第35話 勇者ヨールー

 アミュがもう一回召喚術を使うには、時間が必要になるはずだ。今ここで畳みかければ、強力な召喚術を防げる。


 俺が魔剣を構えると、アミュは一歩後ろにさがった。


「おい魔王。それ以上動くな」


 ヨールーは聖剣をヘルの首元に据えている。


「ヘルはお前の力で死への進行が止まっているらしいが、オレの聖剣で刎ねればどうだ? アンデットも即死だぞ?」


 俺は構わず前に出る。


「おい! 聞こえているだろう! それともなんだ、こいつが死んでも構わないのか!?」

「ヘルは死なない」

「どういう意味だ?」

「聖剣、使えないんだろ?」


 俺がそう言うと、ヨールーの眉間に皺が寄った。


「何を根拠に」

「ネイアの法術が使えなくなった時、お前の聖剣も力を失ったはずだ。何せ聖剣は魔王殺しの為に神が創ったものだからな。神が死に、ネイアの法術だけが使えなくなって、都合よくお前の聖剣の力だけ生きているとは到底思えない」

「オレだけは特別なんだ! オレは勇者だぞ?」

「滑稽だな。そうやって印象操作を行って、自分だけ傷付かないようにネイアを迫害したんだろう。ネイア一人を責め立てていれば、自分が力を失ったことを知られずに済むからな。ネイアとガンジマルが居なくなってからも、作戦を変えずにお前が前線に出ようとしなかったのは、力を失ったことがばれるのが怖かったからだ」


 ヨールーは俺を睨みながら震えている。それは怒りからくるものだろう。


「元々魔王殺しの為の剣だ。剣としての切れ味はそこら辺の三級品にも劣るものだろうな。お前は何の努力も無く勇者になったと聞いている。剣術も並み以下なんだろう。だから魔界の力を手に入れることに何の抵抗もなかったんだろう?」


 ヨールーの鼻息は荒い。


「確かに仲間が少なくなって心細くなる気持ちはあるだろう。しかし聖剣がしっかりと機能していて、かつ自分の剣技に自信があるなら、腐っても勇者が簡単に魔界の力に手を出そうとは思わないはずだ」

「黙れ! 魔王! だったら試してみるか!? この聖剣で、この女の首を刎ねられるかどうか!」


 ヨールーはやおら聖剣を振り上げる。


「試すのはお前の方だ」

「なに?」

「お前が剣を振り下ろすのが先か、俺がお前の首を刎ねるのが先か」


 言い終わるなり魔剣を逆手に持ち変えて跳躍。


流転るてん召喚、ガンジマル!」


 アミュの声が響いた。

 召喚されたガンジマルからの斬撃が迫りくる。

 ギリギリ剣での防御が間に合った。


 だが、空中で横からもらった為にそのまま吹き飛ばされてしまう。

 相変わらずの剛力だ。

 想定よりアミュの召喚術の発動が速いのは、魔界の力のおかげか。


「今度は、フハハ、フフ、ハッ! 油断は無いでゴザル。ああ、そうでゴザッタ」


 何を納得したのか分からないが、ガンジマルは自分の左目に指を突っ込んで目玉を抉り取った。ぶちぶちと鈍い音がした。甦ったことによって火傷も目玉の負傷も治っていた。にも拘らず健康な左目を取り出すとは。


 常軌を逸している。一度死んで人としての感覚が無くなったのか?


 その目玉を自分の掌でぐちゅっと潰すと、そのまま拳に力を込めた。

 拳が開かれるとそこには無機質で鮮やかな緑色の球体があった。

 それをまだ血が滴る左の空洞に嵌めなおす。


「フハハッ、ハハアッ、ヘヘヘヘッ、ヒッ、ヒッ! ホホゥ……これで完璧でゴザル!」


 左目をエメラルドにした侍が気味の悪い笑い声をあげている。

 そのまま俺の方に来るかと思いきや、ガンジマルは方向を変えて走り出した。


 不味い。俺が吹き飛ばされたことで陣形が崩れている。

 ガンジマルの後ろを追う形で走る。


旋風扇風トルネールド!」


 レアーの声が響く。


「無駄でゴザル」


 妖刀を振りかざす。


「5連撃!」


 レアーが5連続で放ったつむじ風の最後尾がガンジマルの体を一瞬浮かせたが、すぐに妖刀で斬られて無力化されてしまう。


 俺は後ろから斬りかかるも、飛燕眼ひえんがんの力で見破られ避けられてしまう。

 ガンジマルは俺のことなど意に介さないと言ったように、がむしゃらにネイアの方へ駆けて行く。

 彼女は今、法術を使えない。


 ロアネハイネが短剣で受けて立つが、短剣ごと吹き飛ばされる。刃がバキッと折れる音がした。

 ネイアはクロスを構えるが受け切れるわけがない。


 俺は無理矢理二人の間に体をねじ込んで攻撃を防ごうとした。


「ぐっ」


 だが、体勢がいかんせん悪かった。剣で受け切れず、肩から腹にかけてバッサリと斬られる。


「ウーさん!」


 膝から崩れ落ちた俺に、ガンジマルが刀を振り上げる。


旋風扇風トルネールド!」


 ギリギリのところでレアーの魔術が間に合い、ガンジマルは後ろに飛び退く。

 ボトボトと血が滴り、同時に魔王の囁きが頭に奔る。駄目だ。追い込まれても魔王の力を解放したら、戻れなくなる。


 ひとまず停留止時アンクロックで止血する。


 ネイアは俺に駆け寄ってきて小声で呟いた。


「風魔術を使ってください。あと、とにかく距離を取って戦ってください」


 俺は目だけで頷いて、ガンジマルに向き直る。


風風千壁ウィンドプロテクション


 物体が飛んでいくタイプの魔術ではないので、妖刀で斬られてもある程度の効果はある。とは言え、本来は10メートル以上吹き飛ばす魔術が、一、二歩後退させる程度まで威力は落ちる。体勢を崩すことはできるが、決定打にはならない。

 俺が前線で戦っているところにそういう後方支援が入ればそれなりに効果はありそうだが、全員が距離を取ってしまっては意味が無いようにも思える。


 ロアネハイネを見ると武器を弓に持ち変えていた。

 短剣は折れてしまって使えないとは言え、全員が後方支援タイプ。


 こんな戦い方があるのか?


 だが、司令塔はネイアだ。

 俺は言われた通りに距離を取りながら風魔術を乱発する。

 レアーの魔術も相まって先の様に簡単に距離を詰められるようなことはない。


凍結領域コールドエリア!」


 レアーの声が響く。先の霜柱監獄コールドプリズンとは違い、今度は一気に温度が下がった。


「フハハハハハ! ゴザルゴザル! これでは丸わかりでゴザルよ! レアー殿! 先の様なことはもうないでゴザル」


 確かに、これでは不意を打つことはできない。元々先と同じ戦法が通じるとは思っていないが。


 しかしこの凍結領域コールドエリア。やけに範囲が広い。地面の色が変わっているところがあるが、それは恐らくこの魔術によって水分が氷結しているところだ。

 その氷結している地面だけを見ても、ガンジマルを中心に20メートルはくだらない範囲をカバーしている。


 スリップ?

 ガンジマルが足を滑らせるのを狙っているのか?

 だから風魔術を使っているのか。それなら合点がいく。


 しかしそれなら俺達にも同じ危険性が生じる。魔術を使っているから相手より動きは少ないとは言え、動かないわけではないのだから。それに、水系の魔術を使わない限り、滑るほどの凍結は望めない。


 とは言え、独断で動いて拮抗状態を解くわけにはいかない。俺は出来る限り風魔術を繰り出し続けた。


 その中、ロアネハイネが弓からロープに持ち変えるのを目の端に捉えた。

 ロープをネイアの方に投げると、クロスが括り付けられ、ロアネハイネの方に戻っていった。ロアネハイネはそのままキャッチをせず、頭上で回し始めた。

 物凄い回転だ。そのままロアネハイネが浮き上がってしまってもおかしくないくらい。


 そして狙いを定めてガンジマルに投げる。


「ウーさん! 魔剣でガンジマルさんに攻撃を!」


 言われるままに走り出す。

 前を先行するロープに括られたクロス。


「無駄でゴザル!」


 ガンジマルはクロスに斬りかかる。打ち落とす気だ。


「……はっ!」


 ロアネハイネがロープに回転運動を加えると、クロスの軌道が変わった。まるで魚がもりから逃れるような緊急回避。それでいて戻るのではなく、更にガンジマルに迫る。


「だから無駄でゴザル!」


 奴の飛燕眼はハエの羽ばたきすら捉える。


 ロアネハイネの動きを、飛んでくるクロスの軌道をつぶさに把握し打ち落とすことができるだろう。もちろんその後ろをついていく俺も多分に漏れていないはず。だが、たとえ玉砕覚悟の戦術だろうと、参謀ネイアの謀略と心中するつもりだ。それが仲間を信じると言うこと。更に足を踏み込み加速を早めた。


 ガンジマルの刀がクロスに触れる手前、


 ——バチィッ!


 ガンジマルの手が光った。


 妖刀が何かを放ったのか!?


 構わず魔剣を振り抜くと、ガンジマルの手から妖刀が吹っ飛んでいった。


旋風扇風トルネールド!」


 レアーの声が近い。

 いつの間にかかなり距離を詰めていた。


 ガンジマルの足元につむじ風が発生する。

 妖刀無き今、ガンジマルは風魔術によって打ち上げられるしかなかった。

 俺は下から魔剣を振り上げて、体勢を崩したガンジマルの腹を真っ二つに切り裂いた。


 空中で下半身と上半身に分かれたガンジマルが、地面に叩き付けられてうめき声をあげる。

 小腸をドロッとこぼしながら、ガンジマルは口を開いた。


「い、まのは、いったい」

よ」


 短く言い放ったレアーに、一瞬呆気に取られたように固まったガンジマルだったが、しばらくして声を上げて笑い始めた。


「ハハハハハ、ハッハッハッハ! ハッ――ゴフッ!」


 派手に血を吐いて、白目を剥いた。


「どういうことだ?」

「風魔術でガンジマルに帯電させたの。気温を下げたのも空気中の水分を減らして勝手に放電しないように――つまり静電気を起こしやすくする為。

 雷系の魔術を使っても、妖刀に落ちて無力化させられちゃうけど、静電気なら魔術じゃないし、ガンジマル自体が帯電していれば、あいつの手からクロスに対して電気が伸びていくでしょ? 一瞬相手をびっくりさせるくらいのことでしかないけど、その一瞬でウーが妖刀を叩き落としてくれるって信じてた。さっきもやってくれたしね。にしてもあんた、作戦知らないのに突っ込んできたの? 命知らずね!」

「戦闘時の指揮命令権は全てネイアに任せると言った。俺はそれに従ったまでだ」


 俺はくるっと向きを変えてヨールーを見据える。

 奴は苛立ちをあらわに、声を張り上げた。


「はっ! それで勝った気か! 神とガンジマルを殺したくらいでいい気になりやがって」


 俺を含めたみんなは奴のことを酷く冷めた目で見ていたのだろう。


「なんだその目は! くそ! 勇者じゃなくなった瞬間に虫を見るような目で見やがって! いいか! オレは魔王に成る才能も持ち合わせていたのだ! それを今から見せてやる!」


 ヨールーは目の前の空間に歪を生んだ。

 そこから取り出したのは、


「どうだ! 魔剣だ! フハハハ! 参ったか!」


 同時に、レアーが崩れ落ちる。


「大丈夫か!?」

「じゅ、十三階層……、うそでしょ? 冗談きついわ、ははっ」


 レアーの言っていた、魔力を持っていかれると言うやつか。俺は魔王だから関係ない様だが、魔術師はモロにくらってしまうようだ。


 どうやらヨールーには、良い剣を引き抜く才能があるらしい。決して勇者の才能があったわけではなかったようだ。


「魔王よ、お前の魔剣は何階層なんだ? あ~~?」

「……九階層だ」

「ふはははは! 弱い弱い! 弱すぎるぞ! 貧弱な魔王め!」


 ヨールーの肩にアミュの手が掛かる。呼吸が荒い。苦しそうだ。彼女の周りを浮遊しているはずのショールが地面に落ちていた。


「よ、ヨールー、それを使われると、ワタシも使えなく」

「うるさい! 黙れ! アミュよ、お前が役に立たないからオレが仕方なく魔剣を出したのだ」


 アミュをどんと突き飛ばすヨールー。

 崩れたアミュは苦しそうに呻いて立ち上がれない。


 隣で膝を突いていたレアーも嘔吐してしまう。


「ご、ごめ」


 口元を押え、涙ぐんだ目で俺を見上げる。


「謝ることじゃあない。ロアネハイネ、ネイア……レアーを頼む」


 魔術師にとって魔力を吸い取られるとは、それほど辛いことなのか。

 俺はやおら魔剣を構え、更に空間を歪ませた。


魔剣召喚デビルブレイバー


 俺が元々持っている魔剣は九階層。それ以上は出せない。だが、それより下位ならば出せる。今出したのは四階層。合わせれば十三階層になる。


爆力剛筋ハードマッスル


 魔剣二つを使う為に体に魔力を流し込む。これは本当に元に戻れなくなってしまうかもしれないな。

 しかしここで俺がヨールーを討たなければ、こいつが支配する歪んだ世界になってしまう。それならばたとえ魔王化が進んでも、躊躇う訳にはいかない。

 だがそんな覚悟を決めた矢先、肌が裂けオレンジ色の光が溢れる、そんな幻視を見る。耳元では暴走した時に頭の中を奔った魔王の声が聞こえている。


「ウーさん!」


 その幻聴をかき消すようにネイアの清らかな声が城内に響いた。


「戻ってきてくださいね。待っていますから。そうしたらまた、私を守ってください」


 俺は彼女の声を背中に受け、振り向かずに答えた。


「ああ、守ると誓った。必ず……、君を一生守り通す」


 その時もう既に、幻視は消え去っていた。


 俺は改めて二つの剣を構えてヨールーの元へ跳んだ。

 ヨールーは余裕の面持ちで迎え撃ってくる。


 剣と剣が触れ合った瞬間、俺の九階層の魔剣が音を立てて壊れた。


「はははは! 哀れな魔王よ!」


 そこに矢継ぎ早に二手目を打つ。


「無駄だ!」

「無駄じゃあない!」


 もう一本の魔剣を振りかざす。二つの魔剣が重なり合った瞬間、またも音を立てて壊れる。

 今度は両方同時だ。


「なに!?」


 単純な引き算。13から9と4を引いただけ。

 先の神とネイアの攻防では、法術同士が干渉して打ち消し合っていた。魔術にも同じ現象が発生するはずだ。その読みは正しかった。


 だがそれでも俺に分はない。


 ヨールーは更なる魔剣を引き抜く。

 十二階層だ。奴が俺の真似をして二本同時に召喚しないのは、片手で持てないからだろう。俺とて魔術で体を強化しなければ持てない程の質量だ。

 相手が一本しか持てないとは言え、俺が十階層以上の魔剣を引き抜けない以上、魔剣の引き合いなら計算上負ける。


 13=9+4

 12=7+5

 11=8+3

 10>6+1+2


 となるからだ。


 俺は十二に匹敵するように七階層と五階層の魔剣を引っ張り出す。

 この段階で八階層と五階層なら合わせて十三になり、相手の魔剣を上回れるが、すぐさま十一階層の魔剣を出されてしまうので、一時的な優位ではあまり意味がない。


 剣と剣同士が重なり合い、三つの剣に亀裂が入る。


 どうやらヨールーも先ほど俺が考えた計算に辿り着いたらしい。

 勝利を確信して口元に余裕が漂う。目がより一層大きく開かれる。どう戦うかを考えている目ではない。俺をどう罵倒してやろうか、どう蹂躙してやろうか……勝利の先を考えている目だ。


 なるほど勇者だ。

 だからこそ成れたんだろうな。

 この刹那に、今時点のことばかり考えている俺なんかには、務まらないだろう。


 ヨールーは続けて魔剣を手にする。

 同じく俺も新しく魔剣を召喚。

 二本と一本が重なり合って亀裂が入る。二人とも使い捨ての様に剣を捨てる。


 いよいよヨールーは嘲笑を我慢しきれなくなったらしい。

 十階層の魔剣を引き抜きながら、弛緩しきった顔でそれを振りかざす。

 二本の魔剣で迎え撃つが、こちらの魔剣は粉々になる。対してヨールーの魔剣にはまだ余力がある。すぐさまもう一本の魔剣を召喚する。


「むぅだぁあああだぁああ! お前は計算もできんのかぁあ!? ああ~~~~!? 死ねぇいあァァァアア!!」


 ヨールーの魔剣と俺の魔剣が重なり合う。


 ひびが入る。


 俺が構わず振り抜くと、魔剣が割れた。


「ふははははははは! 終わりだぁ!」


 ヨールーは勢いよく俺の頭上に魔剣を振り下ろした。



 持ち手だけになった魔剣を。



 その光景を見て目を丸くするヨールー。


「え?」


 その顔面に思い切り拳を突き立てた。

 ヨールーは大きく後ろに吹き飛んだ。


 立ち上がりながら怒りの形相で俺を睨む。


「なぜだあああ! なぜオレの魔剣まで壊れる! おかしいだろう!」

「……お前、途中で計算しただろう」

「ああ? 当たり前だ! 10から13までの合計は46! 対してお前の1から9までの合計は45だ! 最後にはオレの魔剣が1残って勝ちのはずだろう!」


 俺は答える代わりに、先ほどヨールーが使い捨てた十一階層の魔剣を手に取った。


「な、なぜ……。それはさっき」

「十三階層の時と十二階層の時で同じ現象が起きれば、十一階層の時にも同じことが起きるはずだと言う思い込みが、お前を油断させた」

「思い込みも何もないだろう! 8と3を足したら11だ」

「あの時俺が八階層と抱き合わせで出したのは三階層じゃない。二階層だ」

「二階層だと? じゃあ」

「そう。あの時のお前の魔剣には一階層分の余力があった。だが次から次へと魔剣を召喚していかなければいけない切迫した状態だ。相手の魔剣のことならまだしも、自分の魔剣が壊れていないことの確認などするわけがない。まして、お前は十二階層で打ち合った時には既に計算が閃いていて、十階層での打ち合いで勝利すると言うイメージが固まっていた」


 俺は魔剣を携え、歩き出す。


「勝利のイメージと言うのは害悪だ。そのイメージが浮かんだ瞬間次に浮かぶのは勝ったあとのことばかり。今を見ない。今、もしかしたら負けるかも知れないと言うリスクファクターに目を向けることができない。

 お前は散々勝ってきたんだろうな。今までの人生を。負けたことのある人間なら気付けたはずだ。お前がここ一番、人生において最も肝要なこの土壇場で勝利を得られないのは、からだ。

 呪うんだな。ただ、聖剣を引き抜いたと言うだけで、常勝が確約されてしまった人生を」


 このヨールーと言う男に、俺も似ているかも知れないな。

 魔王に転生した。ただそれだけで膨大な魔力を与えられた。だが同じ強い力でも、それを操れるかどうかは別だ。


 ヨールーは力を操ろうとした。

 俺は力に操られないようにした。


 俺と奴との違いは、たったそれだけのことなんだろう。


 ヨールーとの間合いが3歩ほどのところで、魔剣を構え直す。

 とそこへ、よろよろとアミュが入ってきた。


「ヨールーは、竜人族の、未来。約束した」


 息も絶え絶えに、しかし両手を広げて俺を睨み付ける。その瞳には強い意志が宿っており、奥では炎が揺れている。


「させない。ワタシは、ワタシは……!」


 目の前に居るのは敵ではなかった。

 ただ自分の種族の平和を願う少女だった。

 とても魔剣を振り下ろせる状態にない。


「アミュよ……」


 彼女の後ろからヨールーの声が聞こえた。


「……ありがとう!」


 言葉と同時に、アミュの腹から俺の腹めがけて鋭く光る銀色が伸びてきていた。


「ぐぅっ!」


 痛みに声が漏れる。


 それは勇者が刺した聖剣だった。

 アミュの目が見開かれる。

 ゆっくりとヨールーの方を振り返る。


「ど、うして」


 ヨールーは乱暴にアミュを蹴り押す。巻き込まれた俺も、一緒に倒されてしまう。

 衝撃で魔剣を取りこぼし、手の届かない場所へ滑って行ってしまった。


「どうして? はっ! 決まっている。オレが勝つ為だ! アミュよ。オレは魔王を殺して世界中から称賛されたかっただけだ! 竜人族の未来など関係ない!」

「え」

「お前の強さが欲しかっただけだ。お前がいれば魔王の討伐も楽になるからな! ははは! 騙して悪かったな! いやあ、悪かった悪かった! 許してくれ! はははは!」


 アミュからとめどなく涙が溢れては、俺の体に染みていった。


「さて、取り敢えず殺しておくか。この、聖剣で! 勝利のイメージと言うのは、害悪だったか? あ~~? 皮肉なもんだな魔王よ! だが聖剣で殺されるなら本望だろう!」


 怪我を負い動けなくなったアミュが上に被さっている状態では、避けることができない。


 振り下ろされた聖剣を受け止めた。

 素手で。


 親指の付け根と人差し指の付け根にぐりぐりとめり込んでくる。

 もう一度聖剣を振りかぶらせないように、刃を握りしめた。


「くっ! 死にぞこないが! 離せ!」


 引いてダメならと言った具合に、今度は体重を掛け始める。

 いくらなまくらな剣とは言え、このまま体重を掛け続けられたら指が落ちるかも知れない。


 お互いの世界に悪影響を与えるから、もう二度と使わないと決めていた異空間転移だが、今ここでは使わざるを得ない。


 これで最後だ。

 最後の異空間転移を使わせてくれ。

 最強の武器を、この手に。


神滅ぼし殺しコンビニハンマー


 自由に動かせる方の手を歪みに突っ込んで、取り出す。


 これは神をも殺した俺を殺した最終兵器だ。

 この武器の凄い所は、まるで仕事から帰ってきて一息つく為にビールのプルタブを開けるような感覚で、簡単にあっけなく――殺意無き殺しができるようになる所だ。


 狂気に満ちた目で聖剣をぐりぐりと押し付けてくるヨールーは、転移させたカナヅチに気付いていないようだった。

 俺は手にしたカナヅチを至近距離にまで迫ったヨールーのこめかみに思い切り叩き付けた。


 それは頭蓋骨が割れると言うにはあまりにも場違い的な音だった。


 あっさりとした。



 日常的な音。




 せんべいが割れたような。

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