第12話 僕は日常の中でしか生きられない

彼女は泣いていた。


何故かは分からないけれど。


楓は泣いていたんだ。


でも僕がしたせいじゃない。




僕は楓の傍に座ってシャツのボタンを締めながら楓に語りかけた。


「楓、君は僕のことが好きなのか?」




「それでも…あなたは私を愛してくれるでしょう?佑輝」




俺は頷いた。


「あぁ」




僕は何も着ていない彼女にタオルケットを掛けて、髪を撫でてから楓の家を出た。




午後6時、夏のこの時間は明るい。


まだ夜は来ない。


河川敷沿いを通って帰る。どこに行くのかよく分からない太陽が沈んでいく。


横から差す日は僕の目を刺した。


僕の影は長く伸びて僕の感情すらも薄く引き伸ばしてしまった気がした。




太陽はゆっくりと沈んでいった…




「ただいま」


「おっ!おかえり〜!」


出迎えたのは晴希だった。


「何してたのさ?」晴希は僕に尋ねた。


「まあ、ちょっとね」


「うーん、日向はやっぱり釣れないねぇ…」


少し残念そうな晴希に僕は笑いかけて横を抜けた。




「あ、そうそう。私今日の8時からいないからー!」


晴希は言った。僕が振り返ると晴希は続けて


「だから何か頼み事とか何かあったら今のうちに言ってちょ」


と晴希は特に意味の無い敬礼のポーズをとった。


「わかったよ」


僕は笑って返した。




叔母さんが僕の晩御飯をダイニングテーブルの上にラップをかけて置いておいてくれた。


僕はそれを温めようと思って食器に触れるとまだ温かった。


味噌汁とご飯とサラダと肉じゃが。


それを1人で「いただきます」と手を合わせてから食べ始めた。




食べている間、沙耶が来た。


「あ、おかえり」


「ただいま」


沙耶は食器棚から2つグラスを取り出してお茶を注いだ。


「ヒナ兄お茶どーぞ」


「お、ありがと」


沙耶は僕の向かいに座ってお茶を飲んだ。




「どうだった楓ちゃん」


「…」


何て言ったらいいか分からない。


「いいよ、無理に喋らなくても」


「ごめん、ありがとう」


沙耶はどこまでかは分からないが何かを察したようだった。




「明日はどうするの?」


沙耶はそう言って2口目のお茶を飲んだ。


「また楓の所に行ってくる」


そう返して僕は味噌汁をすすった。


沙耶は目を見開いていた。驚いたのかもしれない。


「あぁそう…」


楓は3口目を飲み始めた。そのままお茶を飲みほしてグラスを流しにいれて、ダイニングから出ていった。


その時の沙耶は少し悲しそうだった。




晩御飯を食べ終わって流しに運んだとき、晴希が外行きの格好とメイクをしてダイニングに来た。


少し慌てた様子で食器棚からグラスを取り出してお茶を注ぎ、1回で飲み干してグラスを流しにいれ、僕と目を合わせて。


「行ってきます!!」


と言った。


時間は7時半だった。


食器を洗いながらふと思った。




叔母さんと叔父さんがいない。


冷蔵庫に掛けてあるカレンダーの今日の予定に「地区会」と書いてあった。


その集まりでいないのか。




食器を洗い終わって、沙耶が気になった。


沙耶の部屋へ向かう。悲しい顔をしていた理由が僕には分からなかった。


襖をノックして応答を待った。


「誰?」


「僕だ、日向だ」


「何?」


「開けてもいいか?」


すると襖が開いて沙耶が顔を出した。


「いいよ、入って」




空耳かもしれないが外で猫が鳴いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る