第28話 どうか殺して

 これが、本物の力なのか。


 などと呑気に考えている場合ではなかった。

 今この体の主導権は、確実に俺ではない。

 何とか戻そうとするが、どうすればいいのか分からない。

 まるで夢の中で言うことを聞かない自分の体のよう。歯がゆさと苛立ちすら、感じることが出来ない体のもどかしさ。


 そうこうする間にも、俺は浮遊しながら進んでいく。不意に爪先に何かが当たった。

 下を向くとそこにはネイアが居た。

 彼女は意識を取り戻していない。

 ぐったりと横たわっている。


 俺は、俺の体は、ネイアに跨り膝をついた。

 手が首に回る。


 クソ!


 首を絞めて殺す気か。

 体が動こうとする方向とは逆に意識を持っていくと、なんとか動きはゆっくりになったが、首から手が外れることはない。


 動け!

 何の為だ!

 何の為に俺のこの手はあるんだ!


 自殺する為か?

 神を殺す為か?

 人を殺す為か?


 違うだろ!

 大切な人を守る為だろ!


 魔王の行動に精一杯抗う。

 しかし確実に、ゆっくりとではあるが、首を絞めていく。

 ギチギチと言う音が耳にまで届く。


 誰か!

 誰か!


「ロ……」


 声帯がほんの少しだけ震える。

 出ろ。声。


「ロアネハイネ! レアー! 起きろ!」


 起きてくれ。


「起きて俺を殺せぇええええええええ!」


 のどを裂かんばかりの勢いで叫んだ。絶叫だ。

 すると、目の前のネイアの瞼がうっすらと開いた。


「逃げろ! ネイア!」


 しかしその言葉に、彼女は身を捩って逃げるどころか、ふふっと笑った。

 首を絞められながら、安心しきった笑顔を見せる。

 涙があふれて止まらない。

 彼女の、ことここに至っての、満月のような微笑みに。

 ネイアの震える手が、優しく頬に触れ、そのまま首の後ろに回る。


 頼む。

 お願いだ。

 そのまま首を絞めてくれ……。

 君になら殺されても構わない。


 だが、その手は首から後ろに回って、頭を優しく撫ぜていた。


「大丈夫、大丈夫」


 掠れた声で、あやすように囁く。


 その瞬間、頭の中に確かにあったはずの黒い靄のようなものが、音もなく蒸発するのを感じ、同時に意識が白に飲み込まれた。

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