058▽2人の少女



 大人しそうな少女が、廊下にたたずむ白い人影へと、恐る恐る小さく声をかけた。


「── あの……」


「──~~……っ!?」


 すると、もう一人の少女が慌てて飛びつくように、その口をふさいだ。


 級友の口を片手でふさいだ少女は、もう片手で相手の腰を抱き締めるようにして、室内に引き戻す。


 活発そうな少女は、隠れ場所であるPC教室のドアを、音を立てないように慎重に締めた。

 そして廊下から離れるように窓際まで移動すると、パソコン機器がいくつも並ぶ机のかげに隠れるように、二人で座り込む。


 活発そうな少女は、不用心に顔を出した穏和な級友の口元から手を離し、押し殺した声と厳しい表情で注意した。


「ダメ……っ

 ダメだよ、霧島きりしまさん……っ」


 活発な少女・大城おおしろ亜耶音あやねの言葉に、穏和な少女・霧島きりしまつぐみは小首をかしげた。


「え、なんで……?」


「あ、危ない人達かもしれないでしょ……っ」


 活発な少女は、大きくなりそうな声を抑えて、半泣きの表情で言う。

 穏和な少女は、ようやく口を解放され、小声で答える。


「でも、女の人みたいだし。

 助けにきてくれたんじゃないかな……?」


 しかし、返ってきた声は、思いがけず強い口調。


「そんなの、わかんないでしょ……っ!」


 気の強い少女が、今にも泣き出しそうな表情だ。

 穏和な少女は、居住いずまいをただし、級友と正面から向き合って、なぐさめの言葉を告げる。


「きっと大丈夫だよ大城おおしろさん。

 あの人達、悪い男の人達をやっつけてたもん……。

 きっと、味方だよ……?」


 しかし活発な少女は、感情を収まるどころか、さらに語調を激しくした。


「だからだよ……!

 あの人達、男の人を!

 ひ、ひ、人を殺してた……っ

 人を、人を殺してたんだよ……!?」


「ああ……」


 穏和な少女は、級友のその指摘に、納得の小さな声をらす。



▲ ▽ ▲ ▽



 ── 先ほどまで、大城おおしろ霧島きりしまの少女二人は、PC教室の暗闇に隠れて、身を強ばらせていた。


 廊下では激しい爆竹ばくちくのような、炸裂音さくれつおんが響いていたからだ。

 時折、男の粗暴そぼうな怒鳴り声が入りじって、さらに恐怖を増大させた。


 二人は、嵐の夜の小鳥のように、身を寄せ合って震えながら、時が過ぎるのを待っていた。


 やがて、状況が変化する。


 ガラスの割れる音。

 男の怒声。

 野太い悲鳴。

 バタバタと倒れて暴れる音。

 やがて笑い声と、歌のような物も響いてきた。


 事が収まったかと、少女達が恐る恐る廊下をのぞき込む ──。

 ── と、丁度そのタイミングで、廊下の暗闇に轟音ごうおんとまばゆい閃光が、何度か繰り返された。


 銃口火マズルフラッシュが、雨夜の轟雷ごうらいのように廊下の闇を照らし、男性死体の半壊した惨状さんじょうを明らかにした。


 活発な少女・大城おおしろ亜耶音あやねは、それを直視して大きなショックを受けたのだろう。

 例え相手が、射殺を許可されるような極悪人だとしても、原形をとどめないほどの無残むざん亡骸なきがらは、お嬢様学校の生徒には刺激が強すぎたようだ。



▲ ▽ ▲ ▽



「あぁ……えっとね、大城おおしろさん……?」


 霧島きりしまは、精神的なショックを受けた級友になんと声をかけたら良いか、戸惑いつつ口を開く。


 しかし活発の少女は、級友の声すら受け入れる余裕がないようで、急に立ち上がると、近くの机の引き出しを開け始めた。


 引き出しの中身は、PC教室だけにパソコンの取扱説明書や保証書、ソフトウェアのCDケースなど、パソコン関係の用品ばかりだ。

 大城おおしろは、その中から工具セットを見つけ出し、細いマイナスドライバーを1本握りしめる。


「え……そんなのどうするの……?」


 霧島きりしまの心配の声に、大城おおしろは思い詰めた声色で応える。


「だ、だって……相手は、銃を持ってるんだよ……?

 人殺しなんだよ……!

 何か、何かで身を守らないと……っ」


 ドライバーを見つめる大城おおしろの呼吸が、どんどん浅く、短く、早くなる。


 パニックに陥っているらしい活発な少女の握り拳に、落ち着いた様子の級友が、そっと手をえて告げる。


「ねえ、大城おおしろさん止めよう……?

 危ないよ……」


 誰かがパニックになれば、回りの人間はかえって落ち着くという好例だろう。

 霧島きりしまが、つとめて穏やかな声で語りかける。


「それに、そんなのじゃ、銃を持ってる人にはどうにもならないよ……?」


 すると、興奮して立ち上がっていた大城おおしろが、力が抜けたように座り込んだ。


 彼女は、涙をめて顔を伏せ、切々と謝罪の言葉を漏らす。


「ごめんね、ごめん……

 また、わたしのせいだ……っ

 わたしが勝手な事したせいで、霧島きりしまさんを巻き込んで……」


 霧島きりしまは、ガスの抜けた風船のように、力なく地面にした級友の背中を撫でながら、なぐさめの言葉をかける。


「違うよ、大城おおしろさんは悪くないよ。

 悪いのは、こんな事件を起こした人達。

 大城おおしろさんも、私も、従姉妹いとこちゃんも、みんな巻き込まれただけだから……」


「うん……うん……」


「だから、ドライバーそれ、離そう?

 そんな振り回したら、逆に大城おおしろさんがケガしちゃうかもしれないよ……」


 霧島は、級友が握りしめたままの小さな工具を、離させようとする。


 しかし、大城おおしろは細いマイナスドライバーを、まるで命綱いのちづなのように握りしめ、かたくなに離そうとしない。


「あの人達……女の人だったよねぇ……?

 それなのに、なんであんなに簡単に、人が殺せるの……

 上手く言えないけど、ダメだよぉ、そんなの……」


「うん、わかるよ……

 大丈夫、大城おおしろさんは間違っていないから……」


「笑ってたよ……

 人を殺して……笑いながら銃を撃ってた……」


「うん……」


 そう、暗闇のPC教室に隠れる少女2人は、お互いにだけ聞こえるような声で、ささやきあっていた。


 不意に、ジャリッ、と小石を踏んだような音が、廊下の方から響いてきた。


 ──『……っ!?』


 少女2人が、声無く身を震わせた。

 音のした、教室の出入り口の方に、思わず顔を向ける。


 大城おおしろ霧島きりしまは、フェルト生地の床に座ったまま身を寄せ合い、ちぢこまる。


「やだなぁ……

 まだ死にたくないなぁ……」


 大城おおしろは、マイナスドライバーにすがるように、両手で握りしめながら、後悔を口にする。


「わたし達も、正門のおじさん達みたいに、なるのかな……っ

 ヒドい事されて、殺されて……それで逆吊りにされちゃうのかなぁ?

 マコちゃん、叔父おじさん、お父さん、お母さん……」


 活発な少女の目元から、溜まっていた涙が一滴だけ流れ落ちる。


大城おおしろさん、大丈夫だよ、きっと……

 静かに隠れていれば、きっと見つからないから……」


 霧島きりしまが、級友の背をでながら、優しくささやく。


「うん……」


 大城おおしろは、小さく鼻をすすり、自分の声を抑えるように、口元に手を当てた。


 しかし、それが根拠のないなぐめに過ぎないとは、大城おおしろにも分かっていた。

 この教室の中には、隠れる場所などほとんど無い。

 今だって、2人してパソコン用の長机の下に潜り込んでいるだけなのだから、くわしく調べられれば簡単に見つかってしまうだろう。


 ── カラカラカラ……、と軽い音と共に、ついに教室のドアが開かれる。

 次いで、キシ……キシ……キシ……と、微かな足音が響いてくる。


 もはや、少女2人に出来る事は、呼吸すら止めてじっとしてるだけだ。

 早鐘はやがねを打つ心臓の音すらうるさいと思いながら、身を強ばらせる。


 やがて、足音が近づき ──




「異常なし、です」


「……あれぇ?

 でも最初、絶対、何かの気配があったんだけどぉ……」




 ── そんな疑問の声だけを残して、足音の主達は出て行った。

 そう、意外にも


「……え……?」


 大城おおしろは、信じられない気持ちで、息を止めたまま周囲を伺う。

 『出て行ったと見せかけて、こちらの様子を伺っているのではないか』とさえ、疑っていた。


 しかし、複数の足音が遠ざかっていくのを聞き、ようやく机から顔を出す、

 しばらくは、ただ恐る恐ると、周囲を見渡すだけ。


「うそ……

 本当に……?

 見つから、なかった……?」


 彼女は、しばらく呆然ぼうぜんと口を開け、夢でないか確かめるように、涙のにじむ両目を腕でこする。


「え……何で……?」


 大城おおしろは、どこか夢見心地で立ち上がり、ためしに彼女達の隠れていたパソコンの置かれた長机を、横からながめる。

 室内は、既に夜のように薄暗いとはいえ、闇に目がなれてくれば、ぼんやりと物の輪郭くらいはつかめてくる。


 隠れていたそのパソコン用机は、足下を隠す前掛まえかけ板があるせいで、下にはあまり深く潜り込めない。

 小柄な中高生の少女であったとしても、横から見れば『頭隠して尻隠さず』的な状況だ。


 ── いくら教室内が暗くて見づらいとはいえ、こんな状況であるなら

 ── 歩いて回って確認していた者達に見つからない方が、はるかに不自然だ


「えへへ……ラッキーだね?」


 そんな疑問を感じないのか、穏和な級友はニヘラとゆるみきった笑顔の上目遣うわめづい。


 それはまだ良いのだが、その体勢がひどい。

 先ほどの、『頭隠して尻隠さず』という、机の下からお尻を突き出した体勢のままで、顔だけ振り返っている。

 コタツで丸くなったネコみたいだ。

 さらに、四這よつんばいの状態から両肘をついて手を持ち上げ、両手でピースサインなんてして、こんな事まで言ってくる。


ブイブイぃ、だね……?」


 ── 非常におマヌケな姿勢しせいである

 ── 四這よつんばいでブイブイとか、ブタさんか

 ── こんな格好、おそらく小学校低学年の子でもやらない

 ── とてもではないが、花も恥じらう年頃の女子とは思えない

 ── こんな醜態を親御さんに写メ画像メールで送れば、大変なお説教であろう


 大城おおしろの脳裏で、そんな感想が駆け巡った。

 もはや笑いすら通りして、『あ、女の子としてダメだ、この子』という思考で、頭が一杯になってしまう。

 命のかかった緊迫と恐怖の後だけに、感情の落差がひどくて、目眩めまいさえ覚える。


 もちろん、大城おおしろも命の危機を共に乗り越えた相手に、こんな冷たい感想を覚えるのは大変心外なのだが。


「あふぅ……

 ── あ、えへへ……あくび出ちゃった」


 さらに穏和な少女は、小さくあくびをして、幼児のように笑う。

 緊迫から解放されたと言っても、あんまりなリラックス具合だ。


霧島きりしまさん……」


 そんな級友を見ていると、大城おおしろも『何で助かったのか?』と悩んでいるのがバカバカしく思えてきた。

 彼女は、いつまでも握りしめていたマイナスドライバーを、そっと机の上に置くと、ため息交じりにつぶやく。


霧島きりしまさんって、ちょっと天然とか言われない……?」


「ええ……っ

 何それ、ヒドぉ~い。

 誰がそんな悪口いってるのぉ……」


 まだ机の下で四つん這いのままの少女は、何かやたら不満そうに、両手ピースをダブルのグーに変えて、口をへの字にする。


(ああ、真の天然ホンモノは、天然あつかいされると怒るのかぁ……)


 大城は内心、妙なことに感心していた。


 ── ふと、廊下の方であわただしい音がする。


「……っ!?」


 気がゆるんでいた大城おおしろは、あわててしゃがみ込む。


 だが、複数の足音はPC教室の前を素通りして駆け抜け、そのまま遠のいていく。


 ── 「ああ、もうっ やられたっ」

 ── 「4階に戻って、再確認っ」

 ── 「マスターにも連絡をっ」


 廊下からは、そんな焦った女声も響いてきた。




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