コボルト少年の置き土産
「えっと……コウジさん」
コボルト父子をショーケースの所で見送って、その姿が消えた後にコルトが俺に恐る恐る話しかけてきた。
握り飯配給も、トラブルを抑える作業なんて遠い昔のように思える。
だから別に話しかけられても困りはしないんだが、こいつから遠慮がちに話しかけられるときって、答えるのが面倒な話題が多いんだよな。
だからって無視するのも心苦しい。
だってこいつがいるおかげで俺が助かってることが多くなってきたから。
「なんだよ。あ、アイテムを使って作る道具で、今みたいに必ずしも俺の店の方に貢献しなくてもいいからな。してほしいけど」
目的は受け取ったアイテムを減らすことだからな。
と、話を誤魔化してみる。
「コウジさんって……ご両親、亡くなられたんですか?」
あ、蒸し返すのね。
ってか、あの子供に俺のことを話しした時にいたんだっけ?
「祖父ちゃんと祖母ちゃんにここで育てられた。親父もおふくろもここの訛りは理解できた喋ってたこともあったけど、俺にはよく分かんなかった。だから子供の頃の友達なんて……うん、まったくいなかったな。それが幸いして、お前らの世話に没頭できるってわけだ」
「寂しく、ないんですか?」
ただの野次馬で聞いたんじゃなかったのか?
聞いてくる質問の意図が分からんな。
「そんなこと考えてる暇はねえよ。あのな、コルト」
「はい、なんでしょう?」
「お前は今まで生きてきて、今まで食ったおかずの種類、料理の名前をあげて数えられるか?」
「は?」
コルトはキョトンとしている。
こっちは別に、質問を質問で返したわけじゃない。考えてる暇はないって答えたんだからな。
「数えきれないだろ? でもな、ここにきてお前は今まで食べたおにぎりの具の種類を数えられるか?」
「え? え、えーと、シャケって言ってましたね。それとイクラ? タラコ、コンブなんてのもありましたっけ。お肉もたまにありました。メンタイコはあまり好きじゃないかな。ご飯? になんか混ざったのがありましたけど食べたことはないですね。人気ありますからすぐになくなるんですよ。それと……一番大好きな梅です」
一番人気がない梅が好きとは。
まぁ最初に食った握り飯がそれだったから、かな?
「……数えられるだろ? だが普通の料理だと数えきれない。そしてここに長く滞在するやつらもいる。具の種類が少なければ、握り飯作りの時間は少なくて済むけど、『またこれか』っつってげんなりするだろ?」
「大好きなおにぎりはあまりそんなことは思いませんが、ずっと食べ続けてたらそうなりますね」
「好きじゃない物を手にすることもある。栄養補給の時間がつらく感じる奴も出てくる。だから中身の種類を増やさないとなーって、いつも考えてたんだよ」
「コウジさん……」
何かこいつの目がウルウルし始めてきたぞ?
握り飯の具の話で感動するなよ。
「お前のおかげで、そんな時間を取ることができた。けど時間の余裕が増えたからって、そんなこと考えてるヒマなんかないし考えるつもりもない。人ってのはいつかは死ぬもんだ。けどここに来る奴らは死ぬために来たんじゃないだろ?」
さりげなく移動する。
この話はそこの男に聞かせるにはちょうどいいだろ。
俺は別に、この部屋に来てほしいと願ってるわけじゃない。
来てほしくないとも思わないが、例外もある。
「食うことで力が湧く。けど食欲がない奴に無理に食わす気はない。休むだけで元気になれるって奴もいる。だがな……」
コボルトの少年から差し出された握り飯を拒絶した男のそばに到着。
コルトも俺についてきた。
俺を見ている奴は見ているが、全員からは注目されていない。
聞かなきゃならない奴に聞いてもらえればそれでいい。
「自分から、生きようって気持ちがない奴はここに来れるはずがないんだよ。結局ある程度は自力で移動しなきゃならないんだからな。だからここに辿り着いた奴は、みんな力をある程度取り戻して、そしてここから出て行って難局を打開するんじゃないのか?」
俺の足元にいるその男は、頭部は目以外隠している。
その目で俺を見上げている。
何かを言いたそうにしてるが、別に俺はそいつの話を聞く気はないな。
必要以上の話は、相手がコルトでも話を聞くつもりはない。
「絶望の中で死ぬんなら、ここでなくてもいいだろ? つーかここで死なれちゃ困る。そいつの世界で死んで行け。ここは避難所じゃなくて、苦しい場面から体勢を立て直す場所だ。俺の世界へは俺にしか行けない。そっちの世界の者は、本人が移動できなきゃ同じ世界の者とでしか移動できない」
「……そうですね。私も寿命が分かった時にはここから去らないと、ですね」
文字にすれば、それこそ寂し気なコルトの言葉だが、その声は力強い。
明らかに、俺に依存はしないという決意がそこに聞き取れた。
コルトを見ると、その顔つきがなんかかっこよく見えた。
「それでも弱音を吐きたくなる時もある。そりゃ仕方がないことだろうよ。でもそのためにあいつはあれを残していってくれた」
「あのノートだろ? ただのガキかと思ってたけどよ、いい仕事してったじゃねぇか。俺の刀と同じくらいの価値はあるぜ?」
弓戦士がいつの間にか俺の後ろに立っていた。
よくよく思い返してみれば、コルトが手伝う前までの握り飯時は、何となく殺気立ったというか、誰も彼も今見られるような穏やかな表情は少なかった。
コルトが来てからと、あの子供がノートの用意を俺にさせた時だな。部屋の雰囲気が格段に良くなっていったのは。
そう感じさせたのは、ここにいる奴らの表情だ。
「俺はあんたの愚痴は聞くつもりはないが……あのノートに何か書いてみたらどうだ? 少しは気が紛れるだろうよ。そんな気がなきゃ、ここに来たい奴のために一人分、枠空けてやれよ」
つまりここから出ていけってことだ。
定員があるみたいだからな。
助かりたい奴が順番待ちをしている可能性を考えれば、その熱意を持つ奴にその機会を与えてやりたいとは思う。
「……あぁ」
座り込んでいた男はゆっくり立ち上がって、部屋の隅のノートの方に歩いて行った。
「さて、コルト」
「はい」
「いつも通り道具作り、頼むぞ」
「はいっ!」
こうしてまたここでのいつもの時間が流れていく。
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