20話 グッバイお嬢様
後ろをとてとてとついてくる桜衣のことを無視すると転移してきた場所から奥へ向けて進みだした。
「あ、普君!前からいっぱいの敵が」
桜衣が、前方を指さしながら迫ってくるモンスターに手持ちの武器の切っ先を向ける。
転移してきて間もない、一般人が相手をするにはとても荷が重い相手複数に剣を向けるなんて思いのほか気骨があるなー、と感心しているとモンスターが眼前まで迫ってきていた。
「あー、めんどくさい。さっさとご退場願いますぅ」
支給品の安い剣を一振り横に薙ぐ。
すると、今にもとびかかりそうなモンスターたちが、胴体から半分下がずれていた。
そう、ずれていた。
一拍遅れて断末魔をあげるモンスターを後目に空いた通路を進んでいく。
すると、狭い洞窟を抜けた先に一軒の家が見えてきた。
きらきらと光を放つ花が咲き誇る原っぱに、北欧にでも建っていそうな太い丸太で建てられているログハウスがとても幻想的だった。
薄暗い洞窟から出て、花の発する光に目が慣れてきたころには、遠くに湖があることまで視認できていた。
「あの、ここは?」
桜衣が目をこすりながら確かめてくる。
まあ、転移したら一環の終わりだといわれていた裏世界に転移して、途中モンスターに襲われながらたどり着いた先に、こんなおしゃれなログハウスがあったら驚くのも無理ないよねーなんて考えて、さすがに何の説明もなしはかわいそうかと思い立ち、ざっくりと説明をする。
「ここは、隠れ家だな。しばらくここでゆっくりしようかと思ってな」
嘘は言ってないよ?
ただ、肝心な『なぜこんなところにログハウスがたっているのか』とか『なんで異世界に転移してきたばかりの俺がログハウスの存在を知っているのか』とか詳しく聞かれたら面倒くさい内容は省いて説明をしただけで…
「そもそも、何故、普君はこのログハウスの存在を知っているんですか!?」
まあ、確かに気になるよなー。
「王宮の図書館に、かつての勇者の記録があってさ。それを読んでたら出てきたんだよね」
事前に準備していたそれっぽいことを、さも本当のことのように語りながら、ログハウスのドアノブに手をかける。
こちらの世界では何年も使用していないはずなのに、あまり埃もたまっていなく、何の抵抗もなく、するりと扉が開かれた。
「王宮にそんな本ありましたっけ?それに最近まで私たちの前の勇者のお話は隠されていたはずなのに」
「そりゃそうだろ、なんせその本裏にでかでかと『禁忌図書』って書いてあったし」
すると、ログハウスの中を物珍しそうにきょろきょろと見まわしながら、桜衣は突っ込みを入れてきた。
「なんでそんな危険なものを見ているんですか」
「いや、禁忌とか言われたら見るしかなくない?めちゃくちゃ厨二ワードじゃん見ちゃうよ?健全な男の子なら」
「そういう問題じゃないと思うんですが……」
普段はお嬢様然としていて、おしとやかな大和なでしこを地で行くような桜衣が、年相応にはしゃいでいるのを見て、ダンジョン効果すげー、と感心してしまう。
「まあ、俺も昔小さいときに強い男にあこがれて、旅行先の湖のそばのお土産物屋さんで買ってもらった木刀素振りしてたこともあったし、それである程度強いんだろう」
「そう、でしょうか?」
と、手を顎に当てて考え出した桜衣に背を向けてログハウスの奥にどんどん進んでいく。
内装は、2階建ての普通の一軒家。
ダイニングキッチンとリビング、そして2回には3部屋くらいあって、どれもベッドルームになっていたはずだ。
ぐるりと1周見て回り終えたころには、桜衣も慣れてきたのか安心したのか、武器をリビングに立てかけて、ソファーに腰を掛けてくつろいでいた。
「桜衣って、案外順応力高いのな……」
「あっ!今、というよりずっと前から私のことお嬢様だろうってちょっと内心小ばかにしていましたよね?分かるんですからね私!そういうのにはとても、敏感なんです」
確かに、内心では、温室育ちのお嬢様だと小ばかにしていたといわれても否定できない。
なんせ、事実温室育ちのお嬢様がついて来てしまって、面倒くさいと思っていたし。
「というより、さっきからのしゃべり方で思ったが、その丁寧な話し方も意図的なものだろ、本当は学校以外ではそんなに丁寧なしゃべり方をしていないな?」
「い、いいえ!そんなことないもん!じゃなくて、そんなことないですよ?」
若干というよりは大分隠しきれていないので、面白くなってきた俺はさらに詰めてみる。
「俺には丁寧なしゃべり方圧かけてやめさせたのに、自分はまだ取り繕ったしゃべり方するんだー?へーーーぇ?」
うぐう。
と悔しそうな声をあげながら、ゆっくりと口を開いた。
「わかった。このしゃべり方が僕の素の話し方だよ!これで文句ないだろう!」
一瞬の停止。
再考、そして停止。
「まじか」
混乱、驚愕。
絶世の美少女。衣桜学院の大和なでしこ。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿はなんとやら、
と名高い桜衣和がまさかの僕っ娘。
余りの衝撃に、硬直していると、ログハウスの玄関が砂埃と大きな音とともに吹き飛んだ。
「きゃあ!」
あー、悲鳴は可愛らしいな。
などと考えながら、ちょっとトリップしていたが、衝撃によって我に戻ると、この衝撃の原因に思いを巡らせ、小さくほくそ笑む。
さあ、始まった。
多少のトラブルなんかものともせずに立ち向かうんだ。
それが、俺に残された唯一の道なのだから。
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