エピローグ 死にたがりは、変化の一歩を踏み出す

 そして月日は立ち、怒涛の冬を超え、雪が解け始めた三月。

雪解け祭り当日。

イカ丸先生の絵や、空き家利用の試みがメディアにも取り上げられ、近年まれにみるほど人が来ている。雪解け祭は、今まで二日間だった祭りを延長し三日間にしたのも功を奏し、湯上温泉街の旅館でもキャパシティオーバーが見られたため、結果として空き家利用もうまくいった。

「いやぁ、祭りはやはり楽しいのぅ。祭りの神としても湯上の土地神としてもとっても楽しいうえ、神としての格まで上がってしまう」

「そうかい……疲れた」

俺は、疲れからため息が出てしまう。

結局のところ、替えふの儀は上手くいった。次期巫女候補は、美夜になり、その日を境に空き家の貸し出しの許可も多くでた。

かく言う俺は、不死とはいえ大怪我を負い、三日間寝込んだらしいがその間も健に頼んだことも上手くいった。

まあ、起きたら、なくなっていた両腕が生えていたので、自分が本当に不死なんだと自覚し絶望したのは内緒だ。

「あ、宗吾さんお疲れ様です!いやー、良かったっす、祭りがこんなににぎわって……って、横にいらっしゃる金髪幼女は、宗吾さんの女っすか?」

そんな事を思っていると、喧しい金髪男の健が俺達に気が付いて話しかけてきたのだが、しまった。七重の事をどう言おうか。

そんなことを考えていると、七重は、人懐っこそうに健に抱き着いた。

「あー、おにいちゃんのお友達ですかー?私、妹の有馬七重って言います!」

その言い訳は、無理じゃないか?

流石に違和感しかない。たとえ健が馬鹿だとしても流石に信じないと思うのだが。

「い、妹さん?宗吾さんって一人っ子じゃ……それに髪の毛の色も……」

「お兄ちゃんがいつもお世話になっています!健お兄ちゃん!」

「……は!そうだったね!よろしくね、七重ちゃん!俺は、一ノ瀬健!」

『むふー、妾にかかればこんなものじゃ!洗脳と言うらしい。神としての格が上がったから使えるようになったから、実験的に使ってみたが使い勝手が良いな!』

ドヤ顔で、俺の脳内に語りかけてくる七重。この子、神様としてやってはいけないえげつない事やっていないかね……

『洗脳って、そんなに万能じゃないんだろう。面倒なことになる前にバックレるぞ』

俺は脳内で七重に話しかける。

『む、今回のMVPじゃぞ、もっと労ってやらんと』

確かにそうだ。

俺や、七重が儀式で引き籠っていた一週間、健には、空き家の貸し出しについての説明や説得をお願いしていた。俺や幸さんよりも町民に立場が近い健が前に出ることにより、空き家利用の許可が、想像より、二倍の速さで集まり、今回の結果に至った。

たしかに健は、今回の一件でMVPだろうが、それとこれは、関係ない。

「健、すまん。俺達これから用事があるんだ。今度ちゃんと七重は紹介するから今日は、これでさらばだ!」

「む、そうっすか……ではまた学校で!」

「おう!」

すまん健、今度昼飯をおごるから許してくれ。俺は七重を連れ、その場を離れた。


 宗吾によって私は、美夜に次期巫女候補を譲ることができた。罪悪感が無かった訳ではない。今後、美夜は、私が覚えてきたことを一から覚え、あまつさえ巫女としての掟も守っていかないのだ。

それは絶対に大変な事なのにこの三か月美夜は嫌な顔をするどころか付き物が取れたように笑うようになった。そして雪解け祭りの当日、巫女としての初めての仕事でもある演舞の一日目を終え、私達は、観光協会の一室で休憩を取っていた。

「ふぅ……今までは見ているだけでしたが、お姉ちゃんは、よくあんなに大変な事を毎年こなしていたのですね」

「あんなもの、慣れよ、慣れ、雰囲気があれば、演舞を見ない奴らは全部凄いと思うわ」

「いやいや、あれを完璧にこなしている時点でお姉ちゃんはすごいんですよ」

そんなことはないと思うのだけれど……、美夜は、ムッと私を羨ましそうに睨んでくる。

最近、美夜が私に見せてくれる表情だ。今までも喧嘩もしていたしこういった表情を見たことはあったけれど、前みたいにどこか遠慮ある訳でもない。

私は、それがとっても嬉しくてつい笑ってしまう。

「む、お姉ちゃんのその余裕の笑み、ちょっと悔しいです」

「あら?そうかしら……ふふ……」

「ほらまた笑った!これだから、出来る姉を持った妹は苦労するんです。けど良いんです!私は、お姉ちゃんよりも勝っていることがあるのでそこまで怒りません」

「あら、珍しい、美夜がそんなに自信満々に言えることがあるなんて」

そう珍しいことだ。

美夜は、いつも私の後ろに隠れて、自信がなさそうにしていた。私としては、同じ日に生まれた姉妹なのになんでそこまで自信がないのか、替えふの儀が行われるまで分からなかったけれど、美夜が自信を持つことは、良いことだと思っていたのだけれど。

「だって、宗吾さんのファーストキスは、私ですからですから。ふっふっふっ」

「んな!そ、そう!良かったじゃないあんなメンヘラ野郎の唇なんて、く、くれてやるわ!」

忘れていた。

嘘です。

凄く気にしていました。

そう言えば、宗吾達が儀式の支度をしている時に一度だけ顔を合わせに行ったことがある。その時、美夜は、勢いに任せて相互にキスをしていた。

「それならいいです!なんたって私の初恋の人ですから!この調子なら、女の子としての恋には勝てそうな気がします!」

「へ、へー。美夜は、宗吾のことが好きなのかしら?」

私は、動揺がバレないように美夜をからかおうとするのだが、美夜は、恥ずかしがるどころか満面の笑みで宣言してきた。

「はい!私は、宗吾さんが大好きです!」

「ん、んな!」

まさかの右フックからのカウンターパンチだった。

その余りの衝撃に私は声を失ってしまった。

「へ、へー、そう。ふーん。アンタも物好きねぇ」

慌てて、反撃をしようとするが、イタズラっ子の様に美夜は、私の方をニヤニヤと見る。

「あ、応援してくれるのですかお姉ちゃん?嬉しいなー。やっぱり女の子は、自分を助けてくれた男の子に憧れを感じると思っていたので、もしかして、お姉ちゃんも宗吾さんのことが好きだと思っていましたが、これなら遠慮する必要もありませんね」

「な!私が、宗吾のことを……好き!?あ、あはは、なにそれ!それなんてエロゲ!?私は、べ……別に宗吾の事なんか……ことなんか」

「ことなんか?ふふ、宗吾さんのことがどうしたんですか?お姉ちゃん?」

私は、宗吾との記憶を思い出していた。

再会は、最悪だった。

アイツは、私の事なんか覚えていない。いや、幼いころそれも、三日ぐらいしか会っていなかった男の子との約束を健気に覚えていた私が重いのかもしれないが、それでも少しはショックだった。

けれどアイツは、私の趣味を否定するどころか共有をしてくれた。

素直じゃないし、ネガティブ。

しかし、アイツは、本当に私が困った時に手を差し伸べてくれた。自分の為とあいつは言ってくれた。だから、気負う必要もなく頼れた。

そんな優しい所もあって、今は、アイツが私を信用してくれている。

私もアイツを信用している。

なんであろうか……分かっていた。

理解していた。

けれど認めたくなかった。けれど、この気持ちを口にして私は、もう後戻りはできるのだろうか。

関係ない、目の前には、前任の神様なんかより随分と大きい強敵がいるのだ。負けてはならない。勝たないといけない。

私は、その気持ちを口にする覚悟ができた。

「美夜」

「はい?」

「私は……わたし、その」

く、口にしなければ。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

「私は、宗吾が好きなの!だから、絶対に負けない。この気持ちの大きさは、私が一番!なにがファーストキスよ!私は、譲ってあげただけ!私は、そんなことしなくても美夜になんか勝てるもん!負けない!絶対、絶対、負けないから!」

い、言ってしまった。

言っちゃった。

言葉にすると、恥ずかしい。いや、待って、もう宗吾の顔がもう見られない。

「お姉ちゃん、負けません」

「私だって負けないんだから」

二人で笑って、握手をしたとき、扉があく音が聞こえたと思うと宗吾の声が聞こえた。

「ん?何が負けないんだ?」

「うるさい馬鹿!死ね!」

「痛い!なぜいきなりボールペンを投げつける!」

私は、入ってきた宗吾に向かって手元にあったペンを思いっきり投げつける。

普通に後戻りできてしまった。


「宗吾、起きておるか?」

「なんだ、七重?俺は、したくもない打ち上げで疲れている」

雪解け祭は大成功し、空き家も一件だが買い手がついた。その記念にと春休みのある日、豪紀さん主催の元打ち上げをした日の夜。

俺は疲労感から布団の肥やしとなっていた所に七重が俺の布団の中に潜り込んで話しかけてくる。

「宗吾、今でも死にたいか?」

突然の問いかけに俺は不思議な感覚を覚える。もちろん答えは変わらない。

「死にたいよ。なんで今更そんなことを聞く?そんなの七重が一番知っているだろう」

「最近の宗吾は、あまり負の感情と言うものを感じなくなったからのう。もしやと思ったが気のせいのかもしれぬのう」

少し寂しそうな表情をする七重は、その小さい体を俺に寄せてきた。

「なんだ、夜這いでもして無理やり俺を生かそうとするのか?神様的に夜這いとかどうなんだ?」

俺は冗談を言ってからかう。

一つの布団に小さな女の子と向かい合って寝ている。本当なら嬉しいことなのだが、そう言った劣情が生まれることはなくむしろどこか安心してしまう。

「神が人間と性交渉をしてはいけないと言う掟はないぞ。むしろヨグソトースや、ゼウスと言った神話に名を残す神々には、人間との間の子どももたくさんいるぞ」

「いいのか神様」

「なんじゃ?妾に劣情でも抱いたか?全く元気な息子じゃ」

本人にそのつもりはないのだろうが、セリフは、かなり卑猥に聞こえた。最近は、那奈美の同人の手伝いもしていないし、エロい妄想が夢に出ることも無いのだが。

この場合の息子は、俺そのもの、七重の母性からのセリフだと分かる。

母性の塊が、こんな悪そうな顔をしていいとは思えないが、そこは言わないでおこう。

「元気も何も、俺に聞きたいことがあるんだろう」

そう、この問いかけ、きっと聞きたいことがあるのだ。秋ごろからもう、半年以上七重と一緒にいると些細な表情から、言いたいことが分かるような気がした。

まあ、それは、七重も一緒なんだろうが。

「のう、宗吾は、今の湯上は、好きか楽しいか?いろいろな体験を妾達はした。おそらく、今後普通に生きていたらするはずの無かった体験じゃ。辛いこともあったが楽しかったか?妾は、楽しかったぞ。今までで一番濃厚な時間じゃ。宗吾はどうだ?」

「まあ、切れた腕がトカゲみたいに生えてく経験なんて普通はしないだろうな」

「宗吾はそうやってまた悪いことを言う」

「余裕ができたんだ」

そう、余裕が生まれた。

今も俺は、確かに死にたい。けれど秋の頃ほど、急いで死のうとは思えなくなっていた。そう思っていたなら、俺は、観光協会に協力し祭りを盛り上げることなんてなかったのが証拠である。

「そうか、良かった。妾は、宗吾がまだ死に急いでいるのかもしれんかと不安に思っておったがそんなことはなかったんじゃ」

「まあ、湯上温泉町が市になるまでだがな。それに今がとっても楽しい。だから死に急ごうなんて思わない。死ぬ気ではあるが」

「そうか、楽しいか…まさか、宗吾から、そんな言葉が出るとはな」

七重は、俺を何だと思っているのだろうか、俺にだって喜怒哀楽があるから当然だ。

いや、そう思われるのも無理はないか。

けれど、今なら思い出せる。

那奈美の照れ顔、美夜の悪戯な笑顔、健の素直な表情、豪紀さんの大人な雰囲気、美湖さんの肝っ玉母さんな所、幸さんの寡黙だけど優しい顔。

そして、七重の慈悲に溢れた顔。

全てが俺を構成する。

確かに俺は、咎人で変わることのないしにたがりな狂人。

だからこそ、俺を構成するすべてを束なしてはいけない。足を向けて寝られないほどの音がある。だから、俺は死にたがっていても、死に急ぎはもうしない。

だから、こんなきっかけをくれた七重に俺はお礼を言う。

「ありがとう。七重」

「うん、良い笑顔じゃ」

七重は、そう言うと俺に抱き着いてそのまま寝てしまう。

良い笑顔か。

今まで、俺の笑顔は、不気味がられていたが、七重は、そんな俺の笑顔を褒めてくれた。

変わることができなかったはずの狂人は、もしかしたら、変われる一歩を踏み出したのかもしれない。 

だから、俺は、美しく、そして俺を構成する人たちにも顔向けできるような、そんな最高の死が迎えられるよう。


 物語は、いつか終わりを迎える。

だから、俺の人生(物語)も終わりをいつか終わる。だけど、どうせ終わるのなら、誇れる終わり方をしていきたい。

きっとそう思えるようになっただけでも俺は、変わることのできない狂人ではなくなったのかもしれない。

いいや変わったのだ。

だから、俺は、今日も明日も、終わるために全力で生きて行こうそう思える。

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