16話 最低な選択
―――
――放課後
誰もいなくなった教室で私と桜はお互いの事を報告し合った。
「えー!?高崎先生も思い切った事したね。」
「ホント……意外と行動派なんだって思ったよ。でも桜の方は進展したんじゃない?彼女さんとも別れたんだから、今がチャンスかもよ。」
「そうかなぁ……」
「藤堂先生の傷ついた心を桜は優しさで癒した。余計な駆け引きとか作戦とかなしにして、その素直なところが先生を救ったんだと思う。凄いな、桜は。」
「別に凄くないよ。千尋の方こそ凄いよ。辞めようとする高崎先生を守ったんだから。」
「私は……」
桜のキラキラした瞳を真っ直ぐに見る事が出来ない。逃れるように俯いた。
「さっ!もう帰ろうか。今日は疲れたし。」
「そうだね。休み時間の度に質問責めだったもんね。帰ろう。」
誤魔化すように言うと、桜も鞄を持って立ち上がった。
多分桜は気づいてる。私が迷ってる事を。それでも何も言わずにいてくれる事が今はありがたかった。
「じゃあね。また明日。」
「バイバイ。」
手を振ると私達は校門の前で別れた。
「はぁ~……」
下を向きながら家路を歩く。答えを出せない事がもどかしくて、自分の影を思いっ切り踏みつけた。
「よお!千尋!」
「え?あ、雄太君……」
突然声をかけられて顔を上げると、目の前に雄太君がいた。
「どうしたの……?」
「待ってたんだ。言ったろ?謹慎明けたら話があるって。」
「そ、そうだったね。」
「とりあえず、一緒に帰ろうか。」
「うん……」
すたすたと歩き出す雄太君につられて私も足を動かす。自然と並ぶ形になった。
「謹慎になった理由は聞かないからさ、これだけ聞いていい?」
「何?」
しばらく黙った後、雄太君が口を開く。私は雄太君を横目で窺った。
「お前、高崎先生の事……好きなんだろ?」
「え!き、気づいてたの?」
雄太君が頷いた。また二人の間に沈黙が流れる。
「俺はそれでもいい。お前が誰を好きでも、いつかきっと俺の事好きにしてみせる。だから……俺と付き合ってくれ。」
いつの間にか二人の足は止まっていた。真剣な顔の雄太君に釘付けになる。
私は先生が好き。それは変わらない。多分ずっと変わらない。
だけど今の私には、『先生と生徒』っていうハードルを越える勇気がなかった。
桜みたいに一途に追いかける覚悟も、好きな人を想う優しさも思いやりも全然足りない。せっかく先生が自分の気持ちを伝えてくれたのに、それに応える余裕がない……
もう限界だった。このままじゃ私、壊れてしまう気がする。元気だけが取り柄だったはずなのに、上手く笑えない。学校に行くのが苦しいし、先生に会うのが怖い。
もし、もし目の前にいるこの人がいつもの私を取り戻してくれるのなら。
笑って過ごせるのなら……
「いいよ。」
「え!?い、いいのか?」
「うん。私、雄太君と付き合う。」
「でも先生の事は……」
「何よ。そっちが言ってきたんでしょ?」
「そうだけど。じゃ、じゃあこれからよろしくな。」
「こちらこそ。」
夕焼けをバックに微笑み合う私と雄太君。大丈夫。笑えてる。
だけど私は気づいている。この選択が最低最悪な選択だって事。雄太君の事も先生の事も自分自身さえも傷つける行為だって事。
それでも――
今の私はこうするしかなかったのだ……
―――
雄太君と付き合い出してからしばらく経っていた。クラスが別れてから話す機会がなくなっていたのが嘘のように、私達の関係は元通りになっていた。
いや、厳密には元通りではないか。一応恋人という間柄に進展した、というのが正しい。
雄太君の事は好きだし話していて楽しい。好きだって言ってくれたのも嬉しかった。これが一年前だったなら何の迷いもなく、受け止める事が出来たのだろうか。
今はまだ先生が好きだけど、雄太君の事好きになるんだ。……そう決めたんだ。
―――
「桜。怒ってる?」
昼休み。口数の少ない桜の様子を窺いながら言うと、桜はこっちを向いて微笑んだ。
「別に怒ってないよ。どうして?」
「ちょっと最近元気ないから。」
「そんな事ないよ。元気、元気!」
「……ならいいけど。」
「千尋は?雄太君と付き合い始めてどう?」
「うん。一年の時みたいな感じで楽しいよ。毎日一緒に帰ってるしね。」
「帰る方向一緒だもんね。私も同じ方向だったら邪魔してやるのになぁ~」
ニヤニヤしながら顔を近づけてくる。『やめよぉ~!』って言いながら避けた。
桜には雄太君と付き合う事になった次の日に報告した。怒られるか呆れられるかのどっちかかなと覚悟していたけど、桜は一言『そう。』と言っただけだった。だけどその一言には桜の色んな想いが込められていて、いまだに私の胸の中に重く乗しかかっている。怒られたかったのか、慰められたかったのか、自分の事なのに良くわからない……
「でも……」
「ん?」
不意に桜が口を開く。私は顔を向けて聞き返した。
「一緒に好きな人を追いかけられなくなったのは、残念かな。」
思わず目に涙が浮かんでしまう。私は俯いて『ごめんね。』と呟くしか出来なかった……
――二年一組
「雄太君。一緒に帰ろう。」
私は教室で桜と別れて雄太君を迎えに来た。ちょうど雄太君はクラスの女の子に勉強を教えている最中みたいで、片手を上げて『ちょっと待ってて。』という仕種をする。
私はそれに頷くと廊下の窓枠に背を預けて、雄太君が出てくるのを待つ事にした。
「だからここはXを代入して、……そうそう。そしたら次は……」
「あ!なるほど!ありがとう、雄太。助かった~」
「どういたしまして。わからない所あったらまた呼んで。」
「うん。バイバ~イ」
雄太君と女の子との会話を聞きながら、そういえば雄太君って数学得意だったんだっけ、と思い出す。私も今度教えてもらおう!って思いながら雄太君が出てくるのを待っていると不意にポンッと肩を叩かれた。
「あれ?由美ちゃん!」
隣を見るとそこにいたのは由美ちゃんだった。
「久しぶりだね、千尋ちゃん。」
「そうだね。」
同じクラスの由美ちゃんとは夏休み前に図書委員の仕事をした時に久しぶりに話す機会があった。その時に帰る方向が同じだという事が発覚してからたまに一緒に帰ったりしていたけど、夏休みが入ったり色々あったりで話すのは久々だ。
「あ、あのさ……」
「どうしたの?由美ちゃん。」
「千尋ちゃんってゆ、雄太君と……付き合ってるの?」
「へ!?」
突然の爆弾発言に変な声が出た。
「何で……?雄太君が何か……」
「あ!雄太君に聞いた訳でも言いふらした訳でもないから誤解しないであげてね!そうじゃなくてその~……最近二人一緒に帰ってるみたいだし、何となく雄太君の雰囲気が明るくなったっていうか……」
しどろもどろにそう言う由美ちゃんの顔が真っ赤に染まる。
「この間からね。雄太君、そんなにわかり易い?」
「う、うん。」
由美ちゃんの返事に苦笑が洩れた。
「悪いんだけどこの事は誰にも言わないでね。隠す訳じゃないけどおおっぴらにするのも、ね。」
「わかった。それに気づいてるのは私だけだから今のところは大丈夫だと思うよ。」
にっこり可愛い顔で笑う由美ちゃんに癒される。だけどその笑顔に陰が差した気がして首を傾げた。
「由美ちゃん……?」
「おう、千尋!待たせたな。行くか。」
「雄太君。」
「あれ?須藤と何か大事な話?」
雄太君が私と由美ちゃんを交互に見て言う。すると由美ちゃんが慌てて手を振った。
「もう用事は済んだから大丈夫だよ。千尋ちゃん、バイバイ。雄太君も。」
「そっか。じゃあな。ほら行くぞ。」
「う、うん。由美ちゃん、またね。」
いまだに手を振っている由美ちゃんに声をかけるとそのまま雄太君の後を追った。
二人が離れた途端由美ちゃんの顔から笑顔が消えたのを、私は知る由もなかった……
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