シェイラの罪状:勉強不足ゆえの無知

「……確かにコウジは、何かの意志を持ってここで仕事をしてるわけじゃない。けど、それでもイゾウがやってたことをそのまま続けてる。そして誰かのために部屋を作って、寝泊まりできる設備も整えたようね」


 言われてみれば、惰性でやってる仕事にしては、あまりに手間暇かけ……過ぎてるわよね。


「そして、イゾウよりも多くの人達の面倒を見てる。……小さい頃にイゾウから面倒見てもらった私は、それを続けている限りはコウジを支えてあげたいと思うの。恩返し、というにはささやかなものかもしれないけど」


 支えてあげる……といっても、コウジは所詮、私達と違う世界の人でしょ?

 そんな彼に何をすれば支えになるっていうのかしら?


「イゾウが私にしてくれたこと……。いえ、この部屋をどのような場所にしようとしたか、それを考えれば……わかるでしょ?」


 私とコウジが住む世界は別だ。

 けど、他にもたくさんの世界が存在することを知った。

 ……お母様や私が、そんな努力をしたとしても、この部屋にどれだけの効果が現れるだろう?


「でも……私達の国の者を引き取ることで、私達とは無関係な場所や人達を巻き添えにすることは防ぐことはできるでしょ?」


 ……それであの兵達を連れてったのか。


「それと、そのアール、という少年のことも」


 そうだ。

 お母様の昔話に聞きいって、すっかり忘れてた。


「……まず、この部屋の中であらゆる力が平均的に一番低いのは誰かしら?」


 一番低い人物ならすぐに名前は挙げられる。

 コウジだ。

 コウジの世界では大人で、それなりの力はあったとしても、異世界の冒険者達とは比べ物にならない。

 魔力、魔術だって全くない。

 けれど、いろんな人と接してきたんだろう。

 知恵や経験はたくさん積んでいそうだ。

 冒険者達は、そっち方面の知識や知恵なら突出してるがそれ以外はからきしの者が多い。


 でも平均的に、となると見方は変わってくる。

 アール君は、体力、筋力は間違いなくコウジより低い。

 魔力や魔術は比べるべくもない。

 学術は……偏ってそうな上に、特定のジャンルではほとんど何もなさそうだ。

 向学意欲は高いが、求める知識のレベルが低い物もある。


 平均的に低いのは、間違いなくアール君だ。


「シェイラは、アール君とやらがスパイ活動してるんじゃないかって心配してるんでしょう?」


 そう。

 一番心配なのはそれ。

 そのスパイ活動にコウジが貢献している、なんて考えを持つ者だって、出てこないとも限らない。

 コウジがどんなに自己弁護しても、私がどんなにかばっても、そんな者達を説得できるかどうかは分からない。


「でもそれは、私達の世界での争いごと。この部屋やコウジは無関係。コウジなら『そんな争いごとは知らない』で済まされることよ? だってあんな感じですからね」


 お母様は苦笑いで済むかもしれないけど……。

 でもそのこととアール君がここに来た目的とは話は違うでしょ?


「たしかアール君はデュードル出身……あれ? 国? だっけ?」


 アール君が自己紹介した時は、確かデュードル公国って言ってた。

 でも地理を勉強した時は、デュードル魔術学術局という、ゼーラン帝国国内の領土って習った。

 ……ただの呼び方の違い、かな。


「そもそもデュードルはゼーラン帝国とは別の国だったのよ」


 な、なんですとーっ?


「元々デュードルは学問に優れた地域だったから、デュードルを庇護するという名目でゼーランに学術を普及させ、その代わり経済や食料問題を解決していったのよね」


 確かデュードルの北方は海。周りはゼーランに囲まれてるから、経済はともかく食糧問題は人道的問題だから、そこには非はないわよね。


「けど通貨はデュードルでも通用するようになっていったから、ゼーランは局扱いするようになっていった」

「それでアール君はデュードル公国って言ってたのね」


 見解の相違、なんだろうな。

 でもそれがどういう風になるの?


「デュードルはゼーランの政策の方針には従うことが多くなったけど、結果的にそうなっただけ。魔術や学術の開発発展は独自で活動してるから」

「それじゃ、アール君がここに来てるのは……」

「……魔術学術局、と呼ばれるとき、当然局長の立場に立つ人が必要になるわよね。あなたから聞いた話の通り、アール君の師匠のエーケイって人が恐らくそうだと思うわ。エーケイ=クイーク」


 やっぱり……これってまずくない?


「デュードルは国を名乗ってるから、政治や外交でこの人が矢面に立つことはあまりないのよね。魔術や学問の第一人者としては有名だけどね」


 ……確かにあまり、というか初めて聞いたような気がする。

 っていうか、国王じゃないんだ。


「それにデュードルを庇護するゼーランの名目って、あまり意味がないのよね。デュードルの高い水準の知識や学問、教育の仕組みなんかは既に世界中に広まってるから。というか、デュードルが自分からそんな風に動いてる節があるのよね」


 はい?

 何ですかそれは?


「ゼーランに伝える学問や知識は世界に広められる物。そうでないものは自国内に留め置く物としてるってこと」

「……つまり私の心配は……」

「心配無用ってことね」


 ……私の気苦労、どうしてくれるの……?


「勉強をあれだけ嫌がった報いです」


 はぅぅ……。

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