第7話 0.02

「私の家に来る?」


「え?」


楓は少し微笑んでいた。




「ここだと暑いし…お互い話したいこともあるでしょ?それに…」


楓は少し笑って妖しい目で


「今日、家に誰もいないしね…」




楓の家に行く途中、楓は少し待っててと言ってコンビニへ入っていった。


少しして楓がビニール袋を提げて戻ってきた。袋の中をちらと覗くとペットボトルジュースが2本、あとは目薬…だろうか、とにかく目薬の箱のような物が入っていた。




僕はまだ迷っている、過去のことを掘り返すべきかどうかを。


頭の中の蝉はまだ鳴いている。外の音が聞こえる程度には鳴き声は治まっているが、それでもやはり聞き取りづらい。




河川敷沿いに歩いて楓の家に向かう。


「ねぇ」


楓は進行方向を見たまま言った。


「あの時から警報灯が増えてね、あれを見るたび思うのよ。あれがあれば佑輝は死ななかったんじゃないかって。」




ふふっと楓は笑って続けた


「でも佑輝が死んだから警報灯が設置されたわけよ、皮肉よね。」


僕は黙って聞いていた。


「会話、してくれないのね。」


「あ、ごめん。」


「いいのよ、謝らなくても。ただ少し寂しいなぁって思っただけ。」




それから黙って歩き続けた。


長く感じた。




楓の家に着いた。


楓は鍵を取り出し、ドアを開けて僕を家に入れた。


「私の部屋は2階の一番奥の部屋にあるわ、先に入っといて。」


そう言って楓は何か用事があるのか、奥に行ってしまった。




僕は楓に言われた通りに2階の一番奥の部屋に向かった。


2階に上がる階段が少しだけ軋む音をたてた。


実は楓の家に来たのはこれが初めてだったりする。ずっと佑輝の家か僕の家で遊んでいた。なぜ楓の家で遊ばなかったのかは分からないが、たぶん楓の家にはテレビゲームが無かったから、ただそれだけだったと思う。




一番奥の部屋のドアノブに手をかけてひねる。ドアを開けた先は普通の女の子の部屋だった。


ベッドの上には少し大きなクマのぬいぐるみ、男の部屋と比べてクッションの数が多い。


セカンドデスクの上に写真が飾ってあった。僕と楓と佑輝の写真。楓を真ん中にして肩を組んでピースサインで写っていた。




僕は思わずその写真を手に取って眺めた。


「懐かしいね。」


楓は僕が閉め忘れたドアの外から言った。


「うん。」


僕は楓の目を見て頷いた。


楓の目はどこか悲しそうで、大人びた目とは違う濁ったようなそんな目をしていた。




あのさ、と僕は知らない間に話を切り出していた。


「佑輝を、その、助けられなくて……。」


「やめてよ。」


楓は少し強い口調で食い気味に返した。


「責任も何も負えないくせに。」


そういう考えが無責任だよ、と楓は俯いて吐き捨てるように言った。




「でも……。」


聞いたことの無いような低い声で楓は続けた。


「本当に悪かったって思ってるなら……。」


楓は僕の方にスタスタと歩いて胸ぐらを掴んだ。


「─!」


僕は楓に胸ぐらから引き寄せられて強引なキスをされた。


「はぁ……ん!」


唇を離すとそのまま僕を床に押し倒した。


手か何かが当たったのか先ほどのコンビニで買ったものが倒れてビニール袋からペットボトルが転がった。




楓は睨むように、それでいて妖艶な目で言った。


「本当に悪いと思ってるなら─。」


僕はその声を聞いている時、ビニール袋に入っていた目薬の箱が見えた。でもそれは目薬じゃ無かった。



「抱いてよ。」




その箱に書かれていた数字は0.02。

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