第18話 ドラゴン 怒りの一撃
「マーニャはね、孤児院で私が妹の様に可愛がっていた子なのよ」
洞窟の中…泣きつかれて眠ってしまったマーニャに大きな葉を縫い合わせて作った布団を掛けた後、リアンヌは語り出した。
「孤児ばかり集められたところだから血のつながった姉妹ではなかったけれどみんなで支え合って生きてきたわ……この子は特に私に懐いていて、どこへ行くにも私に着いて来てね……」
マーニャの頭を優しく撫でるリアンヌの眼差しは幼な子を見守る母親の様だ。
普段からこうだと良いのに、ツンデレどころか超ツンツンな性格は勘弁してもらいたい。
「マーニャは前からしゃべれないのかい?」
「そうね、孤児院に連れて来られた時にはもうしゃべれなかったわ…村長が言うには心の傷が原因だって……親に余程ひどい目に遭わされたんだろうって言ってたわ……」
児童虐待か、この世界にも普通にあるんだな。
まぁさっきの村でのマーニャへの男達の振る舞いを見ても分かるが、この世界の大人が子供に対して行う行為には目に余るものがある。
マーニャに至っては孤児院に引き取られた事によって両親からの虐待からは逃れられたが、今度はドラゴンに捧げられるための生贄に育て上げられる事になろうとは何たる皮肉…どちらに転んでも人生における行き止まりだ。
弱い者、力の無い者はどこまで言っても強者の欲求を満たし食い物にされる為に存在しているっていうのか?そんなの俺は絶対に認めない。
「ところで孤児院に居たはずのマーニャがこんなボロボロの状態で食うに困って盗みを働いていたんだが、何故そうなったんだろうな?」
「孤児院は私達を絶対に施設外には出さないわ、もちろん脱走防止の為にね……
だから何でマーニャが村の中に居たのかは私にも分からないわね……」
でも村の中に居たのをこうして俺が保護したのは紛れも無い事実。
「マーニャにはどうしても脱走しなければならない理由があったって事だろうな」
「それはそうなんだろうけど、生贄にされる事は施設から連れ出されるまで私達には一切知らせない筈だから、マーニャがその事をどこかで聞いてしまって怖くなって脱走したなんて事は考えにくいのよね……私が知る限り以前に脱走した少女は一人もいなかったもの……」
「管理が徹底してたんだな、悪い意味で……」
「それはそうよ、生贄は村の存続に関わる事だもの…ドラゴンの機嫌を損ねて滅ぼされた村や町はいっぱいあるのよ?あんたドラゴンの癖にそんな事も知らないの?」
「ぐっ……」
反論できない、これがこの世界、ドラゴニアの一般常識なのか……。
「俺はそんな生贄文化は間違っていると思うんだ、一人に犠牲を強いて、それ以外の人間が何も感じず平然と生きているこのシステムが……」
「リュウジ、あなた変わってるわね……そんな考え方をする人は人間の中にも居なかったわよ?」
そう、そこが問題なのだ…それがさも当然の事であると思っていて、おかしな事であると誰も思っていない。
前世の記憶がある俺にとっては絶対に馴染めない風習だ。
「とにかく俺はその生贄育成施設をこのままにしておく気は無い、必ずそこに居る少女たちを助け出して見せる、リアンヌやマーニャの様な不幸な少女を増やさないためにもね……」
「リュウジありがとう……私もあなたのその考えその方、正しいと思えてきたわ……」
リアンヌが俺の側に来て肩に寄りかかって来た。
世界を変えるなんて大きなことを言っておいてなんだが、それには俺一人の力ではどうにもならないことは分かっている。
こうやって俺の理想の賛同者を地道に増やしていくほか無いのだ。
俺はリアンヌとの心の距離が縮まったのを実感した。
そして二人は寄り添ったまま夜は更けていく。
翌日…。
寝床のまどろみの中、妙に身体が揺さぶられるのを感じる…何なんだ一体?
「ん……!! んん……!!」
「何だマーニャか……珍しいなリアンヌが俺を起こさないなんて……」
いつもならリアンヌに文字通りたたき起こされている所だ。
そう言えば人間の姿のまま眠ったのはこれが初めてだな……しかしこの姿を維持するのは実は結構魔力を消費してるんだよな。
ここは早めにマーニャにも俺が本当はドラゴンであるって事を告白しなければならない。
でもどうやって驚かさないように教えようか……。
「ん~!! ん~!!」
「おいおい、もう起きてるよ」
尚も俺を引っ張るマーニャ。
この必死さ、何かおかしい。
取り敢えずね何処から立ち上がり、居間として使っている広い空間へと移動した。
「あれ……リアンヌがいない?」
洞窟の外に出ているのか?そんな事を考えているとマーニャが更に俺を引っ張り外へと連れ出されてしまった。
「だから何なんだ?」
「んっ!!」
マーニャが指差す地面には何やら木の枝で書いたらしい文字が記してあった。
しまった、それまで何の不自由もなく暮らせていたから気付かなかったが、俺……この世界の文字が読めない。
弱ったな、恐らくこの文字はリアンヌが書き残していった伝言で、きっと重要な事が書いてあるに違いない。
何か方法は無いか、この文字を読む方法が……いや、読めなくてもいい内容さえわかれば……俺は頭を捻る。
俺には空気中の水分の動きを感知して危機などを回避できる能力がある。
これを応用してこの文字から書いた人間、リアンヌの意思を感じ取れないだろうか?
物は試し、やってみよう、俺は地面の文字に手をかざし意識を集中する。
すると何やらぼんやりと俺の頭の中にビジョンが浮かんで来た…これはリアンヌの顔だ。
『リュウジがマーニャに孤児院で何があったのかを気にしている様だから、私が忍び込んでさぐってくるわ
大丈夫、孤児院については私の方が詳しいんだから必ず情報を掴んで来るわ、大船に乗った気になって待ってなさい!!』
そう言ってウインクするリアンヌ。
「馬鹿な!! リアンヌの奴、俺に何の相談も無く勝手な事を!!」
俺の大声にビクッと身体を震わすマーニャ。
「ああ、済まん、驚かせたな……」
この子は
しかし困った事になった、確かにリアンヌの方が村の地形や道に詳しいだろうし、孤児院にも容易に忍び込めるかもしれない。
しかし見つかってしまった場合を考えると事は思った以上に深刻だ。
何故かって? それはドラゴンの生贄に捧げられた筈の少女が村に戻って来たと言う事実……当然村の者達は生贄がドラゴンの元から逃げてきたか、ドラゴンに生贄を突き返されたと思うだろう。
そうなればドラゴンの機嫌を損ねて村に損害が出るのではと考える村人たちが
リアンヌに何もしない訳がない……最悪は……死。
こうしてはいられない、すぐに後を追わなければ…。
「マーニャ、俺はリアンヌを迎えに行ってくる、お前はこの洞窟から出るな、いいね?」
「んっ……」
「よし、いい子だ、行って来る!!」
コクっ頷いたマーニャの頭を撫で、俺は朝霧のかかる林道を走り村へと向かった。
マーニャの目の届かない所からは元のドラゴンの姿に戻り翼を羽ばたかせる。
村まではそう時間は掛からない。
村に着いた頃には霧は晴れていた、人間に化け村の門をくぐる。
昨日揉め事を起こしてしまった男たちに見つかると厄介だ。
俺は近くに干してあった布を拝借すると頭に巻いた。
悪いけど暫く借りるよ、後で必ず返すから。
暫く進むと中央広場の辺りが騒がしい、俺は気になってなるべく目立たない様に奥へと進んだ。
そこは既に大勢の人が集まり、人垣が出来ていた。
俺はそれを描き分け前に出る、そこで俺の目の前に飛び込ん出来た光景は最悪のものだった。
「この女、リアンヌは生贄という誉れ高き使命を放棄し村に逃げ帰って来た!!
ドラゴン様はお怒りだ!!恐らくそう遠くない内に村に災厄が及ぶであろう!
これは重大な背信行為に他ならない!!
故にその命を以てすべての村民に贖罪をせねばならない!!」
立派な成りの男が声高らかに宣言する。
何でお前にドラゴンが怒っていると断言出来るんだ?
俺はお前に機嫌を伝えた覚えは無いぞ?
そして次の瞬間、俺はもっとも恐れていた事態に遭遇した。
その横には十字に組まれた木の柱に張り付けにされぐったりしているリアンヌの姿があった。
広げた両腕の手首と足首には鉄の楔が撃ち込まれ夥しい程の血が流れている。
「この魔女め!! 恥を知れ!!」
「お前のせいで村が滅んだらどうしてくれるんだ!!」
「死ね!! 今すぐ死んでみんなに詫びろ!!」
口々に罵詈雑言を並べ村人がリアンヌに石を投げつける。
石が中った所が傷つき血が滲んでいく。
その姿を目の当たりにして俺の身体中の血液が逆流し沸騰したかのような感覚に陥った。
もう許せねぇ……マーニャ脱走の件なんてこの際どうでもいい、きっとこいつらのろくでもない行為が原因なのは疑いようのない事実と断定できる。
駄目だもうこの村は……村人全てがそうではないかもしれないが俺の基準からすると存在してはいけないレベルを余裕で超えている。
なるべく穏便に済ませようと始めは思っていたがもう我慢の限界だ……。
先に越えてはいけない一線を越えたのは奴らの方だ……悪いのは奴らの方だ。
(『
また新たに俺の能力が目覚めた…コイツは都合がいい……。
『グワオオオオオオオンンンン………!!!!』
俺は正体ばれなどお構いなしに衆人環視の広場で巨大なドラゴンへと姿を変える。
この時点で数人の人間を下敷きにしたがこの際知った事ではない……中にはリアンヌを罵倒したり石を投げたりしていない者もいたが、興味本位で見物し、それらの行為を止めようともしない時点でみんな同罪だ。
ここに来るまではなるべく穏便に事を済ませようと思っていたがそれはもう無理だ。
先に超えてはいけない一線を越えたのは奴らの方だ、悪いのは奴らの方だ。
「きゃああああっ!!」
「わああああっ!!」
「ぎゃあああっ!! ドッ…ドラゴンだーーーー!!!」
逃げ惑う村人たち……当然みんな我が身が可愛いのだ、他人を押しのけたり踏みつけたりしながら我先にと走り出す。
当然誰一人リアンヌを張り付けから解放しようとする者はいなかった。
それを見て更に俺の怒りは増大する。
それなら俺が助ける、リアンヌが張り付けられた十字架を根元からもぎ取ると俺は上空へ飛び上がる。
『『
村の上空から下に向かって突き出された俺の口から大量の水が勢いよく吐き出された。
その激流は土砂降りの域を遥かに超えて村全体に降り注ぎ、瞬く間に村全体を押し流してしまった。
残ったのは先程まで無かった湖とそれに浮かぶ多数の残骸と、人間だったものの成れの果てだけだった……。
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