第30話 どらゆう


「ようイーロン、どうやら遅れずに来られたみたいだな」


 まだ日の出前の薄闇の中、アタイたち三人はマテリオン王国を囲む城壁付近で待ち合わせていた。

 アタイとメグは一緒に来たので、イーロンを待って居た格好だ。


「人目を憚って出て来るのは中々大変でした……」


「それならアタイらと一緒に来ればよかったんだ、同じ宿屋に泊ってたんだからな」


「ちょっと野暮用がありまして……」


「まあいいさ、別に遅れた訳じゃないからな」


 イーロンは宿を出る時やる事があるからと一人残ったのだ。

 何をやって来たのかは別に聞く気は無いが、アタイたちに言えないのは何かしらの理由があるのだろう。

 あまりモタモタはしていられない、早速アタイらは行動を開始すべくコソコソと音を立てずに小走りする。。


「ライラさん、それでこれからどうするんです? 門はどこも番人がいますよね?」


「まあ見てなって」


 メグの疑問はもっともだ。

 ぐるっと外周を城壁に囲われたマテリオン王国は南側にある城門以外に国内に出入りする方法が無い。

 これには不審者の出入りやモンスターや山賊等の侵入を防ぐ大義名分がある。

 この為、夜間から早朝にかけては国の出入りは禁止されていた。

 それ以外に国外の人間に入国時に払わせる入国料の徴収洩れを減らす為に入り口を一つにしていると風の噂に聞いた……何たるケチ臭さだ。

 程なくアタイたちは城門の前まで辿り着いた、そこには警備の兵隊が数人常駐する煉瓦造りの関所があった。

 城壁をよじ登って外に出る方法は当然考えたが、時間が掛かるのと定期巡回中の兵隊に見つかった時のリスクを考えるとあまり良い方法と言えない。

 そこでここは下手な小細工は使わず、城門から堂々と出てやろうじゃないかと思い立った訳。

 ただ、さっきも言ったように夜間の出入りが禁止されている以上、それっぽい理由が無ければ外へ出してはもらえない。

 アタイは関所の窓口に顔を突っ込んだ。

 徹夜明けの所為か中にいた兵士は皆眠気を我慢しているのか目付きが悪かった。


「やあ、こんな時間のお勤めご苦労さん!!」


「何だこんな時間に……ややっ!? あなたは、あなた様は女勇者ライラ様ではありませんか!?」


 今しがた仏頂面をしていた兵隊たちの態度が一変する、全員立ち上がり直立不動で敬礼をする。

 こんな時、顔が売れていると何かと都合が良い、ほんの少し優越感に浸る。

 しかし有名税と言う奴か、どこへ行っても目立つ上に、イキった冒険者たちに絡まれる事もしばしば、いい事ばかりではない。


「アタイら、ちょっと国の外に出たいんだけど……」


「申し訳ありません、日が昇るまでは何人なんぴとたりとも外へ出してはいけない決まりになっていまして!!」


 兵士の一人がそう答えた。

 彼は気の毒なほど緊張している。

 この場合、アタイは尊敬されているのか怖がられているのか。


「どうしてもダメ?」


 口元に両手を添えて瞳を潤ませ上目遣いをする。


「もっ、申し訳ありません!! 例えライラ様でもお通しする訳にはまいりません!!」


 チッ、ありったけの色目を使ったのに効果なしか、些かショックだな。

 だがどうする? もっともらしい言い訳を用意できなければ不審がられるぞ。

 あっ、そうだ思い出した、これならきっと……。


「実は竜滅隊の要請でね、アタイたちも森へ先行して準備を手伝う事になったんだよ」


 アタイは知っている、竜滅隊はドラゴン討伐時には常にそのドラゴンの住処に対して何かしらの準備をする為に夜明け前から現場に先行するのを。

 恐らく今日も既に向かっている筈だ、この城門を抜けて。

 兵隊たちが奥で何やらヒソヒソ話をしている、決断しかねているのだろう。

 やがて一人の兵士がこちらへ戻って来た。


「……確かに竜滅隊の方々は少し前にここを通りましたが、ライラ様が後から来るとは言っていなかったのですがね……」


 ムムッ、中々疑り深い兵士ではないか。

 どれ、あまり使いたくないが切り札を出すか。


「では、この『救国の女傑』ライラが嘘を言っているとでも?」


 キッ、と兵士を睨みつける。


「ひっ!? 決してそのような事は……!! おい!! 今すぐ城門を開けろ!! 今すぐにだ!!」


 大きなハンドルの付いた装置を二人掛かりで回すと、徐々に大きな扉が開いていく、まったく手間を掛けさせてくれるな。

 しかし色仕掛けが駄目で睨みと恫喝が有効とは……アタイの女としてのプライドはズタボロだ……お前ら憶えてろよ!?

 内心憤慨しながらアタイたちは大扉を抜け、掘りに掛かった橋を渡った。


 


「やりましたね、ライラさん!!」


「まっ、まあアタイに掛かればこんなもんよ……」


 イーロンの称賛に対してすまし顔のアタイ……多少自尊心が傷ついたが良しとするさ。

 しかし討伐隊より先行するとは言いつつも、竜滅隊が既に先行しているのが分かった。これは少し、いやかなりマズいのではないだろうか。


「マズったな~何で昨日の内に気付かなかったんだ……竜滅隊あいつらの朝の早さはにわとり以上だってことによ……」


「確実に文句を言われるでしょうね……日が昇るまで冒険者を中心とした討伐隊本体は動いてはいけないと言うのが竜滅隊の指示でしたからね……」


 そう、メグの言う通り……現場で竜滅隊に出くわすって事はやつらの指示に従わなかった事になるからな、衝突は必至だ。

 これではアタイたちの行動に制限が掛かってしまう、自由に動けなくなってしまう。


「……あのっ、僕にひとつ提案があるのですが……」


「何だ?」


「森の南側に回ってくれませんか?」


「何だぁ!? それじゃまるっきり反対方向じゃねえか!! ぐるっと周るとなると相当な時間が掛かるぜ!?」


 イーロンめ、突然何を言い出すんだ?


「お願いします!! ここは何も言わず僕の言う通りにしてもらえませんか!?」


 真剣な声色……イーロンに限って裏があるようには思えないが……。


「その行動には意味があるんだな? どういう事だ?」


「今は言えないんです……でもどうしても僕はそちら側に行かなければならないんです……」


「お前……何か隠しているな……? このアタイにも言えない事か?」


「………」


 だんまりか……しかし困った事になったな、不確定な情報でアタイだけが巻き込まれるなら、一人ならどうにでもなるんだがな、ソロの時なら全てが自分持ち、後悔はしない。

 しかし今はパーティで行動している……イーロンを信用していない訳ではないが、今回の件に関して、アタイは何故か底知れない不安を感じるんだ。

 時間が刻一刻と過ぎていく……アタイはどうすればいい?


「……イーロンの言う通りにしてみませんか?」


「メグ!? だってお前……!!」


「ライラさん、私の事を気付かってくれてるんですよね? でも私は大丈夫……これでもあなたに二年間付いて行ってるんですよ? もう少し私を信頼してください……」


「メグ……」


 あ~~~駄目だなアタイは……完全にメグに見透かされているじゃないか。

 そうだった……何だかんだでメグは必至にアタイたちについて来てくれてたんだ。

 幾度となく死線を潜り抜けてきたんだ、彼女のお蔭で切り抜けられた事もあった。

 それを過小評価したのはメグに対して失礼だったな。


「あ~~~~もう分かった!! イーロン、お前の言う通りにするよ!!

でも必ず後で状況を説明してもらうからな!? 分かったな!?」


「はい!! 必ず!!」


 嬉しそうだなイーロン……こうなったらアタイも覚悟を決めたわ。

 鬼が出るか蛇が出るか……いやドラゴンだったな。


「ほら、少し飛ばすよ!! 着いといで!!」


「まっ、待って下さいよ!! この鎧は重いんですって!!」


「何のこれしき……です!!」


 モヤモヤした気持ちを吹っ切るかのようにアタイは全力で走った。




「ここです……ここで少し待っていてください」


イーロンの案内で辿り着いたのは森の南側……正確には森の外側の草原だ。

森からは川が流れていて澄んだせせらぎが聞こえてくる。

しかしその音に混じって足音がする。


「誰だ!?」


 アタイが腰の剣に手を掛けると、森から一人の少女が現れた。

 はちみつ色の髪に真っ青な瞳、ノースリーブのシャツに丈の短いベストを重ね着したキュロットスカートの少女……見たところ冒険者のようだが……。


「まさか人間に見つかってしまうなんて……これじゃリュウジ兄さんに顔向けできないわね……」


「何を言ってる……?」


 目の前の少女は瞬時にファイティングポーズを取ると一足飛びにアタイに向かって飛び掛かって来た。


「『雷光拳サンダーナックル』!!」


 彼女の右の拳が雷を帯び光り輝く、そして電気をまき散らしながらその拳をアタイ目がけて打ち出して来た。


「ハッ!!」


 咄嗟に剣で拳を受け止める。

 こいつ、人間じゃないな? 指ぬきグローブをしているとはいえ、刃の部分が拳に当たっているのに指が切断される事が無かったのだ。


「……厄介ね……よく見たらあなた、女勇者ライラじゃない」


 拳と剣の反発で後ろに飛び退き、着地したあと彼女はそう言った。


「まさかモンスターにもアタイの名前が知れ渡っているとはね……嬉しいやら何やら……」


「へぇ……私が人間じゃないって分かるんだ?」


「まあそれなりに経験を積んでるんでね……」


 さて、今度はこっちから仕掛ける……アタイは剣を構えた、すると……。


「二人共待って下さい!! ここは双方、剣を収めて!!」


 あっちの女は『けん』だけどな。

 アタイとしてもこの得体のしれない女と戦うのは好ましくない。

 一応言葉は通じる様だから様子を見てみるか……ゆっくりと剣を鞘に納めた。


「何なのかしらあなた? 言っておくけど私は戦いを止めるつもりは無いわよ?」


「そうだよな、そこには守らなきゃならない人たちがいる……そうだろう?」


「あなた方、やはり知っていてここへ来たのね……もはや生かして帰す理由がないわ……」


 イーロンの言葉を聞いて女の形相が変わる。

 目が血走り口が裂け牙が生える……やはりこの女は怪物モンスターの類か? しかもかなり高位の。

 女の足元を見ると既に数人の人間が倒れているではないか。

 あの紺色のローブ、『竜滅隊』の連中じゃ無いのか?


 これは剣を収めている場合ではない、このままでは全員あの世行きだ。

 アタイは改めて剣の柄に手を掛けた。


「だから待ってくれって!! 僕だよ僕!!」


 イーロンが兜を両手で掴み、いとも簡単に脱ぎ捨てた。

 ええっ!? アタイらにも二年間、一度も顔を見せてくれなかったのにそんなに簡単に!?

 現れたのはパッとしない顔の赤毛の男……その顔を見るなり女の顔は見る見る元へ戻っていく。


「あら、リュウイチ兄さんだったの!? 早く言ってよもう~~~!!」


「ごめんドラミ……僕は普段はこの格好で冒険者をやってるんだよ……」


 えっ……? ええっ……? ええええ~~~~~~っ!?


「おいイーロン!! こりゃあどうなってんだい!? 説明を要求する!!」


「そうですよ!! いったいどうなってるんですか!?」


 アタイとメグが二人でイーロンを問い詰める。

 これは事と次第によってはこちらも考えがあるぞ?


「二人共ゴメン……実は僕、ドラゴンなんです……」


「はっ……?」


 何言ってんのコイツ……? ちょっと何言ってるか分かんないですね……。


「ちょっと!! リュウイチ兄さん!? 人間に正体をバラすなんて……!!」


「いいんだドラミ……彼女たちには話しておきたいんだ……」


 一体何がどうなっている……? 頭が働かない……。


「僕の本名はリュウイチ、ドラゴンです……そしてこの娘、名はドラミと言いますが彼女もドラゴンで実は兄妹でして……」


 すぐ目の前でイーロン改めリュウイチが何やら説明してくれているが、さっぱり耳に入ってこない……。

 

アタイが完全に事情を把握するのに暫しの時間を要した。

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