未熟な冒険者のコルト
バイト代を出せなくてもバイトをしたがるエルフの事情
俺が住んでいる『畑中商店』の屋根裏部屋は、いろんな異世界と繋がっているらしい。
らしいって言うのは、ここにいる連中なら必ず通って来る扉を見ることができないから。
そして連中は、俺が部屋の出入りをするために開けたり閉じたりするふすまと、外が見える小窓が見えないらしい。
だから互いの世界を行き来することはできない。
連中同士も、異なる世界に行き来することはできないんだと。
しかもどこからでも来れるわけじゃなく、魔物がうようよしているダンジョンや迷宮の中の一部から来ることができるとか。
窮地に立たされた連中が、何とかして安全地帯に逃げ込んだ先がここってことらしい。
F1のピットインみたいなもんだな。
で、俺の握り飯と休息で体力回復してまた修羅場に戻っていくってわけだ。
それで今現在、若そうな女冒険者が、気を失ってるのか寝てるのか、他の奴らが提供した寝袋の中に入り横たわっている。
けど俺はそこまで関知しない。
向こうの世界のことは向こうの世界の連中に任せる。
俺が出来ることと言えば握り飯を作って、必要な奴らに分けることくらい。
「ん……んん……。あ、え? こ、ここは?」
「お、目が覚めたか。お前、自分の名前は言えるか?」
寝袋に突っ込まれた女冒険者が目を覚ましたみたいだ。
けど俺はその冒険者を気にかけているより、我先にと握り飯を余計に持って行こうとする奴らを止めるのが精一杯。
なぜか分からんが薬効成分があるらしい。
この仕事を始めたばかりの頃は目につかなかったが、彼らにとって不用なアイテムを代金代わりにして目につく握り飯を持って行こうとする者が多くなったんだと。
だから俺には、その怪我人と周りの冒険者との会話は途切れ途切れでしか聞こえてこない。
相変わらず俺は握り飯希望者相手に怒鳴りっぱなしだ。
「あ、あのっ!」
その女冒険者がショーケースを挟んで、俺と真正面の位置にやって来た。
さっきまで人の手を借りないと動けないくらい疲弊してたのに、貧相なままだが目に生気が宿ってる。
だが、まだ体力は完全に回復してないようだ。
握り飯が必要なのは、そんな連中じゃなく、目の前にいるような、自分の力で何とかしようとするやる気を持つ者……
「こ、ここで働かせてくださいっ!」
……はい?
予想外に響く声。
予想外の彼女の言葉。
俺は一瞬、すべての思考が停止した。
いや。止まったのは俺の思考だけじゃなかった。
ここにいる連中の喧騒も、動作も一斉に止まった。
いや、固まったと言った方がいいか。
やる気の方向が違うんじゃね?
「は、働く? 給料なんか出せねぇぞ? つか、何突拍子もないことを言ってんだ」
こいつらにとってこの部屋は、いわば袋小路の行き止まり。
俺にだって、そっちの方へはどの世界にだって行けやしない。
つまり、ずっとここにとどまってるってことだよな?
「国に帰れ。お前にも家族はいるんだろ?」
どこかで見覚えのある言葉がつい口に出た。
でも彼女はかぶりを振った。
「私の村は自給自足の生活なんです。人口が増えすぎると生活が苦しくなるんです」
「コウジよ、この嬢ちゃんだけじゃねぇ。そんな村はあちこちにある。腕に覚えのある奴は村を出て、俺らみたいな冒険者になったり職人に弟子入りしたりするんだよ」
彼女を背負ってきた男冒険者が口を挟んできた。
まぁそっちの事情は知らないからあらゆる意味での無理強いはしない。
けどここにとどまったって何もすることはないんだがな。
「あんたが担いで連れてきたんじゃねぇか。ってこたぁ、あんたの世界の住人ってことだろ? 面倒みてやったらいいじゃねぇか」
「そうもいかねえ事情があるんだよ。てっきりチームメンバーを逃がすためにモンスター相手に立ちはだかったと思ってたんだがそうじゃねぇんだと」
この冒険者曰く、そんな役目は経験豊かな冒険者がなるものらしい。
新人とまではいかないが立ち居振る舞いで、彼女は経験の浅い冒険者だと分かったんだそうだ。
俺にはよく分からん。
「普通ここに辿り着くようなダンジョンは、入り口かその付近で手続きを取るもんだ。何人グループで中に入るか、何人出てきたか、それはグループのメンバーかどうかってな」
中には魔物が仲間に成りすまして一緒に出てくるってケースもあるらしい。
その世界に住む者達の知恵ってことは。
けどやっぱり俺にはよく分からん。
「つまりこの場合、入る時にはグループみんなと一緒に手続きをして、探索している最中に仲間達は先に脱出してこの子以外は外に出たという報告をする、と。それのどこに問題が?」
「みんなを逃がすために残ったんじゃない。みんなから、ここに残るように言われたんだと」
嫌な予感がする。
けど、その予感は当たった。
「私……みんなが逃げるための生贄にされたんです……」
うわぁ……。
かける言葉が見当たらない。
「おそらくはなっからそれを目的にして仲間にしたんじゃねえかと思ってる。しかしその役目を持たせる相手は誰でもいいわけじゃねぇ」
そりゃそうだ。
何とか一人で生還して、辺りにそのことを言いふらされでもしたら、そいつらはあっという間に爪はじきにされるだろうからな。
「帰る場所がない。居場所もまだ確定してない。そして冒険者としての腕も成熟していない者をスカウトして、捨て石に、か」
胸糞悪い話を聞かされちまった。
「いくら俺らが可哀そうと思って保護しても、そいつらやそいつらの仲間と遭った時、この子はまともじゃいられねぇぞ。そいつらは非難の的になるだろうが、だからってこの子に味方が増えるってわけでもねぇ」
かばいきれなかったり守り切れないことも起きるってことか。
それに、一度そんなことをさせられると、似たような方針を持つグループに目をつけられて同じことを何度もさせられる羽目になる、と。
将来ある若い冒険者を食い物にするっていうのが何と言うか……はらわたが煮えくり返る。
いや、ちょっと待て。
「……まさかそんな奴らもピンチに陥ってここに来る、なんてことは……」
「ない、とは言い切れねぇ。けどその可能性は、こいつの仲間が入り浸る盛り場で出くわす可能性よりは相当低い。弱い敵だらけのダンジョンからここに来たって話は一度も聞かないしな」
頭を抱えたくなってきた。
こいつの人生、それでいいのか?
はっきり言えば引きこもりだぞ?
確かに身の安全が確約されてる場所だけど、俺が出入りするふすまが見えなきゃ風呂にも入れねぇし碌な食事も出来ないぞ?
清潔を保つことが出来なくなって変な病気になっても治療できる奴は稀だ。
なんせここに来る奴は、ここに来るまでに回復の力をほとんど使いきってからここに辿り着くみたいだから。
そんな回復術があるとしたら、使っても意味のない危機に陥ったケースだけだ。
薬とかならなおさらだ。
もっとも、ここに来ることを狙って、わざとピンチになろうとする奴もいる。そんな奴らにはまだ術や薬の余裕はあるみたいだが。
「あ、あの」
「ん? どうした?」
「私が口にした食糧のお代です……」
彼女が背負ってたバッグから何かをいくつか取り出してショーケースの上に置いた。
装備や衣類同様、そのバッグもあちこちが破けている。
そんなバッグの中に、まだ物が残っているってのは驚きだ。
「今、お金はここでは使えないって聞きました。ほかに持ってる物ってばこれくらいで……」
「あぁ。ここではそっちの世界の金は使えない。俺がその金を使うことができないからな」
日本円を持ってるなら話は別だが。
もっともこっちの世界の通貨を持ってるはずもない。
で、彼女がショーケースの上に広げたのは、何かの札、色がついた石、何やら薬っぽいやつ。
この仕事を初めて五年目だ。それらは何に使われるかは大体分かる。
「これって、魔物と戦う時の道具だろ? そんなの俺がもらったって、何の役にも立ちゃしねぇ。バッグの中に戻しな」
あげる、と言うなら遠慮なくもらう。
だがそのすべてを欲しいと思ってるわけでもないし、価値がないどころかゴミにしかならない物もある。
何も持たずに来る奴もいる。
ここに来る奴に望むことは、早く元気になって、さっさとここから出て行ってもらいたいってことだけだ。
「基本的には、ここには好きなだけいられるってことくらいか。俺がいくら強制しても、ずっとここにいたい奴はずっといるし、すぐに出てく奴は出ていくもんだからな」
天然なのか、俺に取り入ろうとしているのか、それとも恩を返したいと思っているのか。
どのみち目の前に出されたアイテムは今の説明通り、俺には何の意味もない。
何かをせずにはいられないって気持ちは分からなくはないし、そんな気持ちはうれしいし有り難いんだけどな。
「じゃあ私、ここにしばらくお世話になります! 出来ることがあるなら何でもいいつけてくださいねっ! 私、エルフ族のコルトって言います! 一応魔術師してます!」
いや、ちょっと待て。
だから、いてもいい、いたらだめって俺が押し付けることじゃないんだってば。
話聞いてたか?
俺は誰かの世話をするつもりはないし、
「あの、お兄さんのお名前は何というんですか?」
いや、人に話をさせろよ。
つか、何から話していいか分からねぇよ。
「ハタナカ・コウジって言うらしい」
おいこら、わきから口を挟むな。
「そう言えばコウジって名前があちこちから聞こえてきましたね。よろしくお願いしますねっ」
はぁ……。
もう勝手にしてくれ。
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