print 'HelloWorld!! これより愚かな人類を支配します'
@unkman
二層
第1話 急な依頼につき丸腰
空調の調子がおかしいとの連絡を受けて都市外郭に足を運んだマリオは、記憶を頼りにアクセス可能なポイントを手探りで探していた。
都市の自己修復機能は住民にとって生命線ではあるが、同時に厄介な代物でもあった。いくつかある欠点のうちで最たるものは、修復の過程で構造が変わってしまうというものだ。
おかげでかれこれ一時間はうろついているというのに、目的の端末は影も形も見当たらなかった。
苛立ちのあまり、床に転がっていたボルトを蹴り飛ばした。柱だか壁だかに当たって金属音が小部屋内に反響。跳ね返ってきて戻ってきたボルトが自分の横っ面にヒット。
「あー、クソが」
マリオは傾いた薄っぺらいドアを力いっぱい蹴り開ける。
初めは制御室に直行するつもりでいたが、プログラムに修正が入ったのかAIの巡回路が前と変わっており、入り口が多数の警備用のドローンによって塞がれていた。
自己修復は、ハードウェアだけでなくソフトウェアにも及ぶ。この都市のAIは、自分自身を改修してしまう。
うまく動いたパターンと、そうでなかったパターン──担当エリアで不祥事が起きた、あるいは破壊された等──を判断して、失敗した回数が何かしらの規定数に達すると、優秀な結果を残した方へと切り替わっていく。いっせいにではなく、少しずつ。コードを自分で書き換えて、コンパイルし直す。
つまり、変化に適応する。進化とすら言えるかもしれない。
追い立てられる側からすればうんざりするばかりだが、その考えるだけで気の遠くなりそうなアルゴリズムの積み木を組み上げたプログラマーの執念にだけは脱帽せざるを得ない。
無数の垂れ下がったケーブルを押しのける。積もっていた埃が閉鎖された空間内を舞って視界を塞いだ。ゴーグルとマスク越しでも目と喉が痒くなってくる光景だった。
足元をライトで照らして奥へ。進むにつれ、昨晩観た秘境調査のドキュメンタリー映像が脳裏に浮かび上がってくる。こんな金属とコンクリートに囲まれた場所ではなく、いつかはあんな緑あふれる自然の中へ飛び込んでみたいものだ。まだ地上にジャングルが残っているのなら。
更に数分経過し、いい加減引き返そうかという気分になり始めたころだった。45度ほど斜めに傾いた状態で柱に引っ付いた金属の箱が見つかった。
胸をなでおろす。錆びついて動かないハンドルをハンマーで叩いて無理やり回し、全体重を後ろにかけて蓋をこじ開けた。
むき出しになった基盤の隅にあるジャックにケーブルを差し込んで自分のタブレットPCと繋ぎ、都市のインフラ制御用に組み上げたアプリケーションを立ち上げて空調のメニューからステータスを確認する。
しっかりとエラーが出ている。ネットワーク機器の状態も確認してみたが、こちらはグリーンだった。恐らくこれは間違いない。ネットワークに問題が出ていれば、近隣住民の苦情程度では済まない。
この階層の管理局で問題になっていないのは、意図的にエラーが握りつぶされているから。
「あー、つまり……」
おおかた自分の責任問題になるとでも思ったどこかの馬鹿な役人の仕業に違いない。大まかな状況を把握したマリオは、エラーの内容と発生個所を確認した。
アラートが発生しているのは内部を循環する薄汚れた空気、それと都市の外から取り込まれる更に濁った空気の濾過処理を行う装置のひとつだった。
現在地から該当区画まではそう離れてはいなかった。ここまで来たついでに行って様子を見てくるくらいは構わないだろうと考え、タブレットをホルダーに収めて立ち上がった。
尻についた埃を払い、部屋を出てCD-9-0024へと向かう。
上下左右、全面まだら模様の通路が曲がりくねってどこまでも続いている。
都市の竣工時から存在するインフラ施設はどこもそうだが、老朽化による破損と自己修復による応急処置の繰り返しにより、壁や床は色も強度も異なる鋼材が繋ぎ合わされて出来ている。
そのせいで色彩にまったく統一感がない。
しかも大抵は溶接で継ぎ接ぎしてあるため接合部の強度に不安が残り、ときおり踏みしめた床材がガタつくのが心臓に悪かった。二度ほど、下階に落ちて骨折したことがあった。
おまけに、自分の足音すら聞こえないほどうるさい。あらゆる場所から聞こえてくる機械の駆動音。その振動で金属板が揺れる音。空調特有のファンの回る音。
曲がり角を左折しCD-9のエリアへ。番号順に並ぶ部屋のドア上部のプレートを眺めながら歩く。22。23。24。カードリーダータイプの電子錠に、偽造したマスターキーを通して部屋へ入る。
部屋は二重構造になっており、手前側が操作室になっていた。制御用のコンソールと、装置のある部屋まで繋がるドアが見える。濾過装置の配置部屋との仕切りは強化ガラスで、足を踏み入れずとも機器の状態が見えるようになっていた。
おかげで、何が原因で変調をきたしたかについて、一目で分かった。
エアフィルターが黒ずんで煤の塊のようになっていた。試しにコンソールからON、OFFを繰り返してみたが、内部で何かが動いたような音がしただけで、空気が流れたようには見えなかった。一旦取り外してからの掃除か、交換が必要になるだろう。つまり、最早この場でどうこうできる問題ではない。
発電所。変電所。下水。最近はどこもガタが来ている。増殖するガードを排除しながらのメンテナンスは繰り返されているが、下層は情報が制限されていることもあり各施設の核心部分に関する技術は失われて久しく、応急処置を施しながら騙し騙し使っているというのが現状だ。
念のためにバックドアを機器に仕込んで部屋を出た。もと来た道を戻る。CD-9からCD-8へ。
曲がり角を右折した矢先。
目と鼻の先に、ちょうど顔と同じ高さを浮遊するドローンがいた。
巡回中のガード────備え付けの銃座がマリオに対して照準を合わせる。
反射的にハンドガンに伸ばした手が空を切った。腰のホルスターが今日に限って空であることを思い出す。不調で先日メンテナンスに出したばかり。
慌てて引き返す。一瞬遅れて、ドローンの射撃が直前まで立っていた位置を通過した。圧縮空気により放たれた鉄片が壁の鋼板に穴を穿つ。
周囲の騒音のせいでローターの音に気付けなかった。マリオは背中を向けて走り出した。
後ろからドローンが追う。施設と同じように継ぎ接ぎだらけで左右非対象のフォルムでありながら飛行は安定している。浮遊しながら座標を調整して銃口位置に補正をかけ、再度の射撃。
マリオは飛ぶように十字路を左折した。釘弾がかすってツナギの一部が裂ける。バランスを崩しながらも腰に手を伸ばして携帯ジャマーのスイッチを入れる。ドローンの通信を阻害。援軍を呼ばれることだけは避けなければならない。
人間と機械、スタミナ勝負では勝ち目が無い。マリオは息を切らしながらすぐそばにあるドアのナンバープレートを流し見た。26────近い。先ほど入るときに開け放ったNo.24の部屋のドアが半開きのままであるのが見えた。
部屋に飛び込み、濾過装置のある部屋まで転がり込んだ。持参していた工具から武器になりそうなものを選ぶ。スパナと、予備のケーブル。
マリオはドローンの襲来を待ち構えた。ローターの唸る音はすぐにやってくる。見事な姿勢制御を行って空中で直角に曲がり、開け放たれたドアからドローンが侵入してきた。
冷や汗を流しながらその様子を確認する。銃が引っ込んでアームを伸ばしたのを見て思わず歓声を上げそうになった。保全の観点からガード用のAIは施設にクリティカルな損害を与えるような行動をとることができない。
ドローンのアームの先からナイフが飛び出し、刃の部分がチェーンソーのように回転を始めた。禍々しいモーター音に気分が萎え、意気が消沈しそうになる。
振り回されるナイフをスパナで受け止めた。火花が散り、数秒もしないうちに断ち切られるが、マリオはもう片方の手でケーブルをローターの付け根めがけて放っていた。
ファイバーと被覆のゴムが伸び、羽に切り刻まれながらもローターに絡まる。浮力を失くしたドローンが傾き、仰向けになって床に落ちた。マリオはすかさずアームを踏みつけて押さえ、再び飛び立とうと床を傷つけながら回転するローターに戦々恐々としながら胴体部をくまなく確認した。
切れ込みを見つける。電動ドライバーで素早くねじを外して蓋を開け、規格の合うプラグを差し込んで自分のタブレットとつなげた。ウイルス送信用のツールをありったけ起動し、あらゆるルートから流し込む。そのうちの一つが到達し、CPUを無駄に使いつぶすだけのプログラムが起動した。
ドローンのAIがフリーズして動きを止めた。そして自己修復のために再起動を行う。ファイアウォールの起動前の瞬間を狙ってさらにウイルスを流し込んだ。
恐る恐るアームを踏みつけていた足を外した。しばらく観察していたが、フリーズと再起動を繰り返すばかりでドローンが再び動き出す気配はない。
「よし、よし、よし、よし──」
マリオは拳を突き上げ、壁を殴り、ロッカーを蹴り、スパナの残骸を強化ガラスに思い切り投げつけて勝鬨を上げた。
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