コボルトの少年、はた迷惑をふりまわす

 俺は毎日握り飯を作っている。

 それを食べるのは、この部屋に来た異世界の冒険者達。

 けど、俺の仕事の助けになる作業を受け持ってくれてる女エルフのコルトも食べる。

 が、休息を取るばかりの冒険者とは立場が違う。

 その功績を称え、感謝の気持ちを形に表すべき。

 そんなことをその冒険者達から言われた。

 他人から言われるまでもない。ずっと前から思っていたことだ。

 コルトが喜ぶようなことと言えば、毎日の食事に工夫を凝らすことくらいしか思い浮かばなかった。


 異世界の人だって、水分も塩分も必要だろう。

 ということで、うどんを出してやった。


 屋根裏部屋の室内にコルトの個室は作れない。

 だから避難している冒険者達と寝食を共にする。

 連中もそのことを分かっているうちは何の文句もなかった。

 けど、無邪気と言うか欲望丸出しと言うか、「俺も仕事をしてやったぞ。俺にも食わせろ」と、避難している冒険者達の一人、コボルト族の子供が騒ぎ出した。


 うどんの匂いは異世界人をも悩殺するってことか。


 しかしそんな暢気な事を考えてる場合じゃない。


 してもしなくても誰も得をしない作業のことを『余計なお世話』と呼ばれる。

 その仕事をやって誇らしげに俺にアピールすることを、『恩着せがましい』と呼ばれる。

 そんなに元気なら、体力も完全に回復してるだろうに。


「そんなにうまいもん食いたいならとっとと国にかえ……」


 思わず口に出たいつもの言葉なんだが、途中で言葉を止めた。

 ちょっとおかしくないか?。


 何度も言うが、魔物に襲われて命の危険にさらされた奴らは何とかして逃げようとする。

 ここに繋がる扉が現れるか見つけるかして、ここに辿り着くんだそうだ。


 振り返ってみる。


 力なく座って壁に寄り掛かってた怪我人二人に握り飯を持ってった男戦士も、コルトに握り飯二個持ってった女魔術師も、コルトへの待遇改善を言い出した連中もそうだった。

 コルト自身も他の冒険者に背負われてやってきた。

 コルトを背負ってやって来た冒険者も、装備はボロボロで何とかしてここにやって来れた。


 そして、この目の前で騒いでいるコボルト族の少年も、瀕死とまではいかないまでも、意識があったかどうか怪しい状態だった。


 それはいい。そんな怪我人がやってくる場所なんだから。

 問題は、あちこち破損しているとはいえ、まぁ冒険者としてそれなりの装備は身につけているコボルト族の子供。

 そんな子供がなんでここに来れたのかってことだ。


 倒せそうにもない魔物がいる場所に、こんな年端のいかない、冒険者として経験がほとんどなさそうな子供が踏み込むか?

 冒険者としては弱そうなコルトですら、裏切られたとは言えパーティを組んでダンジョンに突入していったんだぞ?

 まぁこいつの事情を興味津々で尋ねようとする奴もいなかったようだがな。


「……お前、帰るつもり、あるよな?」

「お前って言うな! 俺にはウォックって名前があるんだ!」


 誰も名前なんか聞いてない。


「あーはいはい、帰れよ。もう」

「何を言ってるんだ。俺がお前のためにここにいてやってるんだぞ?」


 話がかみ合わない。

 規則は何もないから好きにして構わないのだが、それはこっちに干渉しない限りという前提だ。

 この部屋の外に連れ出そうにも、連中の言う扉を見ることはできないし触ることもできない。

 連中は、俺が開け閉めするふすまに触ることはできない。

 厄介な冒険者がやってきちまったな。


「そもそもお前は何でここに来れたんだ?」


 こいつがここに来た経緯を知れば、同じ世界の同じダンジョンから来た奴に託すことは出来るかもしれない。

 しかし。


「お前じゃねえよ! ウォックだ!」

「あー、はいはい。ウォックはどうやってここに来たんだ?」

「さんとかつけろよ! なんでたかが給仕係からそんな風に呼ばれなきゃなんねぇんだよっ!」


 あー、我がままに育った子供なわけね。

 親はそんな性格の子供を家から放り出したわけだ。

 行く当てもなく、とにかく武勇を示したいために目についたダンジョンかどこかに入り込んで、今に至る。

 そういう……。


 ガンッ!


 部屋中に響いたその音で、俺の妄想は止まった。

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