ショーアの別れを惜しむ気持ちは、俺じゃなくてカレーに向いていた

 トラブルの元が一つ減る。


 これは、今俺が直面している現状だ。


「ショーア様を返しなさい!」

「諸悪の根源めっ! 成敗しますっ!」


 前にもそんなこと言われた記憶があるぞ?


「お止めなさい! この方を邪悪呼ばわりなんてとんでもないことです! この方は、ただ、幼いだけなのです!」


 えらい言われようだな。

 いや。

 必ずしも、俺に向かって言われた言葉とは言い切れない。

 ショーアも、そして突然の乱入者達集団も全員俺のことを見ているが。

 ほら、よくあるじゃないか。

 あなたの後ろにいるの、とか何とかいう変な存在が。

 俺の後ろにいる奴に向かって言い放ってる可能性が、微粒子レベルでまだ存在する。


「コウジさんの活動を、診療所を出てからずっと見ていました! 私以上の献身ぶりでした! その精神を見習うためにそっちの方を皆さんにお任せしたのです!」


 同姓同名の存在がいる可能性も……。

 ショーアの言うコウジと、この俺、畑中幸司が別人である可能性も。


「……コウジさん。申し訳ありませんが、ご本人からも何か言葉を……」


 なくなった。

 なんでこう、面倒事が向こうからやって来るのか。


「そ、そんな目で睨まなくてもいいじゃないですか……。いえ、私がしっかり伝えなかったのが悪いのですが……」

「暴力沙汰に発展しない分まだましだけどよ……」


 ただの詰問だけだから問題ない。

 と思うのは、俺の感覚、危機感が鈍くなってきたせいなんだろうな。

 修羅場を体験すると、耐久力というか度胸というか、そんなものが高まっていく。

 一般人の感覚から相当ずれてると思う。

 異世界人を目にしても全く動じなくなったからな。


 人間だけしかおらず、大勢でひしめき合ってる場所を見ると、逆に違和感を感じるようになった。

 普通の人間に戻りたい……。


「何をお嘆きになってるのですか?」

「……いや、何でもない……」


 加えて、ショーアの俺に対する物言いが、高貴な方に接するような感じなのも問題だ。

 いや、それに慣れていく俺の方が問題か。


 この乱入者の集団は、ショーアが運営していた、いや、今もしているのか。その全診療所の副所長のような立場の者達らしい。

 ショーアはすべての診療所の所長の肩書を持っているんだそうだ。

 だが……二十人くらいはいるぞ?

 もちろん二十人全員が一気にこの部屋にやってきたんじゃなく、一人か二人かずつやってきて、全員集合を確認して俺の所に押し寄せてきたって感じだ。


 ショーアを連れ戻すために、全員が全員、全身傷だらけになってやってきたらしい。

 こいつがここにきてから半年は経ったか。

 ここに来た目的が何となくぶれてきたようにも見えてたし、おそらく本人もそれを自覚したんだろう。

 帰る身支度を始めた。


 連れ戻しに来た連中は、ショーアは反発すると思ってたんだろうな。

 そして俺もそれを阻止してくると予想してたんじゃないか?

 それが、思い通りに事が進んで拍子抜けってところだろう。

 顔に思いっきりそう書かれてる。


 出会いもそうだし別れもそうだ。

 突然にやって来るものなんだが、こいつらはそんな大したもんでもないし、何度も言うが感慨深いもんじゃない。

 だがショーアには特別なもんだったんだろうな。


「明日、戻ることにします。名残惜しいのですが……」

「いや、こっちは全然名残惜しくはないのだが?」


 俺の反応で、その迎えの連中は更に驚く。

 俺がこいつを攫ったとでも思いこんでたんだろうか。

 ホントにどこでどんな風に噂が変化してるのか、それは知りたくなってきた。


「お前ら、そんな大勢で来るから、ここに来て休養したい奴が入って来れねぇんだよ。さっさとこれ食ってとっとと出てけ」


 だからと言って、こっちは向こうの言いなりと思われるのも癪に障る。

 最後の晩飯は激辛カレーでお見送り。


 避難者のみんなにも申し訳ない。

 巻き添えにしちまったな。

 辛さの好みはあるだろう。

 その質問もしないし、もちろん答えも聞いてない。

 もっと食いたい、とても食べられない、そしてもう食べることができない。

 そんな思いでみんなが泣いてる。

 ざまぁみろ、だ。

 そっちが勝手に持った俺のイメージをこっちに押し付けた仕返しだ。


 もっとも最後の感想は一人だけだったが。言わずもがなだな。


「いいじゃないですか。来ようと思えばまた来れるんでしょう?」


 部下の一人から慰められている。

 その慰めの言葉は、やはり俺には、ここは自分らにとって都合のいい場所としか思えない言い草にしか聞こえない。


「集団で来たことが、ここが必要な冒険者らの助け舟を奪っている、と考えたことはないか? ここには人数制限があるんだよ」

「も、申し訳ありません!」


 即頭を下げたのは、残念ながらその部下じゃなく、ショーアだった。

 その姿勢を良しと思わなかったんだな。

 部下達はショーアを止めようとしてた。


「理想の姿を追い求めるのはいいけど、責任持たなきゃならん立場になったら、まず足元何とかしろよ。こっちはいい迷惑だ。俺は、お前らの意志通りに活動してるわけじゃないんだからな?」


 自分の責任とカレーを天秤で量るなよ。

 立場から解放されてうれしい気持ちも分らんでもないがな。


 もっともこの集団には、俺の言うことが耳に入らないようだが。

 だがこれは俺への教訓にもなる。

 周りからつけられた渾名が、それを聞く者にイメージを植え付けて、そして本人に押し付けられる、ということ。

 いまだに時々救世主と呼ばれる。

 いい加減名誉返上したいものだ。

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