#036:猥雑な(あるいは、新生モテモテ室戸)

「ちょっとぉ!! アオちゃんマルちゃん! 大変なのよぉ!!」


 自らの変貌にあわあわする僕を尻目に、ジョリーさんが酔っぱらい二人を揺さぶり起こそうとする。角度を変えつつ僕は鏡の中の自分を凝視するが、やっぱり自分とは思えない。い、いける。自分でもいけてる気がしてきた。


「なぁんだよ、ジョリやん。晩飯か?」


 丸男が赤黒い顔のまま覚醒したようだが、それどころじゃない。アイドルっぽく、にこと笑顔を作ってみたり、ちょっと拗ねた感じで口を尖らせてみたりした。いや、もう間違いない。僕は美少女に転生したのだ。


「……こんにちはぁっ」


 試すつもりで丸男の眼前に行き、精一杯のかわいらしい声を作って挨拶してみた。


「……うん? あれ二次会はイメクラに行くっつったっけか?」


 丸男の貧困な想像力ではそれが限界みたいだった。諦めて今度は、伸びをしつつ体を起こしてきたアオナギの前に正座してみる。


「おかえりなさいませっ、ご主人様っ」


 僕もだいぶ調子に乗って来ていたが、


「おお。紅の残虐オーバーキルメイド天使、ミサキちゃんじゃあねえか」


 予想外の的確な応答が返って来てしまい、恥ずかしいことになった。いや、通り名までは設定作り込んでなかったですけど。


「言った通り、『ミサキちゃん計画』はハマったな。いや〜しかし持ってる奴はやっぱ違うねえ」


 煙草に火を点けつつ、にんまりとアオナギは満足そうだ。一方の丸男はまた驚愕の表情を浮かべている。


「お、お前……む、室戸なのか? いやどう見ても、か、完全に、お、おん……お、オバヒィィィィィィっ!!」


 そして白目を剥いて絶叫。お前「オバヒ」言いたいだけだろ。


「さーてさて。戦いに臨める実弾も揃って来やがった。そうとなったら、祝杯を上げに行くとしようぜ。朝が海鮮だったから、夜はしゃぶしゃぶっと行きたいよな?」


 くいくいっと薄く切った肉を湯にくぐらせる動作をするアオナギ。こと食に関してはアオナギの嗜好に全く異論は無い僕だが、このカッコのまま外出るわけにはいかないよね。化粧の落とし方を教えてもらおうとジョリーさんの方を振り返ろうとした瞬間、両二の腕をつかまれ、僕はそのまま部屋の外まで連行されていく。


「このまま行くんだよぉ。本番前に人の目に慣れとかんとなあ」

「モテモテよ、モテモテっ。きゃー」


 うわぁぁぁ、ちょっと待って!! 悲鳴もむなしく、強引に夜の街にメイドの格好のまま連れ出された僕は、行く先々であらゆる酔っ払ったおっさん達からモテるはモテたが完全に不本意であったわけで、詳しい描写はしたくないわけで!


 朝よりも数倍ぐだぐだのでろでろになり、無事に宿に帰り着いたのが奇跡と思えてしょうがない。こうして水曜日……溜王戦の3日前でありながら、僕らはあまり生産性の見い出せない一日を送ったのであった。


 明日こそは目的地へ……!!


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