§10 闇夜の始まり
066▽ポジショントーク
廊下に出た小田原 アヤトは、
「ああ……」
青いウインドブレカーの魔術師は、そこに並ぶ面子を見て、納得の声。
アヤトやマコトのような異能者や、あるいは<DD部隊>や
「この人達が、政府の救出部隊……?」
意外そうな声の主は、ライトを持った見慣れない少女。
彼女はすぐに、こちらの顔を照らした事に気づいて、光の向きを下方へと変えた。
アヤトは、その少女の隣に立つ赤髪少女へ、確認の声をかける。
「そっちが、お前の
「うんっ
アヤ姉ちゃん」
中西 マコトは、嬉しそうに答えた。
身内の無事で緊張が
「── あ、初めましてっ
従姉妹を、マコトちゃんを、助けていただいて本当にありがとうございます」
活発そうな少女が、黒髪のポニーテールを跳ねさせるように、慌てて頭を下げた。
「まあ、成り行き、な。
── で、こっちがさっき捕まってた方か」
アヤトが、次に視線を向けたのは、先ほどの人質の少女。
「── ぁ…………っ」
気弱そうな少女は、ビクリ、と身を震わせた。
放送室に連れ込まれていた少女は、制服を破られたらしく、作業服の上着を羽織っている。
仁太が上着を着ていなかったのは、このせいらしい。
アヤトが、露出の多いタンクトップ姿になり、いよいよ土木作業員みたいな格好になった仁太に目線を向ける。
彼は、それを
「捕まっていた方が、高等部1年の
その隣が、同じく高等部1年の
2人とも生徒会の関係者 ── 書記見習いというかお手伝い係というか、そんな感じッス」
「……お前もしかして、全校生徒の顔と名前覚えてるのか?」
アヤトが感心半分呆れ半分で
「いやいや、まさか。
顔と名前が一致するのは、半分くらいッスよ」
「── クソが。
ちょっと顔が広いからって自慢すんなっ
俺なんて、中学高校のクラスメイトの名前すら、あやふやだよ。
それに、その上着もアレか?
『俺、女性に気をつかえる紳士ですよ』なアピールか?
ちょろっと目を離したスキに、
「いやいやいや。
何の
大将だって、こんな美人さん達に囲まれて、ウハウハじゃないッスか」
仁太の指摘どおり、<DD部隊>は女性隊員のみ。
しかも、美女・美少女ぞろいのメイド・バニーガール軍団で、見た目は華やかだ。
しかし、アヤトは険しい顔を崩さない。
「それはそれ、これはこれ。
『非モテの恨み100まで』って有名な言葉を知らないのか?
古事記にも書いてあるだろ。
── あれ、万葉集だったっけ……?」
「んな言葉、聞いた事ないッスけど……」
仁太が首を傾げた。
すると、マコトの従姉妹・
「……『三つ子の
「…………」
アヤトも、初対面の相手に間違いを指摘されて恥ずかしかったのか、あさっての方向に顔を向ける。
………………
…………
一同、沈黙。
気まずい空気が流れる事、しばし。
アヤトが向き直り、何事もなかったかのように口を開いた。
「── さて。
第2回の作戦会議を始めるか」
「またやるのか……」
マコトが、呆れ声を
その隣の、黒髪ポニーテールの少女が、恐る恐ると片手を上げる。
「あの……作戦会議って、何を話すんですか?」
「残りの人質は、敵といっしょに体育館なんだろ?
その段取り」
「ええっと……
わたし達みたいな素人が、口を出して良いんですか?」
「はぁ……大体そういうの、アンタの仕事だよな?
なんでそんなに
アヤトは小さく肩をすくめて、思わせぶりな事を告げる。
「まあ……俺としては『報酬』代わりのつもりだったんだが……
お前らが『要らん』と言うなら別にいいけど」
「ただ働きさせられるのが『報酬』って、何だよっ」
赤髪の異能者少女が、やや声を荒げて、不可解と告げる。
青衣の魔術師は、意地の悪い笑みを浮かべる。
「何度も言うが、俺ら『皆殺し部隊』だからな?
生徒も教師も、無理して救出する理由はない。
で、俺らがこのまま無策で突っ込むと、人質が半分以下になる。
それで構わんなら ──」
「── いや、構うよ!
無策で突っ込むなよ!」
マコトは、慌てて制止の声。
しかし、アヤトは気にせず言葉を続ける。
「ああ、『無策』は言い方が悪かったな……。
力づくのゴリ押し戦法だ。
まず俺が、体育館の天井ぶち破って乱入。
うちの女達は、外で待ち伏せして、逃げ出す奴を片っ端から穴だらけにする。
多分、このやり方だと、結構な数の生徒が巻きぞい食らう」
「いや、だから、止めろよそれ!」
マコトは、悲鳴じみた声で中止を訴える。
アヤトは、頭をかきながら、面倒そうに説明を続ける。
「── だから、お前もまず話を聞けって。
さっきも言ったけど、<
敵を皆殺しにした後に、『人質が生き残っていればラッキー』。
それどころか、今後の事を考えたら、2度とこんな
「そんな……」
政府機関とは思えないような容赦のない言動に、学園の生徒達は息を呑む。
アヤトは苦笑いを一つ。
「悪いが、俺はコイツらの
他に荷物を抱える気も無い」
青衣の魔術師は、<
年長のバニーガールは、
年少のバニーガールは、
「見ず知らずの他人なんて、いよいよだ。
死のうが生き残ろうが、俺の知った事じゃねえ」
青衣の魔術師は、冷淡に
彼は、両脇の女達から手を離して、進み出る。
アヤトが、顔を
それから、腕を組んで壁に背を預ける赤髪の少女・マコトにも目を向けた。
「── だが、お前ら2人は、思った以上に役に立った。
俺は、ロクでなしの悪党だが、借りは必ず返す。
だから『報酬代わりに1個だけ言う事を聞いてやる』って言ってるんだ。
大事な大事なお友達が、なるべく死なないですむような、上手い作戦考えろ」
「…………上手い作戦、か」
マコトが呟くと、沈黙が広がる。
居合わせた学園関係者一同は、そろって黙り込み、それぞれ妙案を模索し始める。、
その脇で、<DD部隊>の少女が、小声で何かブツブツとつぶやいていた。
「……びっくりした。
びっくりした。
びっくりした。
マスターにギュッとされた。
びっくりした。
びっくりした。
びっくりした……」
バニーガールの少女は、
コンクリートの壁に向かって、壊れたオモチャみたいに、同じ言葉を繰り返している。
「こら、仕事中に気を抜くなっ」
バニーガールの美女が、叱咤の声と共に少女の尻を蹴り上げる。
「ひゃんっ」
バニーの少女は、ウサギのように飛び上がった。
▲ ▽ ▲ ▽
そこは、大勢の人間が閉じ込められ、熱気と湿気で蒸し風呂のような状態だった。
さらに、男達のざわめきが、さらに不快指数を引き上げている。
「何ださっきは……っ」
「銃撃か!? 誰がやられたんだ?」
「さっき放送してた、
「おいおい話が違うぞ。
「見張りや巡回と連絡がとれないし、これ本格的にヤバいんじゃね?」
ホテルマンのような詰め襟の灰色制服の一団に、動揺が波紋のように広がっている。
それを見て、リーダーらしき男が舌打ちをする。
「ち……っ」
すると、彼の元に、小兵な白髪の老人が歩み寄ってきて、耳打ちをする。
「
引き締めないと、少し良くないネ」
「……わかってるよ、じいさん」
華僑系の老人から『
リーダーは、せわしなく周囲を見渡すと、ある一点で視線を止めた。
そして、仲間の注意を集めるように、大きな声を張り上げた。
「おい、お前ら!
俺が、何のためにコイツを生かしておいたと思ってるっ!?」
「おい、起きろよSATの隊長さんよっ!
ちょっと、お話しようぜ?」
そう言いながら、体育館の片隅で倒れていた、黒ずくめの男を蹴り転がした。
それは、黒いボディアーマーに身を包む、特殊部隊の最後の生き残りだった。
SATの隊長と呼ばれた男は、小さく
そして、
「い……
自首でも、する気になった……か?」
「強がるなよ、息も
ちょっとアンタに
「お、俺は……機動隊、あがりだ。
四年前の抗争で、貴様ら吸血鬼に……仲間を、大勢殺されたっ
その
「四年前とか知らねえよ。
俺はその頃、まだ吸血鬼にすらなっちゃいねえ」
灰色制服のリーダーは、興味なさげに首を振る。
しかし、SAT隊長は激しい憎悪をぶつけてくる。
「お前の事情など、知るものかぁっ
貴様ら吸血鬼に、教える事など、何もないっ!
警察を、人間を、
── ガァ……っ!!!」
「はあ……ダメだこりゃ。
話になんねぇ……」
SAT隊長の、太股に巻かれた止血用のタオルの辺りを、硬い軍用ブーツでの底で踏みにじる。
「
もう出血たくさんネ」
リーダーは、白髪の老人の忠告に従い、相手を痛めつけるのを中断する。
代わりに、SAT隊長のボウズ頭を
「じゃあ仕方ねえな。
こうしようか。
アンタが答えなかったら、そこの小娘どもを一人ずつ撃つ」
「…………っ!」
SAT隊長の顔が青ざめるのを見て、白髪の老人はダメ押しの台詞を告げる。
「それ、よろし。
減らす、よろし。
娘の数が多過ぎ、
「ははっ
救出部隊のくせに、人質をムダに死なせるなんて無能な連中だ」
それだけで、SAT隊長は切迫した様子で、かすれた声を張り上げた。
「── やぁ、やめろぉっ」
「じゃあ、質問に答えてくれるか?
それとも、人質の命より味方の情報が大事か?」
ニヤニヤと笑う
「……わかった、答える。
だから、子ども達には、これ以上、手を出すな……」
「物わかりがいいな。
もうちょっとゴネるかと思ったけど」
「……貴様らのせいで、不幸になる人間を……ゲホッゲホッ……、増やしたくないだけだ」
「なら、きちんと質問に応えな
あんたも聞いてただろ?
さっきのふざけた放送の女の声。
そして今し方、俺の仲間をやったヤツ。
何か心当たりがあるだろ?」
SAT隊長は、その問いに小さく横に首を振る。
「詳しくは、知らない……」
「ほう。
そんなに、いたいけな乙女の悲鳴がききたいのか?」
「ちがう! 本当に知らないんだっ
だが、予想はつく……。
噂話を、聞いたくらいだが……」
SAT隊長がそう前置くと、
「言ってみな」
「厚生、労働省だ……」
「コーセー、ロードーショー?」
リーダーの男が不可解そうな顔をすると、白髪の老人が口を
「それ、保健所の親玉アル」
「おいおい、
それとも、俺たちを保健所に始末される犬っころだとでも言いたいのか?」
だが、SAT隊長は静かに否定して、淡々と説明を続ける。
「そうじゃない……。
吸血鬼が関係する事件は『
事件に吸血鬼が関係すると、
どこの
「マジの話か?」
「ああ、厚生労働省には吸血鬼専門の部隊がある……。
公然の秘密だ……。
たしか……名前は、
SAT隊長は、不調の最中にしゃべり続けて、疲れたらしい。
重々しいため息をついた。
「新型狂犬病に、猟犬部隊。
どっちにせよ、犬っころかよ……っ」
「吸血鬼専門の部隊……か。
ホントなら、少し風向きが悪いネ」
しかし、リーダーは苦笑を返して、横に首を振る。
「関係ねえよ、じいさん」
── バンバンバンッ、と銃声が三つ続いて響いた。
「── がぁ……っ」
床に倒れていたSAT隊長の身体が少し跳ね、だらんと伸びると、少し寝返えった。
先ほどまでの、ハッハッハッと犬のような荒い息が途絶える。
代わりに、やや黒い血だまりが、体育館の床ワックスを汚し、ジワジワ広がっていく。
── 『き、キャァァァァ……ッ!』
殺人の衝撃は波のように広がり、疲労で無表情になっていた少女達の顔に、改めて恐怖が刻まれる。
「……ん?
何か、言ってるネ……」
白髪の老人が、SAT隊長の
「── 『クサカ、タテベ、サキニ、イク』?」
「……人の名前? 遺言か?」
「そう、みたいネ。
人間、とても弱い。
吸血鬼なら、こんな簡単に死なないネ」
「ああ、哀れなもんだぜ」
リーダーは、老人の目配りの意図を察して、
そして、こちらを
「見ろよ、人間はこんなに弱い。
脚を撃たれただけで動けなくなり、腹を撃たれただけで簡単に死ぬ。
だが──」
── バンッ、と今度は銃声が一つ。
凶弾は、今度は味方であるはずの、灰色制服の男の一人を撃ち抜いた。
「──ってぇ……っ
畜生、何しやがんだっ!」
腹を撃たれた男は、悲鳴をあげた。
血をまき散らせながら、もんどりうつ。
だが、人間なら致命傷の銃撃も、吸血鬼では悪態をつくくらいの余裕があった。
リーダーの男は、その様子を周囲に見せつけながら、大声を上げた。
「── 吸血鬼は、銃くらいじゃ死なない!
俺たちは不死身だ、無敵だ!
吸血鬼専門の部隊がどうした!
思い上がった人間どもに、吸血鬼の恐ろしさを思い知らせるぞ!」
リーダーは、そう言い放ち、見渡す。
すでに、仲間達に広がっていた動揺は、消え去っていた。
詰め襟灰色制服の
リーダーが満足そうに
「畜生、タカシ、てめえ……っ
いきなり撃ちやがって、俺が何したって言うんだよ」
「おっと、悪い悪い、ちょっとした実験台だ。
後でたっぷりと処女の血を吸わせてやるから、我慢してくれ」
倒れた仲間の上体を引き起こし、壁際に座らせる。
いつの間にか、携帯電話で通話していた白髪の老人が振り向いて、こう告げた。
「
岸田が連れてくるヨ」
▲ ▽ ▲ ▽
月が砕けて、四半世紀が経った。
── そして。
月下に、吸血鬼や異能者が出没し始めて、二十数年が過ぎた。
その二十数年の間に、闇の世界では無数の血が流れた。
暴力が嵐と吹き荒れ、不条理が幅を利かせ、屍が山と積み上げられた。
そして、それらの傷跡は経験則となり、口づてに伝わり、やがて不文律と刻まれた。
生死に直結する遵守規則。
それが、
その中で、最も重要な1箇条。
── 『絶対強者には、近づくな』
『彼ら』は、無数の血にまみれた、その禁則を破った事すら。
いまだに気づいてさえ、いなかった。
//── 作者コメント ──//
今年に入って、隔週更新くらいペース。
反省、マジ反省。
雑だ……雑い、でも更新しないよりマシなはず
「雑でもいいよね、ダメ人間だもの byみやま」
あと、寝込んでる最中に読んだ、小説家になろうの
「俺は星間国家の悪徳領主!(三嶋与夢先生)」が蝶最高。
天地無用!GXPとか好きな人にオススメ
2020/03/22訂正 末尾に『067』の一節を入れる。
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