小恐怖 箸のない島

@nakamichiko

第1話常連

 

 その客は常連だった。もう五年になるだろうか、比較的大きな街の古いラーメン屋にとってみれば、自分の店を支えてくれる重要な一人だった。多くの友達も連れてきてくれて、そのうちの一人が

「おいしかったので、また来たんです」と言って今度は単独で食べに来てくれることは素直に嬉しく、この不思議な、奥の深い、日本人が発明した食べ物に心底魅了されている自分にとっては、自信に直結することでもあった。

ただ、というべきなのか、困ったと、言うほどでもないのだが、その常連さんには不思議なことがあった。

「お前ラーメンをフォークで食べるのか? 」

「信じられない! 」

「非国民! 」「ハハハハハ! 」と仲間内でやってきたときはそういわれていた。

「生まれついての猫舌なんだよ」と言っていたが

「ウソが上手いような下手なような」と自分は大量注文のラーメンを作りながら思った。何故ならこの店に最初に来た頃は彼も箸で食べていたのだ。

「おいしいですね! 今まで食べた中で最高です! 」明るくそう言っていたのに、それが何年か前急に落ち込んだように自分に頼んだ。


「すいません大将、フォークで食べさせてもらっていいですか? 」


あまりのことに自分は驚いて、その辺にある金属フォークを一度手に取ったが

「これは熱いだろう」とすぐさま、子供用のプラスチックのものを

「これしかないけどいいかい? 」と差し出すと

「ああ、ありがとうございます! 」と元に戻って食べ始めた。彼のことがあって自分は初めてフォークでラーメンを食べてみた。するとまあ、まずく感じるというか何なのか、これはいけないと思って、多分全国のラーメン店で誰もやったこともないであろう「フォーク試し」をやることになった。いろんな種類、材質のフォークでとにかく最善なものを何とか探し出し、次に来た時に「はい」と渡した。


「もしかして、これ僕のためにですか? 」


優しい男なのですぐそれに気付き、以後は全国をキャンプして回るのが趣味の彼は、時々その土地の土産を持ってきてくれる。店で忙しい自分のために色々な話を楽しくしてくれるようになったが、でもやはりどこかで

「箸で食べるのが一番うまいと思うんだが」と思う自分がいた。


 数日前の天気予報から、その日は大雪になると言っていた。最近の天気予報は本当に当たるので、その日は少なめにスープを仕込んだ。予報通り大雪になり客足はゼロにはならなかったが、久々に仕込んだスープを捨てる羽目になるのかと残念に思っていた時だった。

「大将、やっているんですね」

「おう、来てくれたのかい、この雪の中」

「ええ、僕、今度結婚することになって」

「ああ、そうみんなで話していたね、引っ越すんだろう? 」

「はい、そんなに遠くではないですからまた来ます、でも前の様には来れないでしょうから」と自分の真ん前のカウンター席に座った。

ラーメンを作っている間、彼専用になった棚の上にあるテレビをじっと見ていた。

「すまんね、天気予報になっているだろう」

「いいんですよ」ぼおっとそれを見ているうちに出来上がった。いつもと同じようフォークとともに差し出した。いつもならすぐに食べ始めるのに今日の彼は雰囲気が違い、今度はじっと、真剣なまなざしでフォークを見つめ始めた。

「伸びてしまうよ」その言葉が適当ではなかった、それは彼の欲するものではないと自分で悟り、そして



「丁度いい機会だ、誰もいない。これから閉店にするから話してくれんか、どうしてフォークで食べるようになったのかを」


カクンと、彼は首が落ちるようにうなずいた。

 

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