雪夜(天空探偵集1)

青葉台旭

まえがき

 読者の皆さんは、百年後の未来を空想したことがあるでしょうか?

 いったい百年後、人々はどんな暮らしをしているのか? 果たして輝かしい未来が待っているのか? それとも人類の行く末は暗く悲惨なのか?

「何をそんなに思い悩む必要がある、百年もの歳月があれば、人類文明の大躍進は自明のはずではないか」

「科学は幸福に奉仕し、生活は劇的に改善されるに決まっている」

「人生上のあらゆる問題は理性によって解決され、未来に生きる人々は一切の苦悩を知らず、心地よく人生を全うするのだろうさ」

 ……皆さんはそんな風に思われるでしょう。

 しかし私は(本当にそうだろうか?)と疑わずにいられません。

 いやいや、誤解しないでください。

 科学の劇的なる進歩そのものを疑っている訳ではないのです。

 難病は克服され、交通機関はさらに速度と利便性を増し、文化は花開き、昼と夜とを問わず街は光りに溢れる事でしょう。

 そんな輝かしい未来を想像するとき、私は『光強ければ、影もまた深し』という、あの有名な詩人の言葉を思い出すのです。

 科学の進歩が善人に力を与える時……同時に、同じ分量だけ、悪人にも力を与えてしまうのではないでしょうか。

 先の欧州大戦では毒ガス・高性能爆弾をはじめ、多くの新兵器が発明され実戦に投入されました。科学の力をもってすれば何万という人間を一瞬で殺傷しうる事が図らずも証明されてしまったのです。

 この恐ろしき力を悪用する者が未来永劫絶対に現れないと、誰が言えましょうか?

 また一方、科学の発達は深刻なる人口問題を引き起こす原因にもなりましょう。

 これから百年のあいだに次々と誕生するであろう新たなワクチンや新薬の効能により、感染症や致死の病気は克服され、流行はやり病で嬰児みどりごを失い涙を流す父母ちちははの数は劇的に減少するに違いありません。

 しかし、それは同時に、この大地の上に生きる人間の数が爆発的に増大する事をも意味します。

 いま現在にいてさえも、世界人類の総数が年々等比級数的に増大しているというのは、統計学者の間では最早もはや定説となっております。

 これは例えば、一定年数ごとに、一が二、二が四、四が八……と、全人類数が倍々で増えていくという意味です。(必ずしも倍率が二とは限りません。それは一・五かも知れませんし、三かも知れません。いずれにしろ、ある一定の掛け率で増えていくのです)

 このように爆発的に増大しつつある人口に対し、地上にある農地の面積は限られます。

 どれだけ森を開墾し荒野を耕そうとも、我々が利用できる陸地の総面積には最初はなから限界があるのです。

 すなわち、このまま行けば将来のある時点にいて、まかなうべき人の口に対し、食料生産に適した耕作地の面積が絶対的に不足する……深刻なる食糧危機が世界を襲うという事です。

 兵器の高性能化と、人口の爆発的増大による食糧危機……科学の進歩が引き起こしたこの二つの現象が人類の未来に暗い影を落とさないと、誰が言えましょうか。

(二つの現象がこのまま年々進行したら、いったい何がその先に待ち受けているのか?)

(それは世界人類にとって破滅的な悲劇をもたらすのではないか?)

 ……そんな事を悶々と考え、憂鬱な気持ちになっていたある日、私は、とある少部数の科学啓蒙雑誌を偶然手に入れ、そこに掲載されていた一本の記事を発見しました。

『近き将来、非常に強き浮力を有する物質発見の可能性大なり』

 と題された随筆エッセーとも小論文ともつかないその記事には、素人の私には想像すら出来なかった未来予測が、複雑な数式と共に書かれていました。

 記事の一部を抜粋してみましょう。

「この宇宙には、いまだ人類に発見されていない未知の物質が無限種類存在している……(中略)……その中には、ひとつの島をまるごと、あるいは都市まちをまるごと、何もない空間に持ち上げてしまうほどの強浮力を持った物質も有るに違いない……(中略)……物質が発見されたあかつきには、未来人類は、それを材料に空間中に浮遊する人工陸地を建設し、数百万・数千万の人間をその空中陸地へ移住させ、彼の地での食料生産を開始するだろう」

 この記事を一読し、私は小躍こおどりするほど興奮し、きたるべき世界に想いをせました。

何時いつの日か、人類は天空に巨大な人工島を建設し移住するようになる」

「人々は空中浮遊人工島の上に家を建て、生活し、田畑を耕し、牛馬を飼い、子を産み、育て、自給生活を送る」

 人類の未来に悲観していた私にとって、それは何と甘美なる予言であった事でしょう。

 これからお話しするのは、人類のほとんどが空に浮かぶ人工島で暮らすようになった未来……西の物語です。

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