第二章 告白は唐突にやってくる

5話 アタック作戦


――三日後


「だぁぁっっ!」

「お疲れ~」

「桜~…疲れた……」

 教室に入るや否や桜に抱きつき、ため息をつく。そして今通ってきたばかりのドアを睨みつけた。


「まったく…高崎先生ってば私にどんだけ仕事させれば気が済むの……」

「まぁまぁ。それだけ千尋が頼りにされてるって事でしょ。」

「頼りにっていうか、もうほとんど奴隷じゃん……。掲示係の仕事から始まって本の整理、ニワトリ小屋の掃除及び餌やり、花壇への水やり、保健室の救急箱に包帯の補充、ゴミ捨て、黒板のチョークの補充、クラス全員のプリント運び……」

 この数日、先生から頼まれた事を指折り列挙してみる。そして自分で悲しくなった。


「包帯の補充まではわかるよ?まぁギリね。ゴミ捨ては半ば率先して引き受けたからあれだけど。でもチョークとプリントは明らかに先生の職務怠慢でしょうが!自分でやれっつーの!」

「まぁまぁまぁまぁ。」

「何、その心の込もってない慰め方は!」

「でも私が思うに、先生は千尋だから頼んだんじゃない?千尋はまぁこう見えて優しいから、断らないってわかってたんだろうし。もしかしたらHR委員長に抜擢したのもそれが原因だったのかも。」

「はぁ?確信犯だったって事?」

「うん。私はそう思う。」

「え~…あの高崎先生だよ?最初からそこまで考えるかな?私が本の整理までしてあげたから次から次へって感じだったんじゃない?」

「そうかなぁ~」


 人差し指を口に当てて首を傾げる桜。ちくしょう…悔しいけど可愛い。私はますます抱きついた。

「さくら~!」

「はいはい。」

 ポンポンと背中を叩く桜の手が心地いい。荒くれた心が綺麗に洗われた気がした。


「ありがとう、桜。千尋、復活しました!」

「良かった、良かった。」

「そういえばさ、自分の事でいっぱいいっぱいで忘れてたけど、あの時藤堂先生と二人きりでどんな話したの?」

「あの時?」

「ほら、私達が早く来た日。私が藤堂先生と二人にしてあげたじゃん。あの後どうなったかまだ聞いてなかったから。」

「あぁ…あの時ね……」

 急に落ち込んだ声になる桜に驚いて体を離すと、顔を覗き込んで尋ねる。


「どうしたの?ごめん、話したくなかった?」

「ううん、そうじゃないんだけど……」

「桜?」

「千尋~!聞いてくれる?」

「え?あ…うん……」

 今度は桜が私に抱きついてくる。狼狽えながらも頷いた。




――あの時の桜視点


「先生って彼女とかいるんですか?」

(千尋、ありがとう!)

 って心の中で呟きながら、私は思い切って聞いてみた。


「え?…あー、秘密。」

「あ、もしかしてその反応はいるな?」

「……うん。」

「え……」

 ガーン……自分で墓穴掘っちゃった……っていうか、先生もそこは誤魔化そうよ(泣)


「桜?どうした?」

「別に……何でもないです……」



―――


「という訳なの……」

「そっかぁ…彼女アリか……」

「うん…私、諦めようかな。」

「え?何言ってんの?」

 私はビックリして思わず大きい声を出した。


「だって…彼女いるんだよ?もうダメだよ……」

「そんな事言わないで。結婚してる訳じゃないんだから、諦めるのは早いって。」

「そうかなぁ。」

「そうそう。桜は可愛いから頑張ればいけるよ。協力するって言ったでしょ?私に任せて!」

「……大丈夫かな…」


 私は若干不安そうな桜を励ますように、気合いを入れて拳を振り上げた。




―――


 次の日から私と桜の、『藤堂先生にアタックゴー・ゴー作戦』が実行された。


 え?先生に彼女いるからきっとダメだって?

 ちっちっちっ!甘いなぁ~

 男はね、近くにいる女の方に魅力を感じてフラフラ~っといっちゃうのよ。わかった?


 っていうのは昨日桜に言った私の台詞なんだけど(笑)、ちょっとチャラいけどホントは真面目で優しい藤堂先生には結構グイグイいった方がいいのかな、って思ったからこの作戦にした。


 先生と彼女は遠距離らしいから(情報元は不明だけど)、慕ってくれる教え子を無下にもできない優しい先生には押せ押せでアタックすれば、もしかしたらもしかするかもっていう期待を込めて頑張ろうと桜と決めたのだ。


 そしてその作戦を実行に移すべく、私と桜は職員室に来た。


「藤堂先生ー!質問があります!」

 私は職員室の入口のドアで大声を張り上げて、先生を廊下に呼び出した。そして出てきた先生に桜が質問する。

 もちろん、質問なんてただの口実だけどね。だって桜、頭いいし。


「あのね、先生。ここなんですけど……」

「おい、桜。教えて欲しいなら自分で呼べよ。人に頼らずさ。」

「ごめんなさい。でも恥ずかしいじゃん。大きい声出すなんて。」

「じゃあ何か?私は恥知らずって事か?」

「え?違うの?」

「おい!」

「はははっ!お前らは見てて飽きないな。」

 先生の一言で二人は静かになった。マズイ、マズイ…ついいつも通りのやり取りしちゃった……


「さて、気を取り直してここ教えて下さい。」

「はいはい。そこはあーでこーでそうなって……」

「ふんふん。それで?」

「かくかくしかじかで……」

「なーるほど!」

 桜はわざとらしいリアクションをする。

 私はちょっと離れた所から二人を見ていた。


 180センチ近い身長で地学教師のくせにスポーツマンみたいな体つきの藤堂先生は、意外にもといったら失礼だけど爽やかな二枚目で、高崎先生に負けず劣らず人気がある。


 ぞんざいな口調と軽いノリからチャラいと思われるけど(まぁ間違ってはないが)、実のところ真面目で熱血漢ないい先生だ。

 さすが私の親友。男を見る目がある。


 そんな事を思っていると、何処からか視線を感じた。キョロキョロと辺りを見回すと職員室の高崎先生とドア越しに目が合った。


「先生……?」

 私と目が合った瞬間先生はスッと視線を逸らす。だけど私はずっと先生を見ていた。


(何だろう…先生どうしたのかな?)

 何だか元気のない様子に、私は心配になった。



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