俺の店、いろんな意味で楽になりそうだ
俺の店『畑中商店』の屋根裏部屋に入ることができる者は、まず俺。
そして、階段を通らずに来ることができる、この世界の人間じゃない連中だ。
いわば異世界の住人達といったところか。
だが異世界と一言で言うが、その数は数え切れない。まぁ数える気はないけどな。
なんせその数、十や二十じゃないらしい。
しかもダンジョンや迷宮の中と繋がってるんだと。
「どこでも繋がってるわけじゃねぇ。あまりに強大過ぎる魔物から、あらゆるアイテムをほぼ使い切って、おまけに体力に魔力もなくなりかけて、命からがら逃げきって、気付けば壁沿いに扉があって、ってな」
何で上手く韻を踏ませてるんだ。
そのこだわりが妙にウザい。
「さらに詳しく言うと、その扉の先はこの部屋じゃなくて、その一つ手前の部屋。同じ世界ならその手前の部屋で合流できるみたい。もちろんタイミングが合わなきゃ会えないけどね」
ほら。
この女魔術師だってこう言いながら、俺とおんなじ目でこの鎧騎士の男を見てる。
この男、分かってんのか?
ってことは、そんな経験を持つ者が何人かいたってことだよな。
けど腑に落ちない点がある。
コルトはどう見ても熟練の冒険者じゃない。
そんな未熟者が仲間にいるグループが、そんな途轍もない敵を倒しに行くものなのか?
「強大な魔物が相手が条件とは限らないわね。私達には雑魚でも、そのパーティでは討伐は無理って相手なら、ここへの扉が見つけられるみたいね」
なるほど。
それなら納得だ。
「『ここから出られるわけがない』と言うのは、この部屋の外にはそんな敵がまだ存在していて、しかもこちらは一人きり。誰も応援にきてくれないっていうことか」
もし出られるとするならば、コルトが入っていたパーティか、それらと同じくらいの実力のパーティと合流できた場合か。
けど、コルトがここにいるという情報が入り、なおかつ彼女を助けに行こうとしない限り無理ってことだ。
彼女が入っていたパーティならば、彼女の情報は当然持ってるだろう。
だが彼女を置き去りにして逃げ去ったパーティだ。
合流しても同じような敵に遭遇したら、また置き去りにされるだろうな。
かと言って、一人で何とかしようとしても、そんな敵がそばにいる事態は変わりない。
自殺行為、としか言いようがないよな。
「……泣くなよ。俺にその扉が見えないように、お前らには見えないだろうが、ふすまという扉がこの部屋にはあるんだ。この部屋の壁の向こうは外だ。だから空気がよどむってことはないから安心しろ」
しかし屋根裏部屋だ。長く居れば圧迫感も感じるだろう。
小窓も見えないようだから外の景色も見えないはずだ。
そのせいでストレスが溜まるのは、流石に気の毒に思える。
「ま、ここにずっと居っぱなしってわけでもなかろう? そっちのダンジョンとやらは知らないが、合流部屋もあるって話なら、この部屋と行ったり来たりすることもできるんじゃないか?」
往復できれば、その場しのぎ程度だろうが気分転換にはなるだろう。
そこまで俺が気を遣うことではないだろうが。
「ここは確かに天井が狭っ苦しいが、合流部屋は天井が高くて同じくらいの広さ。しかも四方が岩肌だ。それに比べて……」
「扉をくぐると酒場のような床と壁。天井が高けりゃまさしくそんな感じだ。」
そういう冒険者達の顔はやや明るい。
俺が悪いわけじゃないが、そんな表情を見れば、何となく俺の気も晴れる。
あとは……。
「仮に……仮の話だからな? もしお前がここで、その魔物を倒せるくらいに急成長したら出られるんだろ? そうなったら、ここにいるよりはましじゃないか? その時には出る前に一言言ってもらえると……」
と言いながらこの女エルフの方を見ると、泣きそうになっている。
「そんな……。私、ここしかいられる場所がないのに……」
何か周りからの視線が痛い。
見た目が明らかに年下の異性を泣かせてる図は、流石に俺の方に分が悪いか。
でもしょうがねぇだろ。
「お前は俺の世界の人間じゃない。お前の世界の住人だろ? だからお前はお前の世界に戻るのが自然なんだ」
間違ってないよな?
間違ったこと言ってないよな? うん。
「けどお前の仕事は俺にはかなり助かった。だからそんなお前が自然の道理の通りに自分の所に帰ることを決めたなら、その前に一言声かけてくれって話だよ。とっとと帰れって話じゃない」
理解しろよ。
挨拶もなしにいなくなるのは、握り飯目当てのこいつらだけで腹いっぱいだよ。
「じゃあずっとここにいていいんですね?」
「だーかーらー、俺が許可する、しないの話じゃねぇよ。それはここに来た奴らが自分で決めることだ」
分かんないかなー。
一々細かい事言えば、まるで俺がこいつらに命令してるみたいじゃねぇか。
そんな権限はねぇよ。
「握り飯を受け取らずに休むだけの奴もいる。当然何も言わずにいなくなる。自由に決めていいんだから。お前だってそうだぞ?」
けど、休息を目的に来た奴らとこいつとは違う点がある。
「だがな、ここで俺の手伝いするって言うなら、俺の仕事にも関わるんだよな。けどその仕事の最中にいきなりいなくなられると困ることもあるかもしれないってことだよ」
これからお手伝いします、って宣言するなら、その終わりには、お世話になりました、の一言くらいあってもいいだろ?
違うか?
丁寧に説明したつもりだが、理解が遅いのかくどくなっちまった。
「分かりました。じゃ、道具作り、続けますね」
「ちょっと待て」
「え? 何か失敗しちゃいました?」
うん、間違いない。こいつ天然だろ。
天然を相手にするのもちと面倒くせぇな。
「両手に握り飯持ちながら、何の仕事ができるんだよ。全部食ってからにしろよ」
真っ赤になった顔を握り飯で隠す仕草は可愛いんだけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます