とある日記と26人の少女達

@popolpo

アイの日記

私の名前はアイ。


ママとパパと犬のジョンと一緒に暮らしているの。お料理が上手でいつも笑顔の美人なママ。お仕事大変なのに毎日遊んでくれるかっこいいパパ。おてもおすわりもできる利口なジョン。みんな私の自慢の家族。







今日はママとお料理をしたわ。


アイは野菜を切る係、ママは味をつける係。アイが全てきっちり揃えた大きさにしようと思ってとてもしんちょうにしていると、ママは決まって「適当でいいのよ、そういうのは。」と言う。でもアイには適当が難しい。アイが悩んでいる横で、ママは料理の本も見ずに味をつけちゃう。ダメだよママ、お塩も醤油もお鍋にそのままいれちゃったら。いくら入れたかわからないじゃない。なのに出来上がった料理はいつもおいしいの。計りも使ってないのになんでおいしい味がするんだろう?アイもいつかはできるようになるのかな、今度ママに聞いてみよう。





今日はママとお掃除したわ。


お部屋の隅から隅まで雑巾でピカピカにするの。お掃除はアイが一番上手にできること。掃除する場所を決めてそこが完璧に綺麗になるまでは他は手をつけない。それを繰り返せば簡単に全部綺麗になるの。でも、ママはそれが苦手みたい。「掃除すると、他のものが気になっちゃうのよ。」そう言っていつもママは部屋を散らかしちゃう。今日も本棚の片付けをするっていってたのに本を床にちらかしてるわ。「ほら、アイ。パパとママがまだ若いわよ。」ママが指差したのは古い写真の中の一枚。今よりもっと綺麗なパパとママが幸せそうに笑ってる。「10年くらい前かしら。とても幸せそうでしょう。この頃は本当にただ幸せだったわ。未来に想いを馳せて、二人で歩むこれからが本当に楽しみだった。」ママが懐かしそうに写真を指でなぞる。アイも毎日楽しくて幸せ。ママと一緒にいられて楽しくて仕方ないもの。





今日はママがパパと一緒に病院へ行く日。だから、アイはお家でお留守番だわ。


アイはお留守番が一番きらい。誰とも遊べないし誰とも話せない。お外にジョンがいるけれど、ママかパパがいないと一緒に遊べないの。だから、私はお絵かきをする。今日は何の絵を描こうかな?ジョンの絵にしようか、いや何回も描いて飽きちゃった。じゃあお空の絵にしようか、だめだ。青だけの絵ってつまらない。仕方ないからアイは本棚から図鑑を取り出して動物の絵を描くことにした。アイは犬が一番好き。だってジョンはかわいいからジョン以外の犬はよく知らないけどきっとみんなかわいい。ちわわとかぷーどるとか、写真で見るとふわふわでなでるとどんな感じかな?ジョンより柔らかいんだろうな、わたあめみたいかなって想像するの。

今日はぷーどるを描こう。窓際にスケッチブックと図鑑を運んで、ガラス越しのジョンに見せながら描いてやった。パパとママ、早く帰ってこないかな。





今日はジョンの誕生日、パパとママとアイでお祝いをする。


「お誕生日おめでとう!」

ジョンの大好きなぷーどるの絵が描いてあるドッグフードを山盛りお皿に盛り付けてアイたちはジョンのお祝いをした。ジョンはちぎれちゃうんじゃないかってくらい尻尾を振ってご飯を一生懸命食べていたわ。パパとママがその姿を見ながら嬉しそうに話してる。

「ジョンももう4歳よ。大きくなったわね。」

「うちに来た時は片手になるくらいの大きさだったのにな。」

「本当に可愛かったわよね、そのころは。我が子のように可愛がっていたわ。」

「そうだな、あの頃は本当に我が子だと思っていたからな。」

「そうね、本当に。アイが我が家に来てくれなかったらこの子が長男になってたわね」

アイのことを撫でながらパパもママも楽しそうに笑ってる。アイもここにいれて幸せだわ。





今日はママと一緒にお昼寝した。


ママにアイは何でアイって名前なのか聞いてみた。

「気になるの?教えてあげる。世界中のたくさんの人に愛を届ける女の子になって欲しいからよ。ママは小さい頃からずっと、自分の子供にこの名前をつけようって決めていたの。アイは素敵な子よ、ママにもパパにもたくさんの愛を届けてくれているもの。」


頭をポンポンと優しくたたきながらお話しするママの声はアイの胸の中でとっても温かく溶けていったわ。





今日、ママとパパが泣きながら病院から帰ってきた。


本棚の本を読みふけっていると、勢いよく玄関の開く音が聞こえてどたどたという足音が廊下に響いた。

何かあったのかと思って心配しながら声をかけると、意外にも笑顔で答えてくれた。

「やっと。やっとできたのよ!」

「ああ、10年間続けてきてやっとだ。」

なんだかよくわからないという顔をしていると、パパが抱きついてきた。

「赤ちゃんが出来たんだ!」

理解が追いつかなかったけど、だんだんとわかってきた。アイ、お姉ちゃんになるんだ!

「本当に良かったわ!ありがとう、ありがとうアイ!」

お母さんもアイに抱きついてきた。

よかった、パパもママも今までの何十倍も幸せそう。すごく嬉しい。アイはこんな幸せな人に囲まれて幸せものだ。





今日はパパとママが喧嘩しているところを見てしまった。


内容までは聞こえてこなかった。でも扉の隙間から今まで見たことのないような顔をしたママとパパが怒鳴りあっているのが見えた。どうしよう、パパとママが幸せじゃなくなってる。でも、今アイが行っても何もできない。アイに隠れて喧嘩してるみたいだから、余計に怒っちゃうかもしれない。アイはそっと部屋に戻って、ベッドに潜り込んだ。どのくらいだったのだろう、寝付けずにいるとこの部屋に誰かが静かに入ってきた。起きていることに気づいていないのかベッドに音が出ないよう慎重に座ると、アイの頭をそっと撫でた。

「ごめんな、アイ。俺はお前が大好きだ。本当に、本当に愛しているからな。」

その声はあまりに悲しくて、アイまで悲しくなった。





近頃ママが全然アイに構ってくれない。


アイがママに教わった通りの料理を作ってみせても、お部屋のお掃除を完璧にしてみせても、犬の絵を本物そっくりに描いてみせても全く褒めてくれない。お腹の赤ちゃんを大切そうにさすって、窓の外を眺めているだけ。

アイ、ママを怒らすようなことしたかな。一度だけ、すごく怒らせてしまうことがあった。ジョンの首輪が外れてて犬小屋から逃げてしまった時だ。窓際で一人遊びをしてた時にたまたま見てしまってアイは慌てて追いかけようと窓を開けた。そのまま一歩踏み出した瞬間に、後ろから尖った声と一緒に首を掴まれた。

「一歩も外に出ないで!」

ジョンがいなくなった犬小屋をただ呆然と眺めながらアイが怒鳴られた理由をただ考えていた。

あの頃からかもしれない。

ママはアイの方を見ずに窓に目を向けたまま呟いた。

「ジョン、あれから帰ってこないわね。でも、大丈夫よ。この子があれば。」





ママのお腹がとても大きくなった。お腹の子は女の子なんだって、パパが言っていた。そして、もうすぐその子が生まれる。

「あなた、手続きはもうすませてある?」

「…ああ。」

「はやくしておいてよね。予定日より早く生まれることだって考えられるんだから。」

「わかってるよ。」

「ほら、役所への書類まだ机の上にあるじゃない。もう書き込んであるんだから提出しないってよ。」

「…本当にいいのか?」

「もちろん。むしろ手遅れにならないかが心配よ。」

「君が望むなら、わかったよ。」

相変わらずパパは憔悴している。アイはパパに駆け寄って手を伸ばしてみたけれど、そっとその手を払いのけてパパは出かけてしまった。

悲しくなって俯いていると、上からママの声が降ってきた。

「本当、今までありがとう。すごく感謝をしているの。」

今までに聞いたことない冷たい声だった。

「私がこの子を産むことができるのはあなたのおかげ。だから、すごくありがたく思ってるわ。」

あんまり聞きたくない声だった。

やめて

「私、自分の子にアイと名付けるのが夢なの。」

やめてやめて

「ほら、この子もうすぐ生まれるでしょう?とてもややこしいことになるのよね。あなたに言ってもわからないでしょうけど。」

やめてやめてやめて

「この家に来てくれてありがとう。でも、もう大丈夫だから。」

やめてやめてやめてやめてやめてやめて!

その時、玄関のドアが開いた。

「役所のものですが、粗大廃品引き取りに参りました。」

ママ、誰かが呼んでるわ?

「ほら、お迎えが来たわよ。さよなら、アイ」



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