未熟な女冒険者の、意外な活躍
握り飯を屋根裏部屋に運んだ途端、始まる握り飯争奪戦。
マジックみたいに目の前で突然握り飯が消えることは絶対にない。
なのに何を焦って殺到するのか。
ところがコルトという女エルフが、俺の手伝いをするって言い始めた。
何をやらかすのやら、と思ってた。
俺が部屋から出ている間に何かしたんだろうな。
そんな争いごとがなくなって、部屋の雰囲気も穏やかになったんだから驚きだ。
それに目障りなガラクタが、何やら役に立つ道具へと生まれ変わったんだとか。
いや、魔法でガラクタを変化させたとかじゃないらしい。
その様子を俺は見ていないし、どんな物になったかも知らない。
ただ、それを目にした冒険者らが持ってったらしい。
武器や防具の代わりにできる物って話だった。
コルトとやらのおかげだってことは分かる。
そのコルトが今、俺の目が届く範囲でそのガラクタに何やら細工を始めてる。
けど俺は彼女からその話を聞くことは出来なかった。
いくら握り飯から目を離しても問題ないと言っても、ショーケースの前から離れるわけにはいかなかったから。
どれに何の具が入っているかと言う説明がほしいんだと。
握り飯の中身を聞いてくる冒険者達の相手をしながら、時々コルトの方を見る。
ゲームに登場していそうな武器や防具っぽいのは見えた。
ここに来る冒険者達のほとんどは、その直前までそれぞれの迷宮などで悪戦苦闘していた者達だ。
たとえ即席だったとしても新しい装備品があれば、少しでも光明は見えるものなんだろうな。
コルトは今、何やら魔物の皮でグローブみたいなのを作り、握り拳の先や爪の先に、魔物の牙っぽい物をつけている。
「器用なもんじゃないか」
さっきまでいくつかの素材が彼女の周りに置かれてあった。
そんなに時間をかけず、それらが一つの物になって生まれ変わった。
その手際のいい仕事ぶりを見て、思わず声に出てしまった。
「えへ。冒険者業より物作りの方が自分でも合ってると思ってるんですけどね」
そんな俺の声が聞こえたようで、コルトは生き生きとした表情を俺に向けた。
……ちょっと待て。
そのグローブ、こっちでも使えないか?
武器と言うには、何となく可愛げがありそうな気がした。
もしもそれが武器じゃなかったら?
例えば家庭菜園の土を耕すとか、そんなに硬くない石を砕く道具になりはしないか?
「え? あ、あぁ、そうですね。戦闘用にするとかなり脆いはずです。けど日用品なら長持ちするかも」
「え? いくら脆くてもそんな装備品があったらかなり助かるんだが……」
横から口を出すこいつらには呆れる。
握り飯ばかりじゃなく、コルトが作る道具も狙ってんのか?
つか、随分目ざとい連中だ。
「日用品ならこっちでも商品として出せる。そうすりゃ店の売り上げもあがりゃ、その金で米も具も買える」
祖母ちゃんの時よりも握り飯の数が少ないとか言う奴もいるが、懐具合が心もとないってもあるんだよな。
大体握り飯のお代代わりに置いてくアイテムを何で持ってくんだよ。
俺の世界で役に立たないような物なら持ってかれるのはしょうがない。無価値なんだから。
けどこっちで金になりそうな物を持ってくなよ。
って、握り飯はほとんどなくなっていた。
整然と並んでいた列だったせいか、騒ぎが起きなかった。
おかげで握り飯がいつなくなったか分からなかった。
残り二個になった時、俺は全員に呼びかけた。
「握り飯はこれで終わりだぜー」
「まだ残ってるじゃないか。早く食わねぇと腐るんじゃねぇのか?」
「まだって、もう二個しかねぇよ。それぐれぇ我慢しろ。立ってらんないくらい辛いやつはいねぇだろ? 実際立ってるんだから」
二十人近い体が丈夫そうな奴らは一斉に文句を言う。
けどな。
「こいつに労いの言葉くらいかける気はねぇのか。もっともこいつの仕事を最初から見てる奴はいないだろうから分らんか」
顎でコルトを差す。
騒ぎがない分握り飯の配給はスムーズで混乱もなかった。
こいつがいなかったら、俺はこんなにゆったりとした気分でこの部屋にいられなかった。
「……ん? え? 私、何かやらかしました?」
当の本人がきょとんとしてる。
確かに役には立ったけど、手伝いますって言われた時はここまで役に立つなんて夢にも思わなかった。
「ほれ、この二個はお前の分だ」
何か困惑しているぞ?
腹減ってないのか?
「え? あの、私に食事の用意はできないって……」
「これが食事に見えるか? せいぜい非常食か、長く持たない保存食だろうが。いいから食え!」
「あ、有り難うございます……」
握り飯二個じゃこいつの空腹は満たされまい。
だが今はこれで間に合わせてもらおう。
さてと……。
「このグローブ、こっちで使えそうだから試してみる。少しでも売り上げの足しにしたいしな。んじゃ今日のここでの俺の仕事はお終い。明日は朝の八時ごろに顔を出す」
朝、なんて言ってみたが、この部屋の小窓は俺にしか見えない。
コルト含めてこいつら全員、今が朝か夜かは分からないんだよな。
ある意味気の毒と言えば気の毒だ。
時計の一つでも持ち込んでみるか。
「あ、はい、お疲れさまでした」
階段に向かう俺の後ろから、夜の時間はもう少し遅くしてほしいという声が聞こえてきた。
こっちにも生活があるんだ。
ここでとんでもない宝物が出てくるなら考えてもいいが、まずないだろ。
ならそんな声も気にしなくていいよな。
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