#052:圧殺な(あるいは、ダメ顔ダブルピース)

 やばいやばい。持ち時間が自分の時だけみるみる減っていく感覚に焦らされる。が、落ち着いて噛まずに繰り出すしかない!! 初っ端はやっぱりこれか?


「……『ワタシのぉ、名前はぁ、室戸ミサキって言います!! 本名だよっ。室戸……岬は……恋……岬ぃ』」


 や……やっちまったか? 咄嗟に名前ネタでさらに歌までつけてしまったが、いや、それより精一杯のかわいらしい声でぶちかましてしまった。キモいという裁定を下されなければいいけど……僕は自分の肛門が意思と無関係にひくつくのを感じていた。電気はらめぇぇぇ!!


「……え? ……何それ」


 セイナちゃんが素の声でつぶやく。その表情も先ほどまでの元気っ娘が抜け落ちていて無表情だ。やばいやばい、やっちったよぉぉぉぉぉ。周りもしんとしている。お、落ち着け、一発で勝負が決まってしまうわけじゃない。この一撃を何とか耐えて、次で巻き返しを狙うしかっ……。僕の肛門よ、もってくれよぉぉぉぉ。


「……」


 助けを求めるかのように、僕の左後方に座っている面子を思わず見た。しかし三人が三人とも、何故か悪そうなニヤリ顔だ。何だ?


 一瞬後、「集計中……」の表示が消え、僕の評価ポイントが現れた。


 <後手、32,666pt>


 今度は僕の表情が抜ける。円グラフは先ほどと異なり、赤と青の部分が半分を超えていた。ええっ? 驚愕する僕らを置いてアオナギがくっくと笑いを漏らすと、呆然としたままのセイナちゃんのマイクを取り上げ、こう言い放った。


「……倚界きかいが待ち望んでいたのは、上っ面のアイドル風情なんかじゃねえ。真なる才能を内に秘めた、まごうことなきスターなんだよ。こいつはほんの挨拶代わり。これがムロトミサキよぉ……その片鱗を嗅ぎ分けたっつーなら老いぼれ共も完全にボケが入っちまったわけでもなさそうだな。集まった参加者共に告ぐぜ。全員なぎ倒してやるから心してかかってこいやぁっ」


 うわー、周り全部を敵に回してどうすんの!! 案の定、怒号と歓声と喧騒やらが入り混じった音の渦がブースの周りで爆発したかのように巻き起こる。


「しょ、勝者、後手ナンバー19……『ショックレベル』……えと、い、『10,097ボルティック』? ……が先手ナンバー6にブースト……」


 何とか気を取り直したと見えるセイナちゃんが、アオナギの手からマイクを取り返すとそう困惑げに告げる。完全にキャラ忘れてるけど。


「ショック10秒前だよっ!! ナンバー6!! 投了するか、対ショック姿勢を取って!!」


 セイナちゃんがチャラ男に警告めいたことを言うが、当の本人はふんぞり返ったまま、小馬鹿にした余裕の表情を崩していない。


「はっwww バカじゃね? 電流ごとき余裕だっつーのww バラエティとかでよくあるやつだろ? 何発でも来てちょーよwww アブない趣味に目覚めちまうかもだけどよwww」


 後ろのチームメイトの二人と顔を見合わせて、へらへらと笑っているチャラ男。


「祈れ、室戸ちゃん……」


 リング脇で姿勢を正した丸男が、体の正面で手刀を切り黙祷する。


「3秒前っ!!」


 切羽詰った感のあるセイナちゃんのカウントがブース内に響き渡る。ひぃぃ、どうなんの!!


「あ、余裕のウェーイ、あ、余裕のウェーイwww あ、余裕のWooooooooooooooooomっ!!!」


 両手でピースサインをかましながらふざけて歌っていたチャラ男だったが、それが途中からすさまじい絶叫へと変わった。「ウォーム」という人の叫びを今日僕は初めて耳にしたわけで。


「……」


 対局シートから弾かれるように前へと飛び出したチャラ男は、白目を剥いたダブルピース状態のまま、身体が頭の先から爪先までぴんと一直線に伸びきっていた。そしてそのまま音もなくリング中央にうつぶせに崩れ落ちていく。その光景に誰もが言葉を失ってしまったわけで。お、お、オバヒぃぃぃぃぃっ!!


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