第3話 勇者侵入

 開かれた扉から入ってきたのは、見るからに魔王サイドではない輩だった。6人も居る。


「勇者どもがどうしてここに!? 誰か! 誰か!」


 スケルトンは慌てふためきながら声を張り上げたが、その誰かが来る様子はない。

 豪奢な鎧を着た青髪の勇者らしき青年は、鼻で笑って剣をひと振り。


「あがっ!?」


 スケルトンの首を刎ね飛ばした。

 胴体をその場に残して頭はすっ飛んでいき、壁にぶつかり、カロンと音を立てて地面に落ちた。


「うるさいぞ。雑魚ザコが」


 吐き捨てる様に言う。

 先ほどまで喋っていた骨が、今はピクリとも動かない。


 今し方魔王になったばかりの俺にとってはなんの思い入れも無い骨だったが、この世界で初めて喋った者が目の前で殺されると言う事実は、心を痛めるには十分過ぎた。

 また、無抵抗の者を相手取り、いきなり剣で斬りつける彼の生命に対する不遜な態度には、苛立ちを覚える。


「トドメを指そうか?」


 青年の隣に居た背の低い赤髪の女児が零度の声でことも無げに言う。

 同時に、人差し指に彫られたタトゥーが赤く光る。

 彼女は露出度が高い、まるでビキニのような黒い服を着ており、褐色の素肌にはくまなくタトゥーが彫られている。

 その体を中心に、ふわふわとしたショールが彼女を守る様に旋回している。よく見ると背中には赤い羽根が、腰の辺りからは同じく赤い爬虫類的な尻尾が生えていた。竜と人の混血だろうか。


「アミュよ、その必要はない。聖剣で斬ったからな。アンデット系でも甦ることはない」


 その聖剣とやらをこちらに向ける。いよいよこいつが勇者と言うことらしい。


「魔王よ。叫んでも無駄だ。魔王城の入り口からここに来るまでの至るところに、ネイアが結界法術を施している。声どころか、魔術を乱れ撃ったところで外には届かん」


 その言葉を聞いて修道帽クロブークをコクッと傾けた女性がネイアらしかった。

 神官風の純白のローブを身に纏っている。

 長くサラサラの金髪とキメ細やかな白い肌、澄んだ蒼い瞳は雲一つない晴れやかな空のようで、とても清楚な雰囲気を醸し出していた。


 しかしどこか具合が悪そうだ。肩で息をしているし、中分けにしたおでこからは汗が滝の様に流れている。

 結界法術とやらの負担が大きいのかも知れない。

 そんな超絶体調不良のさなかでありながら、彼女から弱音が一つでも漏れ出る事は無い。

 それどころか意志の強い芯の通った瞳は、俺をじっと捉えて動かない。

 視線を切った瞬間に攻撃を受けると言うより、一緒に集中力が切れてしまったら意識まで飛んでしまいそう……それほどギリギリの切迫した表情をしていた。

 この状況で彼女が結界を解くと言うことは、イコール勇者一行の壊滅を意味する。

 その重責も、いま彼女の肩に圧し掛かっているのだ。

 なんとかいがいしく責任感が強い人なんだろう。

 俺は全く自分の立場を置き去りに「大丈夫?」と聞きそうになり、慌てて言葉を飲み込んだ。

 不本意とは言え、敵対関係にある人間に対して吐くような科白セリフではない。


 そうだ。

 今彼らとは敵対している。

 何とかして誤解を解けないだろか。いや、誤解も何も俺は魔王だ。

 いったいどうすれば。


「よし、魔王が固まっている今がチャンスだ! いくぞ!」


 考える暇などないと言うことか!


火球連弾ガトリングファイアボール!」


 勇者の後方から声がして、火の玉が放たれた。

 条件反射的に手が動き、脳内に呪文のようなものが奔る。


縛鎖封陣チェーンブロック


 脳内に奔った言葉をそのまま紡ぎ出すと、どこからともなく現れた鎖が、火球の全てを捉えて落とす。


「時短詠唱!?」


 と驚きの声を上げたのは火球を放った魔術師風の女だった。耳が横に長い。エルフ耳と言う奴か。


「相手は魔王だ。それくらいはやる。気にせずどんどん打ち込め、レアー」


 レアーと呼ばれた魔術師は目を瞑り、何やら唱え始める。

 連続して魔術を唱えられたら厄介だが、時間が掛かるようだ。

 勇者との間合いを計る。


 しかしその横を疾走する影一つ。

 勇者より5歩、6歩、俊敏に間合いを詰めてくる男が居た。

 気付いて俺は飛び退きざまに魔術を展開。


岩礫濁流ロックウェーブ


 岩が自分の足元から男に向かって波打つように伸びていく。

 よく見ると男は侍のようないでたちをしている。

 侍は刀を鞘走らせる。

 白刃が翻ったと思うと、岩の障壁は瓦解した。


「……それがしに、斬れぬものはござらぬ」


 平突きの構えでこちらを睨み付けてくる。


「よくやった! ガンジマル!」


 勇者にガンジマルと言われた侍。

 一目見てわかる。

 この一行の中で、コイツが一番強い。

 その感覚が魔王だから感じられるものなのかはわからないが、とにかく背筋に奔った悪寒がこの男を近付けてはいけないと告げていた。


風風千壁ウィンドプロテクション


 手を前にかざす。

 掌から放たれた風の圧をガンジマルに叩き付け、吹き飛ばす。


 とにかく近寄らせない。

 どれだけの手練れでも間合いの外から斬っては来られまい。


 しかし隣に居た勇者には効いていない。

 聖剣は盾の役割も果たすらしい。

 魔王の魔術も足止め程度か。

 勇者に視線を合わせたと同時に、風を切る音を鋭敏な聴覚が捉え、別方向からの攻撃を知らせる。

 すぐさま身を反らせると、矢が目線の先を通り過ぎて行った。


「よし! そのまま援護を頼む! ロアネハイネ!」


 弓を構えた女の子が、視線で射る様にこちらを見ている。

 彼女の短く切りそろえられた短髪の天辺には、獣毛感漂う三角形の耳が二つ、ピンッと立っている。

 更に彼女の肩の後ろには、狐を思わせるモフっとした尻尾の先端がある。ホットパンツを穿いているが、尻尾の付け根は一体どうなっているのか。ここからは窺い知れない。

 彼女はそれを、勇者の言葉に応えるように一度だけ左右に振った。

 解った、と言うことなのだろう。

 視線は俺から外れない。

 髪の毛一本の油断が入る隙間さえない。


 このまま逃げるだけでは駄目だ。

 こちらから打って出ないと殺される。


魔剣召喚デビルブレイバー


 何もない空間が歪んで、黒く蠢く。

 そこに手を突っ込み引き抜くと、禍々しいオーラを放つ、2メートルはあろうかと言う巨剣が姿を現した。


 魔剣を構える。


 勇者に一撃を与える為、爆ぜる様に跳躍。

 間合いを一気に詰め、思い切り振りぬく。


 しかしどういったわけか。

 勇者は聖剣で防御しただけだと言うのに、魔剣は思い切り弾き返され、壁に突き刺さった。


「聖剣の力、見くびるなよ」


 俺は瞬時に理解した。

 聖剣は魔王殺しの為に神が世に放ったものだ。

 だからきっと、魔王の魔術も魔剣も相性が悪いのだ。


 なんだよ。神。

 こんなに強い勇者が居るじゃあないか。

 それなのにどうして俺をわざわざ魔王に仕立てて、自殺させようとしたんだ。


 クソ。

 クソクソクソ!

 

 スケルトンは無意味に殺された。

 ただ魔王の部下だってだけで。

 仲間を呼ぼうとしただけで。

 これじゃあ初めから神の言うとおりに死んでおけば良かったってことになっちまうじゃあないか!

 そんな無茶苦茶な話あるかよ!

 死んでおいた方が良かった人生なんて!

 俺は生きたいんだ!

 ただ生きてたいだけなんだ!

 無意味に浪費するだけの時間も、上司にへつらい切り売りする尊厳も、世間体に淘汰されそうになる薄弱な意思も迷いも、人生のその何もかもが全部なかったことになるくらいの大義名分を抱えて、世界を救って皆に認められたかった!

 神に選ばれた時そんなことを夢見たんだ!

 前世の俺は生まれる場所を間違えただけなんだって!

 頑張ればできるんだって!

 そうやって、生きて居たいんだ!

 生きて行きたいんだ!

 邪魔はさせない!

 たとえ相手が勇者だろうが、世界に歯向かおうが、神を敵に回そうが、関係あるか!

 俺は生きる!


 ――その為に戦う……。


 この世界にはない、特に魔王が使うようなものじゃあない、それでいて殺傷能力の高い武器があれば太刀打ちできるかもしれない。

 なら、これならどうだ。


米軍拳銃ベレッタ92F


 空間が歪み、そこからベレッタ92Fが落ちてきた。

 俺は手に取り、すぐさまスライドを引きコッキング。

 勇者に向かって構え、トリガーを引いた。


 ――ガゥンッ!


 マズルが吼える。

 撃ち出された弾丸が勇者の聖剣を正確に捉え、弾き飛ばす。


「なっ!?」


 もう一撃。

 そう思って構え直す。

 が、優秀な射手がマズルに矢を突き刺していた。

 銃を捨て時短詠唱。


獄炎の無限軌道インフェルノキャタピラー


 目の前の空間が割れ、重厚なエンジン音を響かせながら、火だるまの戦車が現れ、そのまま勇者一行に突撃していく。


「危ない!」


 神官風の女性の――ネイアの声が響いた。 

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