056▽闇のメシア



 天峰学園・別棟3階の廊下。

 立籠たてこもり犯と突入部隊の交戦が続いていた。


 窓を塞がれた廊下の暗中で、銃口火マズルファイアが瞬き、炸裂音が窓ガラスを震わせる。

 互いの銃撃が止んだ、わずかな間隙かんげき


 ── ガシャァン! と窓ガラスを叩き割られ、暗幕も切り裂かれる。

 立籠たてこもり犯の男2人の後方に、何かが転がり込んできた。


「── な、なんだ!?」


 立て籠もり犯の片方、パイナップルのような髪型の男・波多野はたのは、驚愕の声と共に振り返る。

 彼は、窓ガラスを破って乱入して白い物が、人影だと知れると、すぐさま小銃を構えて、相棒に注意を叫んで促す。


「背後からの強襲だっ!?」


「なんだとっ

 屋上からロープ降下か……っ?」


 突入部隊の無謀と紙一重の大胆さに、振り向いた相棒・すすきも、思わず目をむく。


 ── 内部がうかがい知れない状態で飛び込むなんて、定石セオリーに反する。

 ── 人命が容易に消費される現代戦闘で、それは死に直結する危険行動だ。


「人間のくせに、命知らずなマネをする……っ」


 救出部隊の『決死』の意気込みに、波多野はたのが舌打ちを鳴らす。

 彼は、相棒が構えるのを尻目に、素早く強襲者への対処を始めた。


 パイナップル頭が、すぐに防火扉のついたコンクリート壁から離れ、登り階段の方へ駆け足で移動して、小銃を構える。

 相棒から距離を取ったのは、密集して一網打尽いちもうだじんにされる状況の解消と、敵に2面攻撃が可能になる位置取りのためだ。


 しかし、男達の背後に転がり込んできた白い強襲者 ── やけに小柄な救出部隊の挙動は、彼らの想定をはるかに超えていた。


 救出部隊員の背中から、ロープのような物が発射される。

 それは、昇降口の壁に設置された掲示板の上端に突き刺さると、すさまじい勢いで救出部隊員を引き上げた。


「なんだ、コイツは!?」


 波多野はたのが慌てて引き金を引き絞る。

 だが窓からの強襲者アタッカーは、軽々と銃火の線上を飛び越えた。


 さらに、小柄な人影は掲示板を蹴って三角飛びで上昇。

 高さ4メートル程はある昇降口の天井に到達すると、猛禽もうきんのように降下して襲いかかった。


 小柄な白い影は、落下の勢いのまま両足揃えた踏み潰しスタンプキックで、波多野はたのを床に押し倒す。

 そして、すぐさま飛び退き、横たわる男へ銃撃を撃ち込んだ。


 「うわっ」という断末魔を、「ドドドン!」と激しい炸薬音さくやくおんがかき消す。


 波多野はたのの胸部が弾け、大穴が開く。

 暗闇の廊下に、血が飛散ひさんする鉄っぽい香りが広がった。


「── はあぁ?

 そんなの、アリかよ……っ」


 すすきは、相棒が一方的に打ち倒された理不尽な状況に、戸惑いの声を上げる。

 なにせ、ガラスが割れる音から、30秒と経っていないのだ。


 ── 吸血鬼は不死身の存在。

 ── 人間の特殊部隊など取るに足らない。

 ── ただの人間に簡単にやられるような不条理、あって良いはずがない。


 彼らは、吸血鬼に成り上がって以来、ずっとそう信じてきた。

 それは確信どころか、信仰にすら近い概念となっている。


 そのため、自分たちの優位が一瞬でひっくり返った事が、いまだ受け入れられないでいる。

 何か、タチの悪い冗談のような、白昼夢でも見ているような心地でいるのだ。


 そんな呆然とした声に反応したように、小柄な乱入者は、今度はすすきに襲いかかってきた。


「── ちぃ……クソがぁ!」


 すすきは一歩下がろうとして、コンクリート壁にブーツのかかとをぶつけた。

 彼は、舌打ちして、やむを得ず小銃の引き金トリガーをガムシャラに絞る。


 小柄な救出部隊員は、学生バッグほどの大きさの金属盾を構えて、防ぐ。

 しかし、ライフル弾の至近射撃は、金属製盾すら大きくへこませるほどの高威力だ。


 救出部隊員は、ハンマーで乱打されるような立て続けの衝撃に、バランスを崩したのか、強襲アタックを一旦は諦めたようだ。

 男の脇をそれて逃げるように駆け、廊下を直進するように進む。


「クソぉ、逃すかぁ……!」


 すすきが、襲撃者を追うように振り返り、廊下に飛び出す ──


 ── その左足が、麻痺まひしたように力を失った。

 すすきは、まるで氷の上を滑ったかのように、見事にひっくり返った。


「── なぁ……!?」


 天井を仰ぐすすきの視界に、跳ね上がった自分の左足が映る。

 左足の膝の裏から、血が噴き出していたのだ。


「い、いつの間に……っ」


 仰向けに倒れて驚愕きょうがくする男に、答えを見せつけるように、小柄な人物が近寄ってくる。


 白い救出部隊員の背中から伸びるのは、先ほどワイヤーアクションじみた変則機動を支えとなった、長い尻尾のような帯だ。

 その先に、鋭いナイフが巻き付けられていた。

 すれ違いざまに足を切り裂いたのは、このナイフだったのだろう。


 それ以上に、すすきが注目したのは、敵のシルエット。


「こいつも、女かよ……っ」


 すすきが上半身を起こして銃を構えようとすると、小柄な特殊部隊員は素早く阻止。

 彼の右手首を踏みつけて抑え、もう片足で小銃を蹴飛ばした。


「……不愉快ふゆかいな発言です」


 小柄な特殊部隊員は、10代なかばとしか見えない黒髪の少女だった。

 顔は端正で、小銃を振り回す大立ち回りをしたとは思えない程、華奢きゃしゃな体型だ。

 黒いゴーグルで半分隠された顔立ちや、後ろにまとめた長めの黒髪も品が良く、このお嬢様学校の生徒と言われてもおかしくない外観の少女だ。


 しかし、奇異きいな点が二つ。

 白い潜水服ダイバースーツを半分脱ぎかけたような、妙に露出の多い格好。

 そして、まとう『におい』。


「クソっ

 お前、吸血鬼どうぞくか……!?」


「失礼です、お前……っ!」


 少女は、片方の眉を歪めると、片足を大きく持ち上げる。

 ドガンッ!と、ブーツのかかとがハンマーのように、男の口へと撃ち込まれた。


「── ぎゃっ……!

 ゲフ、ガフっ……ガハぁっ!」


「汚い言葉ばかりくなら、口から破壊です」


 特殊部隊の少女は、男に血の混じったせきと折れた歯を吐き出させながらも、あまりに淡々とした声であった。


 彼女は、金属盾付きの小銃を背にかつぐと、空いた両手を、まるで演劇のように広げる。

 続いて告げる軽やかな声は、どこか得意げな、自慢のような響きが混じっていた。


「我々は、魔女っ!

 ── 闇のメシアに従う、悪魔の子女ディーモンズ・ドゥターですっ」


 彼女は、男が血をきながらせ返るのには一顧いっこだにせず、無造作に灰色制服の襟首えりくびつかみ上げると、言葉を続ける。


「夜に生きる者、角や牙を持つ者は、全て我が主マスターの従僕です。

 しかし、混沌カオスの軍勢にも規律は必要です。

 分をわきまえないハミ出し者など、不要です。

 お前達は不要品スクラップです。

 役立たずスクラップっ、廃棄品スクラップです!」


 自らを魔女と名乗る少女は、歌うように『スクラップ』を繰り返す。


 彼女は大の男を、まるでヌイグルミにでもするように片手で引きずり回し、廊下の壁へと投げ飛ばした。

 そして、壁に背をもたれるすすきの顔を、見下すようにのぞき込む。


「お前達、お粗末そまつです。

 吸血鬼なのに、敵が程度で動揺。

 天井を使った上下移動程度で、簡単に翻弄ほんろう

 立体構造物内での戦闘訓練、よう再履修さいりしゅうです、落第点らくだいてんです」


「がい、へき……かけ、る?

 一体、なにを……」


 陰気な男・すすきが、せてかすれた声で怪訝の声を上げる。

 すると、白装の少女は小首を傾げ、簡素に答えた。


「建物の壁を駆ける、死角攻撃です」


「はぁ……?

 な、なにを……言って、やがる?」


 すすきの、息の詰まる苦しげな、疑問の声。

 なぜか救出部隊の少女は、律儀に受け答えをする。


外装駆動Jドライブ狭間交戦形態ハンガーモードの最大の利点は、疑似触腕アンカーアームを用いる移動の自由度です。

 壁面や天井を足場とする、閉所での三次元機動です。

 自分は、裁縫教室そこのへやの窓から出て建物外壁を走り、お前達の背後へ回りこんで強襲。

 これが背面攻撃バックアタック概略がいりゃくです」


「ば、ばかな……」


 少女の言葉は理解を超えていたのか、すすきはかすれ声で愕然とする。


「人外なのに、持たないとは、あまりに低能です。

 やはり、廃棄品スクラップです」


 救出部隊の少女は、淡々と無慈悲むじひに告げる。


 すすきは、やや慌てて制止の声を出す。


「ま、待て……。

 じ、尋問じんもんとか、しないのか……?

 犯人グループの人数、装備、配置……その他もろもろの情報とか、必要だろ?」


 ── その代わり、分かるだろ?

 すすきは、陰気な顔をできるだけ笑顔にして、そう言外に匂わす。


 しかし、少女は微動だにせず、石のような硬い声を返す。


「保護対象は、教員の男女と女子生徒。

 それ以外は全滅ジェノサイド ── それが我が主マスターの指示です」


「── な……ぁっ!?」


 男は絶句し、間抜けに口から血を垂らす。

 少女は、さらに容赦ない言葉を投げかけた。


「お前に与える猶予ゆうよは、謝罪の時間だけ。

 お前達ごときが、姉様達に欲情など言語道断です。

 魔女と肉欲をむさぼるのは、深遠なる闇の祭事。

 魔宴サバトぬしの申し子、つまり我が主マスターの特権です。

 地獄で、そのような妄言もうげんながされても迷惑です。

 謝罪と、発言の訂正をしてから、地獄へくべきです」


 少女の奇怪な発言には、その異様な宗教観がうかがえた。


 すすきは、『話がまるで通じない』と諦めたのか、思いっきりてる。


「い、イカれてんのか……このクソ女ビッチ!」


「……?

 自分は、牝犬ビッチではなく、魔女ウィッチです」


 少女は、びせられた罵詈雑言ばりぞうごん怪訝けげんの表情をして、困惑混じりの訂正をする。


イカレ女アバズレだって……言ってんだよ……っ」


 すすきは、罵倒ばとうすら通じない相手に、苛立いらだちまじりの叫びを上げる。


「アバ……ずれ?

 えっと……アバ……アバ……アバタ?

 ……アバ……アバラ?

 ……アバラ、ずれ?」


 暗視スコープらしきゴーグルをつけた少女は、悪言の意味が分からなかったようで、小首をかしげる。

 すると、綺麗に切りそろえた髪が、さらりと揺れた。


 すすきはそれを見て、苛立いらだちをさらにつのらせる。


 ── 戦闘に不釣ふつり合いな、まだ幼さを残す少女だというのに

 ── 良家りょうけ子女然しじょぜんとした、手入れの行き届いた髪質のくせに

 ── なぜ『暴力のプロ』であるはずの、厳しい訓練を受けた自分たちが

 ── こうも容易よういに、理不尽に、敗北したのか……!?


 すすきが、そう思えば思うほど、黒い情念が燃焼し、痛みを抑えて噴出する。


「ちっ、このキチガ ──」


 すすきが、さらに罵倒ばとうの言葉を吐きかけようとする。


 ── だが、その口を封じるように、ドン!ドン!、と拳銃の2連射撃ダブルタップ


 続いて聞こえてきたのは、苛立ちを含んだ女性の声。


「もぉ~、敵で遊ぶんじゃないって。

 もし反撃されて逆転されたら、良い笑い物だからぁ?」


 その注意の声の主は、僚友フレンドに肩を借りた、白装の特殊部隊員。

 先ほど、太股を負傷した十代後半ハイティーンの女隊員だ。


 彼女に肩を貸す、黒いロングスカートのエプロンドレス ── いわゆるメイド服の妙齢の女性が、落ち着いた声で諭すように口を挟む。


「まあまあ、そう言わず。

 ── 秋桜コスモスちゃんも、お姉ちゃん達のためを思って、言ってくれたのよねぇ?」


 温和な妙齢の女性は、柔らかな笑顔を、十代前半ローティーンの少女へ向ける。

 しかし彼女は同時に、片足で死体を蹴飛ばし、さらに分厚い三角定規のような巨大拳銃を片手だけで構え、ドン!ドン!とさらに2発撃ち込む。


 すすきという吸血鬼は、頭部も胸部も破壊し尽くされ、物言わぬ物体と成り果てた。





//── ※作者注釈 ──//

 この作品における政治・軍事要素は「なんちゃって」です。

 おかしな所があったら「作者がアホなんだな」とご理解下さい。



//── 作者コメント ──//

 やっべ。

 水曜中に更新予定が、木曜になっちゃった。


 ツイッターで更新通知始めて、その初っぱなから、更新予定が狂うという……

 ……まあ、だいたいこういう、いい加減な作者なンでね?

 ごめんねごめんねー

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