#025:闊達な(あるいは、城吏町氏の華麗なる日常)

「さて、と、ふぅ、ここに来た、あ、本題に、入るとするが、は、は、ま、簡単に、言うと衣装をだな、つくってもらおうと、ひぃ、そういう、わけだ」


 緩い坂だが、どこからどう見ても不健康体のアオナギは息を切らせ気味だ。普段から運動してそうな感は全くないけど、普段の生活大丈夫? と不安になる。


「そういうのやってる仲間ツレがよぉ、この先に店構えてんのよ」


 丸男は息こそ上がってないが、頭頂部から指先まで汗だーだーだ。だから合皮はやめろと。


 東急ハンズの裏手から少し行ったあたり、急激に日が差さなくなった路地裏と言っていいところに、その店舗はあった。いや店舗か? かなり細い雑居ビルの内廊下を突っ切った最奥に、それはあった。


 <berrirlyant>


 黒い光沢のあるプレートに濃いピンクの筆記体が踊る。「ベリルリャン」とでも読むのか、何となくいかがわしさを感じさせる看板が掛かった扉だけど、アオナギは躊躇せずぐいと奥へと押し開けていった。すると、


「あら〜ん、珍しい。アオちゃん、マルちゃん、どしたのよぉ」


 その店らしき所に足を踏み入れた瞬間、きついバラ系の香りがむわりと漂いまくってきた。表からはまるで予想つかなかったけど、かなり天井が高い。5〜6mくらいか? 壁に沿って張り巡らされた何本もの金属のパイプには、これでもかというくらい、色とりどりの服が吊るされていた。壁が布を重ねて出来ているみたいだ。


「やだ、だーれー? このかわいいコはー」


 そしてその吹き抜けの大きな空間の中央、服に取り囲まれてちょこんとあるガラス製のカウンターにしなだれかかっていた人物に、ものすごいつけまつ毛の下からロックオンされた。だが僕は既に数々の超個性人たちに出会いまくっているので、これしきのビジュアルではもう動じない。


「うちのホープだ。室戸っていう。今日来たのは他でもねえ、『溜王』で着る衣装を誂えてもらいてえのよ」


 アオナギがさくりと用件に入るが、ああ、やっぱりこの人もダメの人ね、と僕も薄々感づいていたことを、改めて頭の中で言語化してみる。


 地毛なのかヅラなのか、透き通るような白いおかっぱ。その下の顔面についてはあまり描写はしたくないが、エラの張った無駄に彫りの深い巨顔にはどぎついメイクが施されている。体は引き締まったかなりの長身。よせばいいのに肩幅をより際立たせるノースリーブのシルクっぽい質感のロングドレスを身につけている。夜会じゃねえんだぞ。


「ムロっちゃんね。よぉーこそ『ブリリアント』に。あたいはジョリー。このファッション最先端砦のオーナーよん」


 「brilliant」な。あと「あたい」は無いだろ。


「ん・で? どんな衣装を考えてるのぉん? 作るっつっても、あと三日くらいしか無いんじゃないのよぉ」


 無駄な流し目と尖らせた唇。カワミナミさんのようなナチュラルさは微塵もない。あるのはコテコテの、女性は持ち得ない女性らしさ。つまりまあ、このジョリーという人は何というか、ま、身も蓋もない言い方をすれば、ステレオタイプの昭和のオカマだ。


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