14話 そのままの……

―――


――次の日


『二年三組 風見千尋

 上の者 一週間の停学処分にする』


 私は廊下の掲示板を見て、ため息をついた。

「何でハゲって言っただけで一週間も休まなきゃいけないのよ!…たくっ……あのハゲと役立たずめ!」

 校長と教頭の顔を思い浮かべながら小声で毒づく。

 あーあ……二学期早々ついてない。まぁ別に後悔はしてないけど……


「よっ!千尋。」

「雄太君……」

 教室へと向かう廊下で雄太君に会う。私は咄嗟に身構えた。っていうか色々あって忘れてた!

「その顔……お前俺の事忘れてただろ。」

「うっ!…あ、いや……」

「残念ながらバレてます~顔に出てるぞ。」

「え~と……ご、ごめん。」

 謝ると頭の上から笑い声が降ってきた。

「いいよ、俺もわざと避けてたしな。それよりさ……」

「ん?」

 急に小声になって近づいてくる雄太君に釣られて身を寄せる。


「謹慎明けたら話したい事ある。内容はわかってるだろ?」

「う、うん……」

「じゃあ謹慎一週間、頑張れよ。」

 ポンッと頭を叩かれる。呆気に取られて叩かれた所を撫でている間に雄太君は行ってしまった。


「もう…次から次へと起こり過ぎだよ……」

 疲れたため息をつきながらボソリと呟いた……




―――


――桜side


 千尋が一週間の停学になってしまった原因、つまり始業式の日に何があったのか、千尋は教えてくれなかった。あの日友達が言った、高崎先生が辞める云々の話を聞いた瞬間、千尋がダッシュで何処かに行ったとこまでは見ていたけれど……


 戻ってきた千尋の様子はいつもと変わりなかったから特に気にしなかった。でも次の日一週間の停学って聞いて流石にビックリした。

『何があったの?』っていくら聞いてもはぐらかされるだけで、ついには何も話さないまま千尋は帰ってしまったのだ。


 そして何故か高崎先生までも三日間の謹慎になったみたいで、私はもう何がなんだかわからなかった。


「おはようございます。出席取りますね。阿部くん。」

「はい。」

 そして今日は三日後の高崎先生の謹慎が明けた日。

『何があったのか?』『何かまずい事でもしたのか?』という生徒達のキラキラした視線の中、いつも通りに教室に入ってきた先生は、いつもの用に出席を取った。


「ん?」

 と思ったけど先生の様子が可笑しい。一番の阿部君を呼んだきり、黙ってしまった。二番の井手さんが困っている。

「先生ー!」

「……はい、何でしょう?」

 良かった。反応してくれた。こっちを見た先生に私は言った。

「何でしょうじゃないよ、先生。ボーッとしてどうしたんですか?早く出席取らないからみんな困ってま~す。」

「え…?あ、はい!すみません!それでは……井手さん。」

「はい。」

 やっと先生が通常通り動いてくれた。ホッとしたのも束の間……


「…………」

 千尋の所で今度は完全に呆けた表情。私はキレた。

「先生!もう!いい加減にして下さい!!」


 滅多に出す事のない私の大声に、みんなが心底ビックリした顔をした。




――放課後


 私は高崎先生を昇降口の陰に呼び出した。

「何ですか?大神さん。」

「何があったか知りませんが、千尋の停学って先生が関係してるんでしょ?」

「え、えぇ…まぁ……」

「先生…千尋の事、本当の本気で好きなの?」

「え……」

「千尋に聞いたんです。告白されたって。本気なんですか?」

「……はい。」

「そうですか。」

 私は一瞬考えた後、顔を上げて先生に微笑んだ。


「電話かけてみたら?」

「で、電話!?」

「うん。ちゃんと話した方がいいですよ。いつまでも先生がそんなんじゃ、私達が困ります。」

 怒った顔を作って見せると、先生が怯えた目で後ずさりした。さっきのキレた私を思い出したのだろう。


「わかりました。ちゃんと話してみます。」

「よろしい。」

 私は頷くと先生と別れた。



「桜。」

「はい。あ、藤堂先生……」

 教室に戻ろうとしていた私を呼び止めたのは藤堂先生だった。

「ちょっといいか?」

「何ですか?」

「いいからちょっと……」

 先生の失恋現場を目撃してしまったから何だか気まずくて、前までなら普通に接していたのが嘘の様にギクシャクしてしまう。

 着いた所は先生の仕事場の地学準備室だった。


「あー…のさ……」

「はい。」

「この間のあれなんだけど……」

「あれ、とは?」

「うー…だから……」

 ちょっと意地悪してしまった。クスッと笑うとポカンとした間抜けな顔をした。


「先生は悪くないと思いますよ。」

「え?」

「彼女さんだって悪くなかったと思う。ただ寂しさに負けちゃった、というか。」

 まだ17才の子どもが何言ってんだ、って言われるかなって思って顔を上げると、意外にも真面目な顔をした先生の目と目が合う。


「俺はあいつに甘えてばかりで何もしてやれなかった。やっぱり俺が悪かったんだよ。だから俺が離れる事であいつが幸せになるのなら、俺は喜んで次の男に託せるってもんだ。」

「先生……」

「おっと!これは負け惜しみとか強がってるとかじゃねぇぞ。本気で言ってんだ。っていうか…こんな事言いたい訳じゃなくて……」

 力説したと思ったらまた最初みたいな感じに戻る。何が言いたいの?


「つまりだ……ありがとな。」

「へ?」

「俺の為に泣いてくれて。俺はきっと一人だったら泣けなかったと思う。代わりに泣いてくれてありがとう。そのお陰で家でちょっと泣いちまったしな。」

「……先生」

 優しい声に目が滲んでくる。私は首を横に振った。

「私は何もしてません。」

「それでいい。」

「え…?」

「それでいいんだ。お前はそのままでいい。」

 先生の手が私の肩を叩く。

 千尋の事とか高崎先生の事とかでいっぱいいっぱいだった心が、涙と一緒に流れていくようだった。


「ありがとうございます……」

 私はしばらく、先生の前で泣いていた……



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