出逢った後に 4

 次の瞬間、気付くと、宏枝と女は部屋の中にいた。──正確には部屋の中を浮いていた。

 病院内の一室。天井から見下ろす視界の中で、病床を囲むように、よく知っている人たちが並んでいた。


 おばあちゃん。美緒。宮崎くん……。


 ──ベッドの上に横たわっているのは、わたしだ……。

 宏枝はぼんやりとそう思った。


 痩せ細った身体が我ながら痛々しくて、惨めだった。すっかり伸びてしまっているバサバサの髪に過ぎた時間を感じる。


 ──こんな姿は、宮崎くんには見せたくなかったな……。


 そう思うと、はじめてこの猫の目女が〝にくらしい〟と思った。



 そんな宏枝の心の中にはお構いなしに、猫の目女は言葉を続けた。


「確かにさ、お母さんからの愛情は薄かったかもしれないけど、その分、おばあさまは深く愛してくれてたんじゃないの?」


 ──おばあちゃん……。


 普段の気丈さはどこにもなく、唯々涙に暮れている祖母を見るのは辛かった。そのいつでもしゃんと伸びていた背筋が、いま覚束なげに小さく見えた。



 空気を読まない猫の目女が独り言ちるように云う。


「……いまあたしがいなくなっても、あんなふうに泣いてくれる友だちっているかな」


 ──美緒。


 わたしの、大切な親友。

 ごめんね。こんなことになっちゃって。京都で事故に遭っちゃったのは、美緒のせいじゃないから……。そんなふうに自分を責めたりしないで。



 それから、猫の目女が優しい口調になって云った。


「この子は、あんたに死んで欲しくないんじゃないかなー」 ここで吐息一つ洩らして宏枝を見やる。「いい雰囲気だったと、思うんだけれどね……」


 ──宮崎くん……。


 もう、色んなものが溢れてしまっていた。



「ずるいよ……」


 ちゃんと決心できたつもりだったのに、もうこれで最後になるはずだったのに……。最後の最後にこんなものを見せるなんて、ずるい、と、そう宏枝は思った。


 キッと険しくなった目線を、女の方に向けた。

 やっと反応してくれた宏枝に、猫の目女は満足気に頷いて返す。

 そんな女の反応に、宏枝の心は逆撫でられて、揺さぶられる。


「それじゃ、わたし、いったいどうすればいいってゆうの?」


 素直な方の宏枝の、こころの叫び。自分でもびっくりするくらい大きな声だった。


「わたし、もう死んじゃってて──」


「だから──」


 猫の目女が、優しい声で遮った。


「訊いてるじゃない。貴女は、死にたいの、って?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る