神顕す能士リカク

夜弓神楽狐之灯矢

第一部

第1話 白昼夢

 またか……、もううんざりだ……。


 まばゆい閃光と共に、いくつもの幻像が俺の視界に映し出される。

 手の込んだクイズゲームを強制させられている気分だ。


 見覚えがあるようなないような似通った景色の幻像群が俺を惑わせる。

 ゲームのセオリー的には答えを選択しなければいけないのだろう。

 しかし俺にはまるで正解が分からない。


 そうこうしているうちに時間切れとなり、幻像がひとつずつ消滅していく。

 その後は決まって、筆舌に尽くしがたい罪責感に襲われる。


「ちっくしょぉぉぉぉぉ!!」


 悔しさのあまり、思わず大声を上げてしまった。

 ……なんだか周囲が騒がしい。


「おい、リカク! 何がそんなに悔しいってんだ?!」

「ギャーッハッハッハ!!」


 我に返るとクラスの全員が俺を見て大笑いしていた。

 そうだ……、今は数学の授業中……。


「あっ……、いや、これは……その……」


 担任の木村きむらがまごつく俺に近づいてくる。


「お前、最近なんだかおかしいぞ。夜眠れていないのか?」

「いや……、そういうわけじゃ……」

「まったく。とりあえず顔洗って来い」


 俺はクラスメートの晒し者になりながら教室を飛び出した。


 ここのところ、さっきみたいな現象が度々起こる。

 医者に言わせると、“白昼夢はくちゅうむ” という病気らしい。

 過度なストレスが原因のようだが、あまり思い当たることはない。


 俺は名前は菟上うなかみリカク。

 どこにでもいる平凡、いや……、人並以下の高校2年生だ。

 特に不満もなく適当な日々を過ごしている。


 まぁストレスといえば、両親との関係がうまくいっていないことくらいかな。

 あとは……。


 キーンコーンカーンコーン、ガラガラ!


 終業のチャイムがなるやいなや、クラスメートがニヤつきながら廊下に出てきた。


「今日も派手に叫んだなー! みんなもう驚かなくなってるぜー!」

「うるさいな。別に好きでやってんじゃねぇよ」


 こいつは田島賢介たじまけんすけ

 どこのクラスにも一人はいるようなお調子者で、いつも俺のことを茶化してくる。


「アナタみたいな出来損ないと同じ学校だなんて、とんだはじらいでございますのよ!」


 ……きっと、はずかしめと言いたいのだろう。

 このちょっと頭が残念なやつは和邇江怜わにえりょうだ。

 自分の家の当主になったばかりらしいが、内情はよく知らない。


「ちょっと和邇江さん、それは言いすぎよ! リカクはこんなだけど精一杯頑張ってるの!」


 幼馴染の紅蘭咲重くらんさえ

 昔からのよしみでこうしてかばってはくれるが、大体フォローになっていない。


「う~ん、咲重ちゃんも十分きっついぜー!」


 ストレスの原因はこいつらかもしれないな……。


「なんだよ……、どいつもこいつも」


 ムッとしながら一人で屋上へ向かう。気持ちが落ち着くお気に入りの場所だ。


「出来損ない……か。実際その通りだよな」


 屋上に到着した俺は、晴天の空を見上げ、両手をあげて叫ぶ。


「うおーーーーーー!!」


 やり場のない感情をのせた声が空に響く。


「ふふふ、菟上くんって面白いね」


 ……?!


 驚いて振り向くと、クラスメートの伊舞いまいみかこが笑っていた。


「なんだよ……。わざわざここまできて俺のこと馬鹿にしにきたのか?」

「ううん違うの。勝手に着いてきちゃってごめんね」


 伊舞はそう言うと、その場にゆっくり座り込んだ。


「菟上くん見てるとさ、なんだか私と似てるなって」

「はぁ? お前は成績も優秀だし、いわゆる才色兼備ってやつで誰もが憧れる存在じゃねぇか」


「そんなことないよ。……あのさ、菟上くんはさ、なんというかその……逃げられたんだね」


「は? お前……さっきから喧嘩売ってんのか? 人のことからかうのも大概にしろ!!」


 俺はイライラしてたこともあって、つい声を荒らげてしまった。


「……ごめん。怒らせるつもりはなかったの。ごめんね……」


 伊舞はうっすらと涙を浮かべながら残念そうに屋上を後にした。


 言い過ぎてしまったことを謝りたかったが、その涙に動揺して伊舞を追いかけることが出来なかった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 出来損ないの叫びが再び晴天の空に響く。





 俺は暗い気分のまま学校から帰宅した。


「あ……、お帰りなさい。ご飯できてるわよ……?」


 そんな俺を見て、母親は少し気まずそうにする。


「あぁ、部屋で食べるわ」

「そう……、たまには一緒に……」


 俺は無言で夕飯を持ち運び、自分の部屋に入る。


 パソコンを眺めながら食事をしていると、さっきの伊舞とのやりとりがフラッシュバックしてきた。


「俺と似てる……か」


 伊舞はこの辺りの有力な氏族しぞくの生まれだと聞いたことがある。

 子供の頃から才知さいちがあまりにも並外れていたため、周囲からは神の申し子として崇められているんだとか。


「ちゃんと謝って、話を聞いてあげるべきだった」


 夕飯を食べ終えて、食器を台所へ運んでいる時だった。


「うっ……! またか……!」


 例の白昼夢だ……。

 そもそも昼時に限った症状ではないのだが、いつもと違い今回はやけに眩しい……。


 ガシャン! 眩しさのあまり食器を離して両手で目を覆った。


 どうすることもできないまま、徐々に俺の身体が光に吸い込まれていく。


「く、くそっ! なんなんだよ……!!」


 しばらくすると光がおさまった。

 俺はゆっくりと目を開く。


「え……? ここは一体……」


 さっきまで家にいたはずの俺が、どこか知らない夜道に立っていた。

 しばらく呆気にとられていると、誰かがこっちに向かって走ってくる。


「……い、伊舞?!」


 何度も目をこすって確認したが、やはり伊舞だ。

 乱れた白装束姿で恐怖の形相を浮かべている。


「おい……! 伊舞だろ?! 俺だ!」

「う、うそ?! 菟上くん?!」


 伊舞は何かに怯えた様子で俺に近づいてくる。


「た、助けて……!! お願い……!!」


 伊舞の悲痛な叫びを聞いた俺は、その手をとって一緒に駆け出した。

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