GUN-KNIGHTS Rapid Fire  - ガンナイツ ラピッド・ファイア -

詩月 七夜

#1

本作品は、拙作「GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -」の続編に当たる作品です


そのため「GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -」を読んでいただけると、より物語を深く楽しんでいただけます


【GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885327616


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 今日、何度目になるか分からない腹の虫が鳴り響いた。

 最後の食事から三日。

 水のみで空腹を誤魔化されてきたも、いい加減、だまされていることに気付いたらしい。

 肉体が果たした労働に対し、正当な報酬を要求し始めたようだ。


「腹減った…」


 こんな惨憺さんたんたる状況だが、一応自己紹介しておく。

 俺の名前はロウ。

 旅の流れ者だ。

 現在進行形で餓死寸前の、品行方正な清貧青年である。

 当てのない旅の中、日雇い労働などで食い繋いできたが、遂に路銀が底を尽いた。

 それが三日前のことだ。

 デカい街でもあれば、働き口は見つかりそうだが、生憎、俺が旅しているのは辺境の地。

 小さな町や村はあるものの、元々、人手が足りているか、人を雇う余裕がない人々しか住んでいない。

 つまり、死活問題というやつである。


「くそ…力が出なくなる前に、早く雇い先を見っけなきゃ、今度こそハゲタカ共の餌になっちまう」


 そう言いながら、俺は彼方を見やる。

 この世界は荒野が多いが、ここいら一帯はデカ目の山があるおかげで、雨水が集う川も存在し、そこそこ緑もある。

 水源があるので農耕も行われているようだが、人口が少ないためか、耕地面積はそう多くはなさそうだ。

 つまり、農作業のお手伝いという働き口は望めない、ということである。

 骨と皮になる前に、いっそのこと、野菜ドロボーでもやれば話は早いのだが、そこまで落ちぶれる気もない。

 繰り返すが、品行方正な清貧青年なのだ。


「ん?」


 ふと、歩いていた街道の行く手に、砂埃が見えた。

 耳を澄ますと、かすかなエンジン音も聞こえる。

 へぇ、珍しい。


「こんなド田舎に『自動車カー』があるのか」


 「自動車カー」は“失われた文明の遺産ロスト・レガシー”の一つだ。

 化石燃料(石油)を使って動き、馬車よりも早く走行する上、より多くの荷物を運ぶことも出来る。

 「央都おうと」ではそれなりの数を見ることがあるが、こんな辺境で運用されているのは、非常に珍しい。

 維持管理にも一苦労だろう。

 持ち主は、相当羽振りがいいと見える。

 俺は近付いてくる「自動車カー」に道を空けるべく、路肩へと寄った。

 「自動車カー」が、目の前を通り過ぎるその瞬間、


「助けて!」


 僅かに開いた、車両の後部座席の窓からそんな声と共に、小さな手が飛び出し、空を掴む。

 それを同乗していた厳つい顔の男が抑え込んでいた。


「…おいおい、マジか」


 遠ざかっていく「自動車カー」を見ながら、俺はガシガシと頭を掻いた。

 Fu○kくそったれ

 よりによって、とんでもない時にとんでもないものを見てしまったようだ。


「でも、ま、俺には関係ないか」


 そう呟いて、俺は溜息を吐いた。

 気の毒だが、こんな出来事は辺境ここではよくある事だ。

 央都ほど法や治安機構の整備が進んでいない故に、弱者は常に強者のにえとなる。

 そうなりたくないなら、選択肢は二つしかない。

 一つは、例え他人を蹴落としてでも、自分自身が強者に伸し上がる。

 もう一つは…神がもたらす奇跡か希望にすがるかだ。


「運が無かったな。ま、悪く思うなよ」


 そう言いながら、俺は外套マントを翻した。



 数分後。



「よう。大丈夫か?」


 ハチの巣になって黒煙を上げる「鉄クズカー」を前に、俺はポカンとなったままの少女にそう言った。

 少女を捕らえていた男共は、全員泡を吹いて気絶している。

 全く、運が無かったな。

 ま、悪く思うなよ。

 こちとら、品行方正な(以下略)。


「あ、あり…がと…」


 未だ現実が呑み込めないのか、見事、奇跡と希望の目に留まった少女は、目をパチクリさせながら、呟くようにそう言った。

 それに俺はニッコリと笑った。


「どういたしまして。その代わりに、頼みがある」


「えっ?」


食べ物をくれぎぶ・みー・ぷりーず…」


 そう言いながら。

 ガス欠になった俺は、鳴り止まぬ腹の虫の金切り声エマージェンシーコールを聞きながら地面へ倒れ伏した。


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「ご馳走様でした」


 パン、と手を合わせる俺を、取り囲んでいた少年・少女達が目を丸くして見詰めていた。

 テーブル上には、空になった皿やカップが並んでいる。

 それらに乗っていた料理や飲み物の数々は、10分と経たずに俺の胃の中へと直行した。


「すげぇ!あんな量を一瞬で食べちゃった…!」


「兄ちゃん、何なの?ホントに人間?」


「トアムも大食いだけど、兄ちゃんはそれより大食いだね!」


 トアムなる人物が誰なのかは知らないが、飢えた俺は鉄喰獣アイアンイーターより貪欲だ。

 今も、見守る子供たちの視線も何のそので、ゆうに五人前はあった飯を完食しきった。

 おかげで、空腹のあまりゾンビ状態だった俺も、血色が戻ってきた。


「おう。これくらいは、まあ、前菜オードブル程度だな」


 行儀良くゲップをしながら、俺は子供達にニヤリと笑う。

 それに子供たちは目を輝かせた。


「すげえ!まだ食えるの?」


「やっぱ、人間じゃないよね!?」


「おなかの中、どうなってんの?どこかにつながってんの?」


 たちまち沸き上がる小鬼共に内心辟易していると、パンパンと手を鳴らしながら、救いの女神が現れた。


「みんな、そこまで。そんなに騒いだら、お客様が困ってしまいますよ?」


 そう言いながら微笑んだのは、妙齢の尼僧シスターだった。

 年の頃は二十代後半か。

 化粧っ気はないが、右目の泣き黒子ぼくろと赤い唇が肉感的な美女である。

 緩いウェーブがかった黒髪も相まって、しっとりとした魅力に溢れていた。

 彼女はシスター・ローザ。

 この教会で働く尼僧であり、孤児たちを引き取って、育てているという。

 まったく、このご時世に、奇特な真似をしている。

 しかし、彼女の慈愛溢れる精神により、俺は命を繋ぐことが出来た。


 事の流れはこうだ。

 先程悪漢共から助けた少女は、この教会の孤児の一人だった。

 それを助けた俺に、この天使のような尼僧様が「ささやかなお礼」として、食事を提供してくれたのである。 

 おかげで、俺は「天国の扉ヘブンズ・ドア」をノックする寸前で、この世に戻ることが出来たというわけである。

 まさに神の思し召しである。

 やはり、日頃から善行は積んでおくものだ。


「さあ、みんな。これから午後の農作業があります。それが済んだら、また読み書きの授業を行いますから、早く片付けてしまいましょうね」


 シスター・ローザの言葉に、子供達の間から歓声が上がる。

 俺は感心した。

 辺境で、身寄りのない子供達が勉学を学ぶ機会は、ほぼ皆無と言っていい。

 しかし、この教会では衣食住のほかに、シスター自らが教鞭を執り、子供達に勉強を教えているという。

 実は、こうした教育の有無は、子供達にとって、未来の就職先を左右する重要な要素だ。

 無学な子供は、大した収入もない下級労働者で終わるが、それなりの教育を受ければ、もっといい職にもありつける。

 簡単な差ではあるが、彼らの未来にとって、実際にはとても重要なことなのだ。

 しかし、教育を教える人材を確保するのは、こんな辺境では難しいだろう。

 優秀な教師は、皆そろって央都の学院に籍を置くからだ。

 よしんば、こんな辺境に来てくれたとしても、余程の慈善家でもない限り、その報酬はかなりのものになってしまうはずだ。

 そう考えれば、無償で教育の機会にありつけるこの教会は、子供達にとって、まさに救いの場所といえる。

 その証拠に、勉強と聞いた子供達は、誰もが目を輝かせていた。


「お騒がせしてしまって、すみませんでした」


 我先にと部屋を出て行った子供達を見送ったシスターが、そう言いながら頭を下げる。

 俺は苦笑した。


「いいや。お陰で俺も持ち直したし、賑やかなのも嫌いじゃない」


 そう言ってから、ウィンクする俺。


「おまけに飯も美味かった。感謝するよ、シスター」


「いえ、お粗末さまでした」


 派手に食い散らかしたにも関わらず、シスターは柔らかに微笑んでくれた。

 まったく、頭が下がる。

 この教会の様子を見る限り、お世辞にも裕福とは言えないはずだ。

 さっきの食事だって、恐らく数日分の備蓄を動員したんだろう。

 出来過ぎなくらいに人間が出来たこのシスターに、俺はふと興味がわいた。


「ところで…一つ聞いていいかな?」


「何でしょう?」


「例の誘拐犯だが…あいつら、一体何者だ?あんた、何か知らないか?」


「それは…」


 言いよどむシスターに、俺は目を細めた。


「連中、こんな片田舎で『自動車カー』を乗り回していやがった。アレはそんじょそこらのならず者の手が届く代物じゃねぇ…それなりの後ろ盾バックでもついていない限りはな」


 もっとも、そんな貴重な代物を、俺はハチの巣にしてやったんだが。

 まあ、クズ鉄屋にでも持ち込めば、多少の金にはなるだろう。

 それでも、持ち主だったら怒り狂うはずだ。

 その辺の事情を察しているのか、シスターは無言で俯いたままだった


「…」


「言いたくないのか、言えないのか知らんが、子供一人を誘拐するのに、あんな御大層な代物まで出してくるような奴だ。また、子供達にちょっかいかけてくる可能性は高いぜ?」


「…」


 その可能性を考えていたのか、シスターの表情がさらに暗くなった。

 


「そこでビジネスの話なんだが」


 俺がそう言うと、シスターは怪訝そうに顔を上げた。


「しばらく、ここで俺を雇う気はないか?」


「えっ?」


 想いもよらなかったのか、俺の言葉に目を丸くするシスター。


「さっきの一件とその事情については、話したくないなら敢えて話さなくてもいいさ。けど、あの子達をまた危険に晒すのは、あんたとしても本意ではないはずだ。違うか?」


 シスターは、少しの沈黙の後、苦しそうに答えた。


「でも…その、失礼ですが、この教会にはそこまでの余裕はありません。それに、仮に貴方を雇えたとしても、たぶん大きな迷惑を掛けることになると思います」


 ふん…成程。

 やっぱり、この教会に悪意を持ってる奴がいるんだな。

 しかも、そいつは「自動車カー」を所有し、ならず者を雇えるほどの立場にある奴と見た。

 俺はニッと笑った。


「謝礼のことなら、気にするな。三食と寝床、それだけ提供してもらえれば、それでいいさ」


「で、ですが…」


「心配すんな。用心棒の経験もあるしな。何なら、教会ここの手伝いもしてやるぜ?農作業くらいなら、お手の物だ」


「…」


「勉強についてはさすがに門外漢だが、俺が働けば、その分、あの子達が学ぶ時間が増える…悪い話じゃないだろ?」


 シスターは、無言のまま、肩を震わせていた。

 握り締めた膝の上の拳に、数滴の雫が落ちるのが見える。

 この細い肩で、今までどれだけ気を張っていたのだろうか。

 少し前に別れた、気丈な姉と健気な弟の姿が、オーバーラップする。


「分かりました」


 目尻を拭いながら、シスターは微笑んだ。


「この出会いに感謝を。宜しくお願いいたします、ロウさん」

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