#087:落涙な(あるいは、魂の、浄化の祭典)

「……僕は小さい頃からいじめられて来ました……何をやってもグズい僕は、みんなから馬鹿にされ、蔑まれていたんです」


 マルオが少しづつ、自分の言葉を自分なりに吐き出している。その頃のことを思い出しているのか、目をしょぼしょぼさせ口をへの字に結んでいるけど。


「意味も無く蹴られたり、お金を持ってこさせられたり……クラスの女子から、『豆菌』が伝染ると言われて完全に汚物扱いだったことは、今でもきつい思い出として僕の頭の片隅にこびりついています」


 マルオの訥々としたしゃべりに、場内は静まり返る。と、それまで黙って耳を傾けていたアオナギが口を開いた。


「……ここにいる人間は皆、いや、世の中の人間はみんな、思い出しただけで胃から何かがせり上がるような、夜中に布団の中で目が冴えちまうような、そんなキッツい過去を……身体の奥底にしまい込みながら日々を生きてる」


 アオナギは力の抜けた自然な表情でマルオにそう説くように、いや、この場にいる人間に?それとも配信先の世界の人々に? ……語りかけているかのようだ。


「……そのキッツいキッツい記憶は、時間と共に風化なんかしねえんだ。無くならねえ。トゲトゲしさは次第に摩耗して痛みはそれほど感じなくなっては来るが、身体の中には、どしりと重い鉛の玉みてえのが残り続ける。吐き出せもしねえし、消化することもできねえ固くて重い玉がよお」


 アオナギの濁った目は、その先に座るマルオをずっと見据えている。そのマルオだが、いつの間にか、先ほどまでのおどおどとした鳴りは潜められ、目を見開いたまま、ただただ集中してアオナギの言葉に聞き入っているようだ。


 いや、僕も思わずまともに聞いていたし、周りの人たちも、実況のダイバルちゃんまでもが、アオナギの語る内容に心当たりがあるのかないのか、じっと次の言葉を待っている。


「だがよぉ……自分の中で抱え込んでいても何も起こらねえが……それをネタにして笑い飛ばしちまえば、瞬間、その玉は分裂して、揮発して、そして拡散する。他人と共有することで、DEPは初めて自分の体の中から解き放たれるのさ」


 アオナギの言葉に激しく頷きながら、マルオは眼鏡が曇るほどに汗だか涙かを蒸散させていた。


「……」


 僕も経験した。為井戸と対局した時に感じた、体の中から外界へと、管みたいなのが通じて、そこから澱のようなものが出て行くような、すっとする感覚を。忠村寺たちとの最終局面で出た、体内から澱んだ何かが飛び放たれるような感覚を。


「……」


 ダメ人間コンテスト。それはやはり、ダメ人間の、ダメ人間による、ダメ人間の為の祭典だった。この世のあらゆる人間の、ダメを共有して、DEPとして昇華させる、魂の浄化の祭典。


 何でだろう、いつしか目から何かが滴り落ちているのを僕は自分の頬で感じていた。


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