弓戦士、ノートに書く:邂逅

 もう昔話になっちまうくらい昔になるのか?


 俺がどついたコボルトのガキが、この部屋にノートを据え置くことを思いついた。

 そのノートの世話になるとはなぁ。


 まあその話はいいや。

 このノートに書かずにいられないことが起きたんでな。


 まあ俺らの世界にも、あんなことを言い出す輩はいるんだわ。

 世話になってんのに、世話をするのは当たり前だろうってでかいツラしながらほざく奴。

 誰かに命預けないとやっていけない冒険者稼業。

 なのにそんな考え方でよく生き延びてきたもんだ。

 逆に感心してしまう。


 コウジ達が振る舞ってくれる握り飯なんだが、基本的には無償提供らしい。

 かく言う俺もここに最初に来たときは、命からがら、なりふり構わず逃げ込んだって感じだった。

 他の連中もそうだろうが、百戦錬磨を謳っている冒険者ってな。


 けど勝てそうにない魔物と鉢合わせすることもある。

 野っ原なら逃げようはある。

 けど天井と壁に囲まれた迷宮じゃ、瞬間移動で逃げることも危険だ。

 逃げた先が魔物達の住処だったり、石の中にいる! なんてこともあるからな。


 そして、現実は非情である。


 勝てそうもない魔物相手に逆転の一手がある、なんてことを考えるのはガキの妄想だ。

 とにかく敵の足止め、目眩まし。

 こっちのダメージ回復、回避能力向上。

 そのための術やアイテム使いまくり。


 ここに逃げ込めた俺の持ち物は、ボロボロになった防具と、まだ何とか使えそうな弓矢だけ。

 そして逃げ込んだ先は、魔物がどこにもいない、しかも追ってくることのないこの部屋だった。

 泥のように眠ったのは言うまでもないだろう。


 しばらくして揺り動かされた。

 薄らと目を開けると、身なりは俺とそんなに変わらない見知らぬ冒険者から、目の前に握り飯を出された。


「食いな。元気になるぞ」


 言われるがままに手を伸ばして握り飯を受け取った。

 かぶりついた。

 飲み込んだ。


 その記憶しかない。

 味も覚えていない。

 食べきってまたすぐに眠り込んだからな。


 死を覚悟したダンジョンの中。

 それが、少し移動しただけで周りが一転した。


 この部屋には布団のような、ぬくもりを感じさせるものはない。

 だが、今まで生きてきた中で、心の中が一番安心感で満たされた気持ちになった。


 次に目を覚ましたときは、頬に涙が流れてた感触があった。


「起きたか、若者よぉ」


 初老と思われる男の冒険者が話しかけてきた。

 俺に握り飯を持って来てくれた時に聞いた声だった。


「あ、ありがとうございます。何か、食べ物を……」


 その男は、自分の顔の前で手のひらをひらひらと動かした。


「違う違う。あの握り飯はな、あの男、コウジっちゅうもんが作ってくれた。と言っても、ここに来るもんみんなに振る舞ってくれる」


 体がまだ回復しきっていなかった。

 ふらつきながら、それでも俺は、珍しい透明な板の台のそばにいる男に近寄った。


「あ、あんたが握り飯を作ってくれたのか?」

「あ? 別にあんたのためだけに作ったわけじゃねえよ。あんたを含めたみんなに、な」


 すべて空になったトレイを重ねて、面倒そうに答えた男。

 無愛想だが恩義ができた。

 しかしこの男はそう言うと、俺に何の関心を示さないまま視線を外した。


「お、おい。コウジ、とか言ったか?」

「あ?」


 言い辛い。

 だが言わなきゃならない。


「握り飯、とやらの代金」

「いらねえよ」


 最後まで言い切る前に拒否された。

 いらない、とはどういうことだ?

 その台の脇には雑多なアイテムが置かれてある。

 ほとんどゴミのような物。

 珍しい物。

 貴重な物。

 高価な物。

 これらが代金代わりじゃないのか?


「出したきゃ出してみればいいさ。何かを持ってたらな」

「あ……」


 何も持ってなかった。

 弓矢を渡すわけにはいかない。

 かと言って、何も出さないわけには……。


「そんなツラしてんなら、お代代わりにこっから好きな物持ってってくれねえか?」


 言ってる意味が分からない。

 支払いを物で済まそうと話しかけたら、必要な物があったら持って行け、だと?!


「何に使っていいかわからん物だらけだ。こっちじゃ全部ゴミにしかならん」


 その事情を詳しく聞いて、そこで初めてこの部屋は俺のいた世界とは別の場所ということを知った。

 この部屋の管理人……ってことは、神かあるいはその類いか?


「俺はただの人間だよ。お前さんの役に立ちそうな物、なんでも持ってけ」


 無事に生還してから仲間達と無事に合流した。

 コウジのことを救世主と呼ぶ者が何人かいることをそこで初めて知った。

 本人は人間だと言い張ってたが、最早何者であっても構わない。

 俺に何をしてくれたか。

 一番大事なのはそれだろう。


 話を戻そう。


「だが……命を救ってくれたんだ。それが俺にとって、とても有り難い」

「最初の頃は、ここに来る者の人数は、年に一人か二人くらいだったらしい」

「?」

「それ位ならただでくれてやる。けど次第に人数が増えてきたっぽい」

「あぁ」

「こっちからは金をもらって、そっちからは金を受け取る。そういうのって、何か裏がある。そう思う奴も出てくるよな?」


 確かに。

 金を取られる方は、向こうはただでもらえてうらやましいと思う。

 ただで握り飯をもらえる方は、金を受け取る代わりに何かをサービスしてもらってるに違いない、と思うだろう。


「そんな誤解を受けたら、解くのも面倒くせえ。次の握り飯タイムの準備もしなきゃなんねえってのに。何も持ってない奴もいるんだぜ? 何か寄越したら握り飯くれてやる、なんて言ったら、それこそ人でなしだろうしよ」


 それもそうだ。


「こっちだって仕事持ってるしよ」

「これが仕事じゃないのか?」

「……こんなお喋りする時間だって惜しいんだよ。本業は雑貨屋の店主だ」


 コウジはそう言うと、壁に向かって手をかざして横にスライドさせた。

 そのまま壁に向かってぶつかりに行ったが、壁の向こう側にすぅっと消えていった。


「に、人間じゃねぇだろ……」


 でも、仕事しながら、それなりに時間をかけて、大量の食い物を作ってくる。

 話し方に親近感を持つが、やはり何となく、尊い思いも持たずにいられなかった。

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