これがBランクの力…… 》


《 訓練? これ攻略戦よね? 》


《 教官たちがいなかったら不可能だったさ、俺たちじゃまだまだだ 》


《 うっ……ううっ……何度死にたいと思ったか……よかった……生きててよかった…… 》


《 帰れる……やっと帰れる…… 》


「ん? なんだ?すぐ帰りたいのか? これから浜中大尉を迎えに行って、そのあと東京ドームで豪華食べ放題飲み放題の打ち上げパーティーやろうと思ってたんだけど疲れてるなら仕方ないな。また機会があればそのうちきっと多分やることにするか」


そうだよな。連日激戦だったもんな。テントも出して風呂にも入れてやろうと思ったけど早く帰りたいなら仕方ないな。とっとと解放してやるか。


「「「ぱ、パーティ!? 」」」


「ん? ああ、俺の世界から大量に酒も持ってきているしな。訓練中は出さなかったけど訓練が終わったし放出しようと思ってたんだ。けどまあまた今度な」


「「「やります! パーティ行きます! 」」」


「え? でも疲れてるだろ? 」


「「「まったく疲れてません! 」」」


「そ、そうか……それじゃあやるか」


「「「うおおおおお! 」」」


《 やった! お酒飲んでみたかったんだ! 》


《 すげー! 偉い人しか手に入らないって酒を飲める! 》


《俺は戦前に未成年だったが甘酒を飲んだことしかないんだよ。楽しみだ! 》


《 お、お酒って飲むと男の人にキスしたくなる副作用があるのよね? お母さんが言ってたわ 》


《 ええ!? 私は脱ぎたくなるって聞いたわよ? 》


《 私のお父さんは延々と仕事の愚痴を言いたくなるって言ってたわ 》


なんだ、そんなに疲れてなかったのか。これなら最後に他国軍と戦わせてもよかったかな?

それにしてもお前らの親が飲むとどうなるとか聞きたくないから。うちの恋人たちも飲みすぎると大変だしな。



こうして俺の初の軍を相手にした訓練は、中世界草原フィールドの攻略という副産物とともに無事終了したのだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る