第三章 決戦は夏休み

10話 夏期講習 初日


―――


「な…な……」


 今日から待ちに待った夏休みの補習。赤点を取らないように桜のスパルタにも耐えた。兄弟達とのプールの約束も断った。ばあちゃんの墓参りは昨日済ませた。何の心残りもなくこの日を迎えたはず…なのに……!


「何で……?」

「よう!千尋!」

(何で雄太君がいるのーー!!)

 そう、今目の前にいるのは先日私に告白してきた雄太君。しかも……


「HR委員長の他にあと一人手伝いが欲しいって高崎先生から聞いてさ。ね?先生?」

「えぇ。一組は委員長以外誰もいないようでしたので、白石君に声をかけました。」

 何でそこ繋がってんのよ!


「あぁ~…桜ぁ……」

「あちゃー……雄太君、意外と確信犯?」

「はぁ~……」

 桜の言葉に、今朝までのやる気パワーがため息と共に段々萎んでいく…

(っていうかこれからどんな顔して雄太君に会えばいいのかわからなくて悩んでたのに、こんな不意討ちで顔合わす事になって気まずい事この上ないんですけど!)


「どうした?千尋?」

「いえ!全然!何でもありません!」

「変な千尋。何か悪いもんでも食ったんじゃねぇの?」

「え!大丈夫ですか、風見さん!?」

 雄太君の冗談に過剰に反応して心配する先生……

「カオスだ……」

 またしても桜の発言にため息をついたのだった……




――と、心配したもののいざ蓋を開ければ忙しさに紛れて余計な事は考えられなくなり、気づけば夕刻になっていた。


「皆さん、お疲れ様でした。皆さんのお陰で補習の初日を無事終わらせる事ができました。ありがとうございます。」

 高崎先生の言葉に、その場にいた一堂は疲れた顔に笑顔を浮かべた。

「こんなに忙しいのは初日の今日くらいだと思うので、明日からは余裕があると思います。時間が空いた時は図書室が解放されてるので課題に取り組んでも良し、読書に勤しんでも良し、校庭でサッカーするのも良し。好きに使って下さい。ただし、すぐに連絡取れるようにして下さいね。あ、帰るのはなしですよ。」

 真面目に聞いていた私達も、先生の最後の言葉に噴き出した。


「それでは今日は本当にお疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします。解散。」

「お疲れ様でした~~!」

 口々に言うとそれぞれ帰り支度を始める。

 私は桜を連れて、ちょうど一緒にいた高崎先生と藤堂先生の所に行った。


「先生!お疲れ様でした~!」

「おう、桜。今日は初日だったから大変だっただろ?明日からはもう少し楽になるから。」

「いいえ!全然大丈夫です!明日からも頑張りますから見てて下さいね♪」

「お、おう……」

 若干気圧されてる藤堂先生に同情しながら、私は高崎先生に向き合う。


「風見さん、お疲れ様です。十日間、長いとは思いますが明日からもまたよろしくお願いしますね。」

「任せて下さい!私、体力には自信あるので。」

「頼もしいですね。」

「エヘヘ(照)」

 超絶爽やかな笑顔で返されて照れてしまう。私はHR委員長になった事を心から良かったと思った。


 雄太君から告白された時、真っ先に浮かんだのは高崎先生のこの笑顔だった。今までモヤモヤしていたものが晴れて、自分の心に素直になろうと思えた。


 私はきっと先生の事が好き……なんだと思う。先生と生徒とか関係ない。ただ一人の女の子として高崎拓也という人の事を想っている。

 それは付き合いたいとかいう具体的な事ではなく、ただもっと近くにいきたい。先生の事をもっと知りたい。そんな些細な願望に過ぎないのだけど……


 私は一生懸命背伸びをして藤堂先生と話をしている桜の方を、ちらりと見て微笑んだ。

 桜はこう言っては古いかも知れないが、藤堂先生にゾッコンだ。わかりやすいくらい、わかりやすい(笑)

 たぶん藤堂先生の方も桜の気持ちに気づいているんじゃないかと思う。彼女がいるらしいけど、こんな可愛い桜の一生懸命なアピールを浴び続けてたらもしかしなくてもイケるかも知れない。……何て勝手に分析。


「おーい、千尋!」

「あ……雄太君…」

 呼ばれて後ろを振り向くと、雄太君が手を振ってこちらを見てる。気まずい顔を浮かべていると先生が声をかけてきた。

「それでは風見さん、さようなら。また明日。」

「あ、さようなら……」

 くるりと踵を返して職員室へと歩いていく先生。私はそんな先生の後ろ姿をしばらく呆然と見ていた。


「千尋。一緒に帰ろうぜ!」

「ダーメ!千尋は私と帰るんだから。」

 いつの間に来たのか桜が私の腕を掴み、雄太君との間に入ってきた。

「確かお前ら帰る方向違ったんじゃないのか?」

「えっ…と、そう!今日はこれから私の家で勉強会なの。だからごめんね。行こ!」

「あ、うん。雄太君、じゃあね。」

「おう……」

 まだ納得していない風の雄太君を置いて桜と共に昇降口へ向かう。廊下の角を曲がって姿が見えなくなったところで、二人同時にため息をついた。


「はぁ~…ありがと。桜。」

「もう…しっかりしなよ、千尋。ボーッとしてたら雄太君に襲われるよ?」

「えぇー!雄太君は流石にそんな事はしないでしょ。」

「言葉の綾よ……。でも高崎先生は誤解するんじゃない?」

「え?」

「急に呼び捨てで呼んだり前よりも馴れ馴れしい態度の雄太君を見たら、誰だってあんたに気があるって気づくもん。それに加え千尋の挙動。告白済みっていうとこまでは想像つくよ。あの藤堂先生ですら気づいてたよ。あの二人付き合ってんのか?って。」

「うそ!?」

「付き合ってなんかない!って言っといたけど。」

「どうしよう~…誤解されてたら……」

「とりあえず雄太君にちゃんと断らなきゃね。自分の気持ちを正直に伝えて。」

「う、うん……」

(自分の気持ちを正直に……か。ちゃんと伝えられるかな……)

 雄太君にちゃんと断る。これが今の私のやるべき事であり、夏休みのどんな課題よりも難しいものだった……



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