第7話 異世界こうなった

「……殺さんのか?」


 盗賊の頭目、ゴルガスが目を覚ましたのはそれから間もなくのことである。

 ゴルガスは、仰向けになったままでファンローラに言った。

 頸動脈を締められての失神は、眠るように気持ちがよいものだという。

 傷も残らず、後遺症も少ない。

 つまり、目を覚ましたゴルガスは、そのまま戦うことができる状態だ。

 

「だって、殺す理由ありません」


 ファンローラは答えた。

 死体の山の中で言うと説得力がない言葉だが、無益な殺生は望まないらしい。

 というか、殺生を好むプリンセスとかちょっと勘弁である。

 せっかく可愛いんだし、優しくあってほしい。アマトはそう願っている。 

 ちなみに、額の傷はポーションつけとけば治るらしい。

 唾つけとけば治るみたいな軽い言い方にも引くし、塗り薬にもなるのだろうか。

 

「殺す理由がない、だと? 不意を打ってお前を殺すかもしれんぞ」

「一度負かした相手なら、不意を打たれたって殺される気はしませんし」


 言い切ったファンローラである。小首まで傾げている。

 どうしてこの人はそんなこと言うのだろう? そういう表情だ。

 さすがに、これではゴルガスもたまったものではない。

 仮面の中で目を丸くしたのち、腹を抱えて笑った。まだ十代半ばの娘にそう言い切られたら、もう笑うしかない。


「がっはっはっはっ! わしなんぞ、もう敵ではないというわけか」

「はい」


 ファンローラは真顔である。しかも、やっぱり屈託がない。

 こうなると、格の違いというやつを見せつけられた形である。


「わしの首には賞金がかかっておるが、それもいらんか」

「ほしいですけど、まずはさらった女の人たちを里に帰してあげてください。そっちのお礼で、お金は賄います」

「わかった。しかし、手下が一人も残っておらんとはな。盗賊の頭目も務まらんとは、我ながら情けなくなってくるわい」

「盗賊、向いてないんですよ、きっと。悪いことから足を洗ってください」

「……そうだな、潮時かもしれん」


 ファンローラにボロ負けしたせいか、ゴルガスは妙に聞き分けがいい。

 “金剛鉄鬼”とかいう荒々しい仇名があったが、もう逆らうつもりもないらしい。


「それよりも、勇者様……」

「な、何かな?」

「わたしを守ろうとしてくださいましたね!」

「ちょ、ちょっとはね。ははは……」

「嬉しかったです~!」

「うわっ!?」


 ファンローラは抱きついてくる。

 ふにっと柔らかい感触がある。だが、やらしい気持ちになっては駄目だ、絶対に。

 ファンローラは、あのゴルガスよりも強い。実際、勝ってそれを示した。

 調子に乗ってスケベなことをしようものなら、命はない。

 その気になれば、アマトなど三秒かからず殺せるだろう。可愛いけど。


「いやーん、勇者様のえっちー!」で飛んでくるのは、ビンタではない。

 首が飛ぶ勢いの蹴りかもしれないのだ。

 そもそも、懐に飛び込まれるとあの惨劇が過ってとても緊張する。


 それはさておき――


 まず、攫った女性たちは詫び料の水と食料をつけて帰してやった。

 手下のモヒカンがいなくなってしまったので、トラックはゴルガスが運転した。

 このトラックで撥ねられたら、元の世界に帰れたりしないだろうか?

 そういう事をぼんやりと考えたアマトである。

 で、トラックでしばらく移動してわかったことがある。

 この《剣と魔法の異世界》は、見渡す限り荒野が続いている。

 ときどき、小さな村が点在しているものの、のどなか田園風景みたいなファンタジー要素はあまりなかった。

 つまり、中世レベルの文明的な光景すら乏しい。

 いや、ピックアップトラックと重機関銃というのは現代文明のものだが、この世界で築かれているはずの中世風な文明なものと見当たらない。

 お姫様的なドレスをまとってるファンローラの格好からすると、よくある中世ヨーロッパ風ファンタジーくらいの文明はあっていいはずである。

 よくよく考えれば、荒野のど真ん中にドレス姿で現れたのも謎だ。

 あのでたらめな強さは、もっと謎ではあるが。


「……あのう、この世界ってどういうところなんですかね?」


 運転席のゴルガスに恐る恐る聞いてみた。

 アマトとファンローラは、ピックアップトラックの後部座席にいる。

 ファンローラは、戦いで疲れたのかすやすや眠っている。寝顔もまた可愛い。


「この世界とは、クエストランド大陸のことか?」

「あっ、この大陸そういう名前なんですか」

「そうか、勇者は別世界からきたから大陸の情勢を知らんのだな」

「ええ、まあ……」

「今から十年前……《大触壊だいしょくかい》が起き、このクエストランドを統治した王国が滅んだのだ」

「《大触壊》ですか……」

「“神眼魔王”の破壊魔法と言われておるがな。この《大触壊》によって王都キングズウォールは一夜にして灰燼と化し、数年に渡って太陽の光を遮られ、暗い冬が続いたのだ。冬は終わったが、大地は荒れ、水は枯れ、作物は実らず、秩序はもうない」

「そういう大破壊的なものが起こったと……」


 つまりは、文明崩壊となるレベルの天変地異が起きたのだ。

 聞いた限りだと、核攻撃とか隕石の衝突、あるいは火山の大爆発とか、それに類するほどの規模のようだ。

 さらに王国の首都がぶっ壊れたのなら、一気に治安も崩れるだろう

 やはり、ファンタジーというよりアフターホロコーストっぽい。


「もう国と呼べるものは残ってはおらん。王都キングズウォール跡は“神眼魔王”の根城となった。王がおらんから、地方の領主たちは土地を奪い合い、王法も執行するものまでおらんからあ、野盗も横行しておる」


 つまり国をまとめていた王様がいなくなり、地方領主が好き放題しているわけだ。

 日本で言うところの、戦国時代の様相を呈しているのだろう。

 

「えっと、ファンローラは自分の国が滅んじゃったと言ってましたけど」

「姫様の父親が、その十年前に魔王に殺された王よ」

「そうだったんですか」


 魔王に国を滅ぼされ、家族も殺されたとなると、ファンローラはかなりハードな前半生を過ごしていることになる。表面上はそんな暗さは感じないが、あの蹴りの冴えはそういう人生の苦難を味わったからかもしれない。


「……で、僕たち、今どこに向かってるんですか?」

「グランドバニアだ。ここいらでは一番大きな都市になる。お前も姫様も、野宿というわけにもいかんだろう」


 一応、文明的な痕跡は残っているらしい。ちょっと安心するアマトである。

 ゴルガスの運転でしばらく進むと、街道らしき道があ現れた。

 さらにこれをしばらく辿っていく。その間に日は沈みかけ、夕暮れ時が迫る。

 すると、朱色の後継の中に、世風の城塞都市が見えてくる。城壁に覆われ、

 ようやく、異世界ファンタジーっぽくなってきた。

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