第18話 前任者

 そして、連休も終わり、季節は、冬になり、東京とは違い雪の降る湯上の地は、寒くなってきたが、それ以上に地方創生の状況は、寒くなっていた。

「すまんな、宗吾君。君が頑張っているのも分かるがどうにも空き家を貸してくれる連中が集まらなくてのう」

「豪紀さん、謝らないでください。これは俺の企画不足が産んだ状況ですから」

俺は、豪紀さんと二人、観光協会で話し込んでいた。

議題は、空き家貸し出しの協賛率である。保障する旅館側の理解は得られたのだが、やはり、空き家を貸し出す側の人たちには、未知を受け入れるという所から目標値の五割以下しか協賛が得られていなかった。

「いやいや、宗吾君は、ワシが思う以上の働きをしているよ。祭りにオタク文化を流入して宣伝するなんて、若い人にはなかなか効果的だと思うよ。それより謝るのは、我々湯上温泉町の住民たちじゃよ。若いもんがこんなに命を削ってまで湯上のことを考えているのに……情けない」

あの後、俺は、那奈美に話をつけ、雪解け祭の宣伝ポスターを描いてもらい、当日限定グッズを販売してもらうように計らった。

イカ丸先生は、エロ絵が多いし、アマチュアでは、あるがプロデビューの依頼も多く、下手なプロよりよっぽど強く、SNSなどでもトレンドになる程度には、広報できた。

祭りを行うだけなら、もう成功はするのかもしれないが、あくまで目的は、湯上に移り住んでもらう事。

このままでは、一時の話題になれたとしても次はない。

「いいえ、それより見直さないといけないですね。空き家の貸し出し側への新たな利点を」

「そうだなぁ……結局のところ、彼らが不安に思っていることは、マナーや文化の違い、今まで慣れ親しんだ常識を変えないといけない所。やはり、湯上の地は、どこか封鎖的な所があるからのう」

……そう、田舎特有の封鎖的な部分。そこが湯上温泉町の人は、特に強かった。俺も今では、色々な所にいるから、受け入れられ始めているが、来た頃なんて、全然話すら聞いてくれなかった体験があるから、身をもって理解していた。

「しかし、受け入れられる。踏み出す勇気ですか……」

どうすればいいのか考えていると、七重が、俺の中から話しかけてくる。

『宗吾、悪いが今、良いか?』

『待っていろ』

俺は、いつになく真剣七重の問いかけに対して、少し不思議に思いながらも、豪紀さんに話を切るため一言断わりを入れる。

「すみません、豪紀さん、少し席を外してもいいですか?」

「それなら、今日は、ここでお開きとしようか。今夜の雪は、積もるからのう」

「げぇ……俺も幸さんに迎えに来てもらいます」

「それが良い。では、ワシも帰って風呂にでも入って寝るかのう」

豪紀さんは、腰を痛そうに上げ、会議室を出ていく。痛風を患って腰が痛いのにいつも俺と夜まで話に付き合ってもらっている。

本当に最初あった時は、食えない爺さんとしか思っていなかったが、今となっては、心強い味方である。

そんな、豪紀さんが、部屋から出たのを見計らって、七重は、いつもの様に俺の中から、ホラー映画のお化けの様に這いずり出てくる。

「ふいぃー!やはり外は冷えるのう。器の中にもそろそろ暖房を入れようかのう」

「やめろ、俺の体に何を入れようとしている」

何度、体験してもやはり器としての不思議現象には、慣れないし、俺の中に暖房って……器の内容は聞いたがいまだに原理は理解できなかった。

「冗談じゃ。それよりも最近、地方創生がうまくいかない核心に気が付いた」

「核心も何も、これは、湯上温泉町に住む人の住民性が問題で」

そう、結局のところ、俺が今突っ掛かっているのは、住民性であり、その住民性を知ったうえでの利点を提唱で来ていないのが問題なのだから、核心も何もないと思っていたが、七重の見解は、少し違っていた。

「それもそうかもしれんが、空き家の貸し出しや販売に関して少しうまくいかなすぎるとは、思わんか」

「まあ、確かに予測より下回って入る」

確かにそうだ。現状目標値の五割程度しか空き家の貸し出しの許可が出ていない。しかし、旅館の取り分が多少あるにしろ、貸出販売を許可してくれた人の利益と言うのは大きなもので、正直今の時点での予測進行率は、7割に行くはずだった。

それすら下回るのは、確かに予想外だった。

「だろう。妾も不思議に思っていて、調べたんじゃが、これは、普通にやってもうまくいかない。もっと神聖的な妨害が入っている」

「神聖的?なんだ、何か不思議な力が介入して、話が前に進まない?馬鹿らしい、ありえないだろう」

ありえないはずだ。七重との出会いは、確かに普通には、ありえない出来事ではあった。しかし、それ以降、漫画の様な超能力バトルみたいな展開は、無かった。

だからか、そう言った超常的な現象は、今回の計画から省いていたのが……今となっていきなりそう言った展開になるなんて思ってもいなかった。

「まあ、湯上温泉町には、妾以外の神はいなし、意思を持った概念だって存在していないから、妾もその可能性は、今まで省いていたのだが……それも言っていられなくなった」

「なんだ?俺の不死性で、次々に襲ってくる敵を倒せってか、漫画みたいに」

「阿呆、そんな馬鹿なことがある訳無かろう。神同士の争いに生き物を使うのはご法度じゃ。そんなことしたら世界の秩序自体が乱れるであろう」

良かった。どうやら、バトル漫画のような展開はないようだった。俺だって、バトル漫画によくありそうな不死性を持つが、これを使って悪事までは私用とは思っていないし、人として外れてしまう。

しかし七重は、俺がホッとしたのを見て真面目な顔で注意してくる。

「いいか宗吾、これは、むしろバトル漫画の様に拳で解決できれば良いが、そんな単純なことではない」

「じゃあ、なんだ?世界の命運を託す的なのは、やめろよ」

「そうでない。これは、恐らく前任の神の残留概念……肉体を捨ててなお、前任の神は、意識を残していた」

「前任の神は、肉体も意識も手放し、概念に戻ったって言っていなかったか?」

意識が残っている?確かに神は、意識の持った概念に肉体を付与した存在らしいが、前に聞いた話だと、前任の湯上温泉町の土地神は、七重に肉体を与え死んだと聞いていた。

「妾もそう思っていた。しかし、違った。肉体を捨ててなお、概念に意識を残している。そう確信したのは、以前、宗吾達と東京に行った際じゃ」

「なんかあったか?あの時は、そんな不思議現象なんて起きなかったが」

「起きたろう。ホテルで泊まった最終日、美夜と同じ部屋で寝た時」

「あれ、なんだっけ。もしかして妙に美夜の距離が近かった時?」

そう言えば、もう、一か月以上前の話になるが、美夜は何かを言おうとしたことがあった。あれ以降、美夜は、妙に距離が近い時があり、逆に物凄く素っ気ない時もあったが、あまり気にし過ぎても何も変わることはなかったので気に留めていなかった。

「そうじゃ、最初はもしやと思った。今も確信とまではいかないが、もしかしたら、無意識のうちに前任の神の意識が潜り込んでいる可能性がある」

「根拠は?前任の神様とやらが美夜に潜り込んでいるという結論に至るには、なにかしらあったってことだろう」

「そうじゃのう。しいて言うなら、前任の神が司る概念が問題なのかも知れん。今の妾も元は、祭りごとの概念だったように、前任の土地神も意識を持った時の概念がある」

概念……たしかに七重が元は、祭りごとの概念から生まれた神だったように前任の神もきっと湯上温泉町以外の概念があった。

意識を捨てていなければ、今も意識は、その概念にある。そして七重は、その概念から意識を感じ取ったのだろう。

「前任の神……奴の概念は、不変。簡単に言えば、変わることを良いとせぬ人の感情から生まれた概念」

「変わることへの否定……それが、どうしてあの日の夜につながる?」

あの時、美夜は確かに少しおかしかったかもしれないが、ただ昔の話をしただけで、昔話くらいは誰だってする。

「明らかにおかしいのは、突然昔話をしていたと思ったら、宗吾にキスをしようとしていたろう。普通に考えて、そんなことをうら若き生娘がすると思うか?」

「処女ビッチは、ありえない。これは、イカ丸先生と俺の見解だが」

確かにありえなかった。俺は、最近、那奈美に進められて見たアニメに処女ビッチと言うキャラが出た時に、那奈美女とそれはないと盛り上がった。

アニメの恋愛と言うのは、一部を除いてちゃんとした過程があって恋愛に至る。それは、現実でも同じことだと。

「う、うむ。那奈美と宗吾がだいぶ仲が良くなったのだな……と言うか、今は、その処女ビッチとやらは関係ない。目的が無ければ、そんな事はしないじゃろう」

「まあな、しかし目的ってなんだ?美夜が俺にホレた。それだけなのかもしれないだろう」

「ほう、宗吾は、自分がする普段の行動を見てそんなセリフが出るのか」

「すみませんしません。ありえません」

うん、美夜が俺の行動を見てホレる訳無いよね。普段から、死にたがっている様な俺を見て恋愛感情を持つなんてありえないことだった。

七重は、一番近くで俺を見ているからなおさら、ジトっとした目で俺を睨む。

「では目的とは何か。のう、宗吾、妾達の目的は?」

「湯上温泉町を市にする。つまるところ、人口の増加と外からの移住者の受け入れ」

「さて、成功すれば、湯上はどうなる?」

「確実に変わる……。はぁ!?いやいや!あり得ないだろう!」

そう、俺達が湯上温泉町を市にするほどの人を受け入れた場合にどうなるか。

それは、確実に現状の湯上からの変化。

「まあ変わるのう。しかし、前任の神は、絶対に許さない」

「そうかもしれないが、湯上が変わったところで、変わるのを拒むっていう人の感情が消える訳ではない。神として死ぬ三つの条件にも当てはまらないなら、前任の神だった概念には、無関係じゃないか!」

そう、感情と言うのは、人から消えることのないもの。その概念から生まれた前任の神にとって今回の計画は、完全に無関係のはずだった。

「無理じゃ、前任の神は、土地神となった後も元会った概念としての特性を色濃く持って居った。つまり変わることを許容しないこと。その証拠に黒川の家系を見ればわかりやすいだろう。代々、黒川の長女は、巫女としての義務がある。この義務を委譲することはできない。だから那奈美は、なりたくもない巫女の次期当主として縛られている」

「けど、今の土地神は、七重だろう。そんな縛りなんて神の力でどうにか……」

「ならないから、今も妾は、こうやって苦渋を飲まされておる。神として力は、意思を持った概念がどれだけ生き物に根付いているかに起因する。妾は、祭りごとの概念。歴史は確かに古いが、人が意識的に生み出した概念。前任の神は、人が無意識に生む感情を基にした概念。その力は、肉体を失ってもなお、呪いの様にまとわりつく」

「……呪い」

「呪いじゃ。妾が、この町を反映させたいのは、確かに神としての命の継続もあるが、もう一つは、前任の神が残した、黒川家の巫女を湯上に縛るという呪いの解呪のための力を集めることじゃ。祭りごとの神としての性質か、人は、自由に楽しむべきじゃ。巫女だって、人じゃその枠にはいていい筈なのに、前任の神は許さなかった。それが妾は、許せぬ」

その言葉を発するのは、簡単だが、解くのは、恐らく比にならないほど苦労するもの。

七重の言葉からも分かる。

きっと七重は、神として百五十年、黒川と関わって挑戦しては失敗してきたのかもしれない。けど諦めない。

人生すら諦めていた俺よりもよっぽど人間らしい神様だった。

「しかし、前任の神の意思がまだ美夜に潜り込んだというのは、可能性でしかない」

「そうじゃ、だから……」

「調べるってことだろう?任せろ」

そう、だから、調べないといけない。このことが事実なら、きっと今回の地方創生も、上手くいかない。

それなら、俺は今できることをすればいい。

「話が早い。頼んでいいのか?」

「ああ、頼め」

俺は力強く胸を叩く。今までの俺では考えられないことだったが、人は変わる。

俺は、きっともう変われないほど狂ってしまったが、美夜や那奈美は、まだ変われる。

そのためになら俺は何でもする。

「変わったのう宗吾は……」

七重は、少し嬉しそうに笑う。しかし、そんなことはない。

俺は、死に憧れ、思い焦がれる、死にたがりの狂人。きっと変われないから、七重に笑って見せる。

「俺は、いまだに死にたがっている。変わっているわけないだろう」

「はは、相変わらず笑顔が気持ち悪いが……頼りにしているぞ。」

ほら俺は、まだ変われていない。

笑顔だってロクに出来ない狂人だ。そんな狂人だから、変わることを嫌う前任の神様にだってきっと立ち向かえる。そんな気がする。

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